第1話 白と黒

 トンネルの向こうは、「異世界」だった。

 

 昨夜から降り始めた雪は、山や木々や田畑をあっという間に覆いつくし、空と土の境界をも白く染め上げた。白の絵の具は他の色に容易く塗りつぶされるとよく言われるが、雪の白はむしろ、景色のみならず、音や空間までをも飲み込んでしまう。

 

 まっ黒な機関車がトンネルの中から這い出てきて、ポッ、ポーーッ、と汽笛を響かせた。7両の客車を引きながら、白に呑み込まれぬよう、黒い煙を黙々と上げて雪をかき分けながらひた進む。


 最後尾の車両の最後方、進行方向右側の窓辺に、その人は在った。欧州の貴族が好きそうな、豪華な装飾が施された1等車の客室で、モケットの座席に座り、方杖をつき、窓に寄りかかりながら、外の景色をぼんやり眺めていた。雪のように白い肌、セミロングの銀髪、そして青い瞳。細身の体形がくっきりとわかる白のセーターの上に、真黒なチェスターコートを羽織っている。その美しい姿、落ち着いた佇まいは、口で説明せずとも、その人の身分の高さを物語っていた。


「ミス・タムラ。まもなく終点です」

車掌がその人に声をかけた。

その人は視線を車掌のほうに向けると、「わかった、ありがとう」と、にこやかに答えた。


車掌は一瞬、首を傾げた。ちょうどそのタイミングで、列車の奥の方から、別の乗務員が現れ、車掌に耳打ちした。


「・・・し、失礼致しました!『ミスター』タムラ。まもなく終点のリュウトでございます。」


 そう言いなおすと、車掌はバツが悪そうに、そそくさと退散した。無理もないことだ、欧州のガリア地方で作られている美しい人形のような容姿なのだから。声を聴いても、男だと断定できる人はそう多くはない。


(まあ、いつものことさ・・・)


「タムラ」と呼ばれたその“男”は、身支度を促しに来た車掌の意を解すこともなく、再びぼんやりと外を眺めた。


 白く塗りつぶされた田園地帯を超え,市街地に入った頃には雪は止んだ。線路沿いの通りには、古くからの木造の和風建築が軒を連ねているが、その合間合間に、まだ建てられて間もない洋風の建物もあった。

 タタン、タタン、タタン。と、列車が線路のつなぎ目を超える拍子に合わせて、視線の先にある建物の様式が、和・和・洋・和・洋・和・洋・・・といった具合に、パタパタと切り替わっていく。そんな何気ない情景が、タムラにはとても面白く見えた。長かった鎖国の時代が終わって既に20余年。再び欧州から入ってきた人やモノ、文化が、この辺境の港湾都市にも深く根付いていることが伺い知れた。



 『終点ー! リュウト駅ー! ご乗車ありがとうございましたー。』

車掌に再度促され、タムラは身支度を整え、列車を下りた。

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