第13話 秘密の遊び場(2)

「・・・・・・ルイス。ほら、起きて、・・・ルイス。」


タムラに体を揺さぶられ、ルイスは目を開けた。


「ん・・・、ううん。・・・あれぇ、たむら・・・?」


目の前には、タムラの顔。


「あれぇ・・・、ここって、おそと?」


太陽で暖められた潮風が、ルイスの頬をやさしく撫でた。


「おはようルイス。ほら、起きて。あっちを見てごらん?」


ルイスは寝ぼけ眼をこすりながら、タムラの指さす方向を見た。



「うわああああ!大きい!」


ルイスの目の前には、世界の果てまで続く、青い世界。


「タムラ、すごい!うえも、したも、ぜんぶ、ぜーんぶ “うみ”なの!」

「はは、違うよ、ルイス。ほら、あそこから上がお空、下が海だよ。わかる?」

「んん?・・・ああ、ほんとだ!いろがちがう!」


世界の向こう側を包みこんでいる一面の青色は、よく見ると、水平線を境に、濃淡の違う別の青色になっていた。


「あれ、たむら!あそこ、おおきな“おふね”が、ういているよ!」


水平線上のとある一か所に、蜃気楼のようにぼんやりと浮かぶ灰色の塊があった。


「ああ、あれはお船じゃなくて、“島”だよ。『サワタリ島』っていうんだよ。」


リュウトの港から北西に約10里、皇海に浮かぶ『サワタリ島』は天領――アマテリア皇室の直轄領である。古代より現代にいたるまで、政争に敗れた皇族や貴族が多く流され、アマテリア本島とは異なる独特な文化を育んできた島だ。


「それから、ルイス。足元を見てごらん。」


タムラは足元を指さした。


「うわあ、タムラ!“くも” がある!すごい、すごい!・・・あ!あっちの方は、うみじゃなくて、ゆきがいっぱいあるよ!」


眼下に広がる雲海は、ルイスたちを取り囲むように浮いている。


海の反対側――海岸線より東側は、雪で覆れた田園地帯がどこまでも広がっていた。


「すごいね!るいすたち、おそらのうえにいる!まるで“かみさま”になったみたい!」


「はは、そうだね!ルイスは神様だ!」


タムラはルイスをひょいと持ち上げ、肩車した。


「もっとも、ルイスの場合は、本当に・・・」

「ん?タムラ、なにかいった?」

「・・・ううん、何でもないよ!ほら、一緒に遊ぼう!」


タムラはルイスの両足をきゅっと掴み、雲の下の方へ勢いよく駆け出して行った。





3時間前。


「カンバラ様、本当に、・・・本当にありがとうございます。」


夜の闇に覆われた、標高600メートルほどの山。

そのふもとの小屋で、毛布に包まれて寝息をたてているルイスを抱きかかえながら、タムラは目の前の老人に何度も頭を下げていた。


「ほっほ、気にすることはない。この子は我々皇国の民が全力で守らなければならない大事な御子じゃ。その御子のお役に立てるのなら、お安いことじゃて。」


そう言って、老人は後ろを振り向く。

そこには、体つきの良い、和服姿の10人ほどの男たちが控えていた。


「じゃあ、お前たち。手筈通りにな。タイムリミットは今日の日没じゃ。・・・では、始めぃ!」


老人の号令と共に、男たちは四方八方へと散っていった。





「きゃー!! たむら、つめたーーーい!!」


ルイスは、足もとの雪を、両手で勢いよく掬い上げた。

舞い上がった粉雪は、ダイアモンドのようにキラキラと輝きながら、山肌を覆う分厚い純白のベッドの上へ落ちていく。


「ほら見て、ルイス。こうやって丸めると・・・。」


タムラは足元の雪をそっと掬い上げると、両手で丸めて見せた。


「・・・ほら、雪玉。ルイスもやってごらん?」


ルイスも同じように雪を掬い集め、小さな手を一生懸命動かして雪をこねてみた・・・が、なかなかうまくいかない。


「たむらぁ、るいす、できない・・・。」


しゅん、と肩を落とすルイス。


「はは、じゃあさ、これはどうかな?」

タムラは自分が作った雪玉を割れないようにそっと置き、雪の上をころころと転がし始めた。


「あ!すごい、だんだんおおきくなってく!」

「でしょ!ほら、ルイスもやってみるかい?」


タムラに促され、ルイスは腰をかがめ、慎重な手つきで雪玉を転がし始めた。


しばらくすると、自動車のタイヤくらいの大きさになった。


「よし!うまくできたね。えらいえらい。・・・じゃあルイス、これをもう一個作ろう。」

「え?もう一個?」

「そう。だけど、今度はもっと大きいやつ!」


先ほどよりもやや慣れた手つきで、ルイスはタムラと協力しながら、さらに大きい雪玉を作り上げた。


「じゃあ、今の雪玉の上にさっきのやつを載せて、小枝や松ぼっくりを差して・・・ほら、雪ダルマ!」

「わー、すっごおい!!! ゆきだるまさん、こんにちわ!」




――こうして、ルイスとタムラは、太陽が一番高いところに上がるまで雪遊びを堪能した。

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