第2話 リュウト


 駅前の十字路は、雪で足元が悪いにも関わらず、人や車でごった返していた。観光客の目を引きそうな変わった玩具や小物を扱う店、地元の珍味や菓子、飲料など―――おもに米菓や酒などを扱う露店が道沿いに何件も連なっていていた。

が、タムラは其方の方には目もくれず、客待ちのタクシーの停車場の方へスタスタと歩いていく。

 停車場の隅の方に、土埃で汚れた灰色の自動車があった。

 20年落ちの欧州ブリタニア製のセダンで、カラカラカラ・・・と異音を伴いながらアイドリングし、路肩に停車していた。

「ねえねえ、おじさん。リュウトの伯爵の屋敷まで、乗せてってくれる?」

 ベレー帽をかぶった初老の運転手は、タムラの美しすぎる容姿を気に留めることなく、彼を後部座席に招き入れ、発進した。そして、慣れた手つきでハンドルとシフトレバーをさばきながら、頼まれてもいないのに、勝手に世間話を始めた。

「珍しいお客さんだねえ。あんな『お化け屋敷』みたいなところに行こうって人は・・・おっと、これは失敬。ご存知ですかい?もともと住んでいらした伯爵様が2か月くらい前から行方不明だってこと。色んな人たちが手を尽くしてリュウトの国中を探し回ったんだけど、一向に見つかっていないって。」

「ふ、ふーん。」

「おかげで、屋敷で働いていた執事さんやメイドさんやらは全員くいっぱぐれて、別の働き口に就いたり、故郷に帰ったりしたんだそうですよ。」

 

 やがて車は市街地を抜け、左手に砂丘、右手に皇海を臨む海岸線の道路に入った。駅前に比べて、車道に積もる雪は少なく、海岸線に沿って西へまっすぐ伸びる轍(わだち)は、茶色い地面がむき出しになっていた。

 ふと、反対車線に目をやると、ドドドドド・・・、と地鳴りのような重量感のあるエンジン音が聞こえてきた。

「あちゃー、陸軍の車だ・・・。」

運転手はそうつぶやくと、ため息を漏らした。

 緑の迷彩柄に塗られた、フレームむき出しの武骨なデザイン。それが5台続いて、タムラの横をすれ違っていく。

「あ・・・。」

すれ違いざまに、一瞬、緑色のヘルメットをかぶった若い兵士と目が合いそうになって、タムラは反射的に視線を反らした。

「あれ、お客さんって、軍の方ですかい?」

すれ違った車の列がすっかり見えなくなったころ、運転手は唐突に尋ねてきた。

「うん・・・ああ!いや違う。昔、昔ね。今は違うんだけど、ね・・・。」

歯切れが悪そうにタムラが答えると、運転手は大きなため息をついた。

「いやあ、お客さんにする話じゃないのかもしれませんが・・・正直、参ってるんですよね。陸軍の奴ら、俺らの街を占領しやがって。」

「え、占領って・・・。ここはリュウトの伯爵の領地でしょ?」

「はは、お客さん、知らないんだね。確かにここは伯爵さまの国だけど、2年前、陸軍の一個師団が駐屯地を設置して以降、ずっとこの国はアイツらの『領地』なんだ。」

「へえ、そ、そうなんだ・・・。」

タムラは苦笑いした。

「確かに、アイツらは2年前の戦争で大いに活躍してくれた。我々皇国民の英雄ではあったさ。・・・だが、戦争が終わった途端、すっかり天狗になっちゃって、俺たちの街で好き放題だ。特に・・・。」

運転手は語気を強めた。

「特に、ここ2か月は伯爵さまが居なくなったせいで、諫めてくれる人がいないからひどいものだよ。あまり大きく報道されてないが、兵士の暴力沙汰なんかザラにある。どうにかならないもんかねえ・・・。」

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