第3話 翡翠の少女

 

 自動車は海岸線の道路を左折し、小高い砂丘を超え、松林の中に入った。


「んあっ・・・!、あれは、なんだぁ?」

運転手が素っ頓狂な声を上げた。

彼らの進行方向、舗装されていない車道の30メートルほど先の真ん中に、

もぞもぞとうごめく、茶色の物体。


「止めて!」

タムラの一声で、車は急停止した。


「ちょっと見てくるから、おじさんは此処で待ってて。」

「ええ、あ!ちょっとお客さん!危なくないかい?」

運転手の制止も聞かず、タムラは車を降り、その未確認生物の方へ、ゆっくいと歩いて行った。


「ん、これは・・・人?」

先刻、茶色に見えたものは、ぼろきれ・・・というか、大量の泥で元の色がすっかりわからなくなった、キャミソールのような形状の薄い肌着だった。

「こども・・・?女の子、かな?」

5~6歳くらいだろうか。

泥で汚れてはいるが、絹糸のように細く艶のある、翡翠色の長い髪を地面に散らし、肩甲骨がむき出しになるほど大きいサイズのキャミソールを着ている。

おそらく本人は一生懸命隠れているつもりなのだろうか、膝を降り、両手で頭を押さえ、地面の上で丸くなっていた。

「君、どうしたの?」

タムラは、普段よりも女性寄りの声色でやさしく声をかけたが、その子は伏したまま、首を左右に振るばかりで、何も答えない。

「大丈夫だよ。怖くないから、顔を見せてくれないかい?」

頭を押さえたまま、びくびくと震えている泥だらけの手と腕。

タムラはその子の小さな右腕に自分の右手をそっと載せ、右肩と右手の先を往復するようにやさしく擦った。


しばらくすると、翡翠色の頭がゆっくりと起き上がった。

「え・・・。」

「あ・・・。」

そこには、大粒の翡翠が2つ。

髪の色と同じ、透き通るような、大粒のエメラルドグリーンの瞳は、瑞々しい青色をたたえたタムラの瞳をとらえていた。

「きれい・・・。」

「きれい・・・・・・・あ。」

互いの瞳を見つめあって、

同じ感想を同時に漏らして。

それが面白くて、タムラはクスッと笑った。


「大丈夫かい?ケガはないかい?」

タムラに促され、女の子はゆっくりと立ち上がった。

大粒の緑色の瞳。ぷっくりと膨らんだ薄いピンク色の唇。

おそらく欧州系の血が濃いのだろうか、ネイティブの和人の子供に比べて目鼻立ちがはっきりとしている。

それに、タムラと同じく雪のように白い肌。

鎖骨や肩甲骨の浮き具合から、少し痩せているようではあったが、頬は熟れたリンゴのように赤く色づいていて、比較的健康そうに見えた。

「君、どうしてここに居るの?」

「・・・?」

「お父さんとお母さんは?」

「・・・?」

タムラはいくつか尋ねてみたが、女の子は首を左右に振るばかりで、何も答えない。

「参ったな、どうしよう。」

 タムラは周囲を見渡した。道の両脇には背の高い松の木がうっそうと生い茂っている。雲の隙間からは日が差し込んでいるが、松の葉がそれを遮っているせいで、まだ昼前にも関わらず、だいぶ薄暗い。近くに民家もなく、人気もない。

「しょうがない。いったん屋敷に連れて行こうか。」

タムラは、女の子の両脇の下を掴み、ひょいと持ち上げた。

「あ、肩ひもが・・・。」

キャミソールの肩ひもがずれて、真っ平な胸と、先端がぷくっと丸く盛り上がったピンク色の乳首があらわになった。

くちゅん!・・・と、可愛いくしゃみを、ひとつ。

「あはっ、ごめん。寒かったね。・・・ほら、車に乗ろう。暖かいよ。」

 肩ひもをかけなおしてやると、タムラは女の子を抱いたまま、再び後部座席に乗り込んだ。



その時。後ろの方から、あの地鳴りのようなエンジン音が聞こえてきた―――

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