第9話 イノセント・デイズ
3人の生活が始まってから、3週間が経った。
「おはよう、ルイス。もう朝だよ。」
寝室に新しい朝の光が差し込む。
セミダブルベッドの上で、毛布に巻かれた“子ウサギ”が、もそもそと顔を出した。
「タムラ。お、お、は、よお?」
「うん、おはよう。ルイス。・・・今日は、“おねしょ” しなかったね。」
えらいぞ、とタムラはルイスの頭を撫でる。
「ほら、さっさとお着換えして、朝食食べよう。今日はデザートに、ルイスの好きなプディングがついてくるよ。」
眠そうなルイスの目がぱあっと開く。
寝間着を脱がせ、白のワンピースを頭からすっぽりかぶせる。
洗面台に連れていき、洗顔と歯磨き。
朝の支度が終わったらダイニングへ。
キッチンでは、オゼが朝食の準備をしていた。
「おはようございます、タムラ様。ルイス。・・・さあ、席へ。今朝のメニューは、トーストとハムエッグ、マッシュポテトとトマトのサラダ。・・・それとデザートにカスタードプディングを用意いたしました。」
「ありがとう・・・、さあ、ルイス。食事の前に、手と手を合わせて・・・」
いただきます、とあいさつ。
そして、フォークとナイフを使いながら、ハムエッグを食べ始めた。
「まだまだ発展途上ですが・・・、フォークとナイフ、だいぶ慣れてきましたね。」
口の周りを卵の黄身でべとべとに汚しながら、脇に添えてあったハムを一生懸命切り分けようと奮闘するルイス。
最初のころに比べれば、だいぶ人間らしい食事ができるようになった。
「もう少し慣れてきたら、今度は箸も使わせてみようか。」
「そうですね。アマテリア人ですから、箸くらいちゃんと使えませんと・・・」
朝食が終わると、タムラはルイスを連れて執務室へ。
ルイスを膝に乗せ、オゼから預かった書類に目を通す。
ルイスの方は、屋敷の本棚から引っ張り出してきた絵本を何度も読み返す。
「タムラ。こえ、なんていう「かんじ」?」
時々、ルイスの小さな眼が、タムラの方へ向けられる。
「ああ、この神字(かんじ)はね、白(しろ)って読むんだよ。その本、あとでちゃんと読み聞かせしてあげよう?」
「うん、あいがと!タムラ。」
ルイスは、タムラの頬にキスし、再び読みふけった。
昼過ぎ。タムラはルイスを連れて再びダイニングへ。
オゼが用意したオムライスを二人で食す。
そして食後は、庭へ出て雪遊び2時間くらいすると、ルイスは遊び疲れて、リビングでお昼寝。
その間、タムラは再び執務室で執務。
「この屋敷の不動産の扱いについての書類。それから、アマテルスからの極秘の手紙・・・。今のうちに目を通しておかないと・・・。」
日が暮れるころにルイスは目を覚まし、タムラと積み木や飯事(ままごと)をして遊ぶ。
今日の夕食は、白飯、みそ汁、ハンバーグ、トマトとレタスのサラダ。
「思い立ったら吉日!さあ、ルイス。箸の使い方、覚えましょうか・・・。」
子供用の箸を握りしめ、ハンバーグに、ぶすっ!と突き立てるルイス。
「ははっ・・・、さすがにすぐには使いこなせないか。ねえ、ルイス。ゆっくりでいいから、一緒に練習して、覚えていこうね?」
ルイスは口の周りをデミグラスソースでべたべたに汚し、咀嚼しながら、うんうん、と頷いた。
夕食後は、タムラとルイスの二人で風呂に入る。
ルイスの翡翠色の髪は、背丈ほどの長さがあるので、洗うのに時間がかかる。
「・・・ねえ、ルイス。やっぱり髪切ろう? さすがに長すぎるよ?」
タムラは、彼女の髪を洗うたびにそう提案するが、いつも
「やーーーーなのっ!!!」
と、全力で拒否されてしまうのであった。
風呂から上がると、二人は寝支度をして、寝室へ。
タムラは本を読み聞かせながら、ルイスを寝かしつける。
ルイスが眠るのを見届けた後、夜食をつまみながらワインを軽く飲み、読書。
夜が更けるころには自身も床に入る。
・・・と、多少の差異はあるが、最近はこういったルーチンで日々過ごしていた。
(まるで本当の兄妹、いや、姉妹のようだわ・・・)
仲睦まじい二人の姿を見て、オゼは思った。
オゼにとって、タムラがルイスの面倒を一生懸命見てくれていることは、とても意外で、ありがたいことだった。
人によって多少の差はあるだろうが、貴族という人種は自分の仕事以外のことに関してはとことん無頓着な人種だ、という認識がオゼにはあった。
実際、タムラが初日早々、その辺の浮浪少女を拾ってきたときも、ああ、慈善の体面をまとった面倒ごとがさっそく増えてしまった、と心の中でつぶやいていた。
ところが、いざ生活が始まると、タムラは領主としての仕事のみならず、ルイスの世話もサクサクこなし、余裕のある時はオゼを気遣って手伝おうとさえするくらいだった。
「本当に、この人は貴族なのだろうか」と疑ってしまうほどだ。
いづれにせよ、ラグナリア伯の失踪から早3か月弱。自身の今後の身の振り方が分からなかったときに比べれば、順風満々であるのは間違いなく、素直にうれしいことだった。
――――しかしながら。
オゼには、タムラに対して、気がかりな点が1つだけあった。
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