第6話 メイドのオゼ
「おかえりなさいませ。ご主人様。」
車を降り、屋敷の玄関の扉を開けると、タムラの目の前には、メイド服姿の美しい女性が立っていた。
身長はタムラより数センチ低いくらいで、やや細身。眼鏡をかけていて、せすじをピン伸ばし、沈着で、気品に満ちた佇まいであった。
「この度は、リュウト領の新しい領主様として皇主アマテルス様より伯爵の爵位を賜りましたこと、心よりお慶び申し上げます。私は前領主ラグナリア様のもとで働いておりました、メイドの『オゼ』と申します・・・。」
深々と頭を下げるオゼ。
「オゼ。貴方のことはカンバラ子爵から聞いてるよ。これからよろしく、ね。」
タムラも軽く会釈で返す。
と、彼の後ろから、泥にまみれた「小動物」が、ひょいと顔をのぞかせた。
「その子は・・・?」
「ああ、さっきここに来る途中で拾ったんだ。詳しいことはわからないけど、どうやら、軍のヤツに追われていたみたい。」
「ほう・・・?」
オゼは女の子をにらみつけた。女の子はすくみあがり、再びタムラの後ろに隠れてしまった。
「早速で申し訳ないんだけど、この子を風呂に入れてもらえないかな。あと、お腹もすいているみたいだし、何か食べるものも。」
女の子のお腹が、ぐうーっと鳴った。
「承知しました。とりあえず、タムラ様は応接間の方へ案内いたします。その後すぐに湯の支度を・・・ああっ!アンタはまず体の泥を払ってから中に入りなさいっ!」
オゼに叱られ、女の子は「ひっ!」と、小さく悲鳴を上げた。
応接間は、ラグナリア伯爵の「趣味の部屋」であった。絵画、壺、民芸品。一見すると15帖の広さでは収まりきれないほどの量であったが、壁面や棚、テーブルなどを組み合わせ、利用し、上手にディスプレイされていた。
「大したものだな・・・」
「メイドですから。整理整頓は得意です。」
ちょっと得意そうなオゼ。意外と素直な性格なのかもしれない、とタムラは思った。
「さて、これからのことなんだけど。」
タムラはカップに注がれたブラックコーヒーを飲み干すと、オゼに向き直った。
「リュウトにはああいう子・・・浮浪児が多いの?」
オゼは首を横に振った。
「ラグナリア伯爵は子供好きな方でしたから。2年前の戦争の直後には、親兄弟を亡くした孤児が領内にあふれたのですが、その際、伯爵様は御自ら孤児院の建設や里親探しに尽力されていました。その甲斐あって、最近は全く見かけなかったのですが。」
へんですねえ、と首を傾げた。
「そっか・・・。とにかく、このままにしておくわけにもいかないから、孤児院に入れるよう手続きを進めてあげようか。」
「承知しました。・・・さて、湯も沸いたころですし、あの泥だらけの子猫を綺麗にしてきましょう。これ以上屋敷を汚されてはかないません。」
そう言うと、オゼは一礼し、脱衣場へ向かった。
「ふう。」
タムラはため息をつき、オゼが用意した珈琲のポットを手に取り、カップに注いだ。
(久しぶりに飲む珈琲、美味いなあ・・・。)
テーブルの上のミルクポットに手を伸ばそうとした、その時。
先ほど脱衣場へ向かったはずのオゼが、慌てた様子で応接間に入ってきた。
「タムラ様、 大変です! あの子のお腹・・・!」
「え!?」
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