第8話 ネーミングセンス

「そういえば、まだ決めていませんでしたね。タムラ様?」


風呂から上がり、まだ湯気をまとっている女の子の身体に、タムラが新しい肌着を着せようとしていると、後ろからオゼが話しかけてきた。

「名前ですよ、その子の名前。ふつう、犬や猫もちゃんと名前を付けるんですから。いつまでも“あの子”とか“その子”とか、不便でしょう?」

タムラは、ああそうだったねえ、と生返事をし、女の子の「石」を肌着越しにそっと撫でた。

「どうしようかなあ。僕、あまりセンスないし。」

「なんでもいいですよ。タムラ様がお決めになったものなら。」

「そう?」

タムラは唇に手を立て、ううんと唸り、思案した。

「・・・そうだ!“玉三郎”ってどうかな!?」

満面の笑みで、オゼに賛同を求めたが、

「却下です。」と即答された。

「むうううっ!さっき、なんでもいいって、言ってたじゃん!」

駄々っ子のように頬を膨らませ、オゼに抗議するタムラ。

(ふふっ、“貴族様”という割には、やけにお茶目な方ね。)

オゼは笑いをこらえながら、そう思った。

「タムラ様。いくらなんでも“玉三郎”だなんて。それだと本当に、犬や猫と同じになってしまいますよ?・・・第一、女の子に“〇〇郎”だなんて、あんまりです。」

「ふーん、じゃあそこまで言うなら、オゼ。君が決めてよ。」

「よろしいのですか?」

タムラは、わざとらしく拗ねるそぶりを見せながら、

「いいよー。どうせ僕、ネーミングセンス無いもん。」

と言って、女の子を抱きかかえた。

「そうですね。じゃあ・・・『ルイス』っていうのはどうでしょう?」

「ルイス・・・?」

「はい。私の好きな小説家の名前からとってみました。ご存知ですか?」

「詳しくは知らないけど・・・確か、欧州の、ブリタニアの作家だっけ?」

「はい。子供向けの空想物語を書いた方です。代表作は、『不思議の国のエリス』。」

「詳しいね。」

「私の・・・、あ、いえ、子供好きのラグナリア様は児童文学にお詳しい方だったので、それで・・・。」

「ふうん。ルイスかぁ・・・。」

不思議の国のエリス。ブリタニアの作家ルイス・キャルロットが少女エリスのために即興で作った、彼女が主人公の冒険物語だ。人語を話すウサギが現れ、それを追いかける過程でエリスの体が伸び縮みし、トランプたちの支離滅裂な裁判に巻き込まれ・・・といった奇想譚。

「ルイス・・・ルイス・・・。うん、なんとなくかわいい感じがして、良いと思うよ!」

「ありがとうございます。」

「・・・よし!じゃあ、今日から君の名前は、”ルイス”。それでいいかな?」

“ルイス”という名を与えられた少女は、タムラの問いかけに、満面の笑みで応えた。

「じゃあ、決まりだね。今日からよろしく、ルイス!」




若き伯爵タムラ。

謎の少女ルイス。

メイドのオゼ。


奇妙な3人の新しい生活が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る