第4話 男の娘は妊娠中
「おや、また軍用車かな・・・。ちっ、わざわざこんな狭い道、選んで通らなくてもいいのに。」
そう言うと、運転手は車を急発進させた・・・かと思ったら、道路わきの松の木にぶつかりそうなほど、思いきり路肩に寄せ、停車させた。
「やあ、すみませんね。こういうところでは、あいつらに道譲ってやらないと、色々と面倒なんですよ。」
運転手は苦笑いした。
「・・・ん?どうしたの、君。」
女の子の身体が、小刻みに震えていた。
「怖いのかい?」
訊いてみたが、相変わらず女の子は答えない。
うーん、と。人差し指を唇に当て、しばし考えた後。
何も思ったのか、タムラは、
「よし、じゃあ。ここにおいで。」
と、自身のチェスターコートの前を開け、コートの内側に女の子を招き入れた。
その1分後。
1台の黒塗りのセダンが、タムラ達の後方からやって来た。
その車体はタムラ達のそれとほぼ同じ大きさだが、大きいエンジンを積んでいるせいか鼻先が長い。先ほどの軍用車同様、地鳴りのようなエンジン音を響かせながら、タムラ達の脇をゆっくりと通り過ぎていく。
タムラは、追い抜かれざまに、車に乗っている人物をちらりと見た。
(ん・・・。やっぱり軍人だったか。)
眼鏡をかけ、軍服を着た青年が一人、後部座席に座っていた。
先ほど海岸ですれ違った兵士たちとは違い、その落ち着いた雰囲気からして、相当階級の高い人物だろう・・・と、タムラは推測した。
黒塗りの車は、タムラ達の車をを追い越していく。それを見届けて、タムラはため息を漏らした。
しかし、その直後。
「おや、お客さん!見てください、誰か降りましたよ!」
10メートルくらい行ったところで、黒塗りの車も路肩に停車した。そして、先ほどの青年が降り、こちらに向かって歩いてきた。
「うへえ・・・面倒なことにならなきゃいいんだけど。」
青年将校は、後部座席の窓をノックした。
タムラがドアノブの脇についていたハンドルを回し、窓を開けてやると、青年はタムラを見下ろしながら、「おい、女。」と、乱暴な口調で尋ねてきた。
「・・・将校様、どうなされました?」
「ちょっと聞くが、このあたりで5、6歳くらいの緑色の目をしたガキを見なかったか?」
「さあ、見てませんね・・・。」
「そうか・・。ところで貴様、やけにでかい腹をしているな。」
タムラの心臓がドクンと鳴った。
「ええ、その、お恥ずかしいことですが・・・実は臨月なんです。」
タムラは口元にハンカチを当て、小さく咳をして見せた。
「臨月?」
「はい。ですが、逆子だったみたいで、これからお医者様に相談に伺おうとしていたところです。」
「逆子か。それは難儀だな。・・・男か、女か?」
「多分、男だと。」
「そうか。女だと長く生きられないから、男の方が良いな。・・・まあ、わかった。頑張って、丈夫な子を産みなさい。」
そう言うと、青年は自分の車の方へと戻って行った。
「将校さま。ありがとうございます。」
タムラが青年の背中に向って礼を言うと、青年は振り返り、タムラに向って手を振りながら、
「はっはっ、貴様、かなりの美人ではあるが、胸は小さいなぁ!医者に行ったら、ついでに乳もたくさん出るようにしてもらえ!」
と、デリカシーの無い言葉を残し、車に乗って、どこかに去っていった。
「・・・はあ、よかった、バレずに済んで。」
タムラはコートの前を開いた。
「ほら、もう行ったよ。」
コートの中には、女の子の頭がうずまっていた。女の子は顔を上げ、口の中にためていた息をぷはあっと吐き、目をぱちぱちとさせた。
「運転手さんの座席の角度と窓の死角が大きかったおかげで、気づかれずに済んだみたいだね。ほら、もう大丈夫だよ。」
そう言って、タムラは女の子の翡翠色の髪をやさしく撫でた。
「はっはっは、これは傑作だ!」
事の成り行きを静かに見守っていた運転手は、手を叩いて大笑いした。
「詳しい事情はよく分からんが、面白いものを見せてもらったぜ!」
そう言うと、運転手は軽快な手つきでギアをローに入れ、勢いよく車を発進させた。
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