第5話 消えた伯爵

 その伯爵の屋敷は、リュウトの市街地から北西に3里のところ、防砂林に囲まれた場所にあった。

 防砂林を挟んで北側には皇海――皇国アマテリアの大海が広がっている。反対に南側の方には標高20メートルほどの砂丘がある。冬になると、極北のシルベリア地方からの季節風が海岸の砂を巻き上げ、砂丘の方へと吹き付ける。

 よほどの物好きでもない限り、これほど寒々しい場所に住みたいとは思わないであろう。


 リュウトの元領主――ラグナリア伯爵は、たいへん物好きな人物であった。古今東西から集めた芸術品や珍品を、屋敷を訪れた客に見せびらかしていた。

西欧の有名画家が描いた、戦争の悲惨さを独特のタッチで表現した絵画。

東欧の少数民族の女性たちが収入を得るために内職で作った綿織物の人形。

アマテリア国内の機械好き達が道楽で作った、電気や蒸気で動く自動車のおもちゃ。

 人一人の趣味にしてはあまりにも莫大な金が注ぎ込まれていた。それでも、経済的に破綻するようなこともなく、いち領主として経営してこられたのは、公私混同せずに努めてきた本人の努力の結果なのだろう。

 屋敷で働いていた者たちはというと、領主の道楽に無理やり付き合わされてうんざりすることもあったそうだが、給金がこの地方の他の貴族の家に比べてだいぶ高かったこともあり、大きな不平不満は出なかった。

 少なくとも、一領主としてそれなりに信用できる人物であったのは間違いない。


 その彼が忽然と姿を消したのは、今から2か月前のこと。

 執務のため自室にこもったまま何時間も出てこないのを不審に思ったメイドの一人が部屋の中を確認すると、彼が先ほどまで身に着けていた衣服や眼鏡、時計などが、まるで脱皮した蛇が抜け殻をその場に捨て置くかのように、床に散らばっていた。

 1か月後、皇国の閣僚らと、この地方の貴族らによる話し合いの結果、ラグナリア伯爵を死亡扱いとした。後継者がいなかったため爵位は消滅。彼のもとで働いていた20余名は、新たな職を求めて屋敷を離れていった。

 


ただ一人を除いて。

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