第3話 Boy meets girl
理沙は数学の授業中に、美南に藤川君の事を相談してみようかな、と考えていた。
(でもやっぱり、やめておこう)
美南はきっと、理沙の恋心を笑ったりはしない。
(それでもやっぱり、やめておこう)
藤川君の事はまだ、自分の心の中に大事に隠しておきたい気分だった。
(藤川君はイヌ派だけど、ネコもカワイイって言っていたもんね)
理沙は立ち直りは早い。
(ネコといえば。ネコの衣装、手直ししないと)
衣装に鈴を縫い付けて、振付に合わせてシャンシャン鳴るようにしたのだが、取り付けの位置が悪く、踊るときに邪魔になる。
だから足首に付けた鈴を取って、手首に付け直すことになったのだ。
それにシッポももう少し下に付けないと、腰の上あたりから生えているように見えてしまう。あと十センチ下に付け直したい。
もう文化祭の日まであまり時間がないので、今日から居残り出来る子たちだけで集まって直すことになっているが、美南は今日は来られないと言っていた。急なことなので、どの位の人数が来られるか分からなかった。
理沙は手直しする衣装の数に、一着を直すためにかかる時間を掛けて、手直しに参加できる人数(推測)で割るという、数学の授業とは関係のない計算に没頭した。
しかし放課後、理沙の計算は全く役にたたない事が分かった。一着の手直しにかかる時間が、理沙の想定した時間よりも3倍以上もかかってしまうのだ。
鈴の数が片足につき、二つあるのだが、衣装を傷つけずに取るのが意外に手間取る。それにシッポも踊っても取れないように、しっかりと留めないといけないが、シッポの素材が硬くて針が通りにくいのだ。
「一日では無理!」
作業を始めてすぐに、この結論は出た。
仕方がないので、これからしばらくの間、毎日ダンスの練習の後、残れる人が残って直すことになった。
居残りして作業をするメンバーは、毎日顔ぶれが違う。けれど女子が三人集まれば、教室の机を寄せただけのテーブルでも女子会だ。おしゃべりしながらの作業は意外にも楽しい。それに、おまけもある。
「アイス買ってきたよ!」
買い物に出ていた子がコンビニのビニール袋を手に戻ってきた。みんな手に持っていた針を針山にプツッと刺す。
そして一斉にアイスに手が伸びる。もう教室のエアコンはとっくに切れて、蒸し暑い。アイスを食べながらの休憩のひとときは、お楽しみタイムだ。
理沙がアイスを一口、パクリと口に入れた時、カラッと教室のドアが開いた。全員が一斉にドアの方を向く。
「おわっ。びっ、……くりした」
藤川君はバッと向けられた女子の視線に驚いた顔をした。
「アイス食べてるんだ?」
と見たままを口にする。
「違うよー! 文化祭の衣装を直してるんだよ!」
理沙は思わず言ってしまったが、スプーンをくわえたままの反論は、説得力がないかな? と心配になった。
藤川君は机の上に広げられたままの布の山に視線を走らせると、うなずいた。
「お疲れっ」
と笑って言った。
「でも楽しそうだね」
「楽しいよねー!」
女子達の声が重なってハモった。理沙はケタケタ笑った。
「あっ、藤川君もアイス食べる?この辺、まだ食べてないよ」
理沙がスプーンでカップからアイスをすくって差し出した。
「理沙、それ意味ないよ。スプーン
美樹が笑ってとめる。他の子達も笑っていた。
「いいよ。大丈夫。気にしないで」
藤川もふっと表情を緩めた。
(西川がいるところには、いつも笑い声が聞こえる。それはちょっといいかもな)
と自分の鞄を持ち上げながら思った。
「じゃ、がんばれよ」
と言うと教室を
放課後に藤川君に会ってから、理沙は一つ、小さな野望を抱いた。
(藤川君に文化祭でダンスをみて欲しいな)
体育館での発表を観に来るのは、例年、生徒の半数位だ。単純に考えれば、藤川君が観に来るのは、二分の一の確率ということになる。
「藤川君は、文化祭の当日は何を見ようと思ってるの?」
理沙は後ろを振り返って、藤川君に聞いてみた。
「僕は文化祭実行委員だから。決められた見回りのルートで、色々見て回ることになるとおもうけど」
藤川君は理沙を見て、答えた。この前、衣装を直しているところを見てから、
(藤川君は少し優しくなった)
と理沙は思う。
(藤川君は、もともと優しい。だけど、そう。ちょっと仲良くなれた感じだ)
「じゃあ、ダンス部の発表は? 観に来られる?」
理沙は思い切って聞いてみた。
「それは難しいかな。体育館発表は人気があるから、その時間の体育館の見回りは争奪戦なんだよ。多分、くじ引き」
理沙はガッカリした。すごく一生懸命練習してきた。衣装もあと少しで完成だ。
それは藤川君のためじゃないけれど……。
「残念。観て欲しかったなあ……」
理沙は思わず、本音をもらしてしまった。いつもなら悲しい顔は見せないように、そうなんだ、といって前を向く所だけれど、ガッカリ過ぎた。
一方、あからさまにガックリと肩を落とした理沙を見て、藤川は「そうだったのか!」と妙に納得していた。
「そうかあ。西川は文化祭の衣装、一生懸命作っていたもんな。あれ、ネコなんだろ? ネコっぽい耳とかシッポとかあったし」
「うん」
理沙はコックリと頷いた。
「だからこの前、ネコ派かイヌ派かって聞いたんだろ?」
(違うけど?)
理沙は何を言われているのか分からず、藤川君をじっと見つめた。
理沙のネコのようなで瞳見つめられて、藤川はちょっとたじろいだ。
「だからさ。アンケートだったんだろ? ネコ好きが多かったら、ネコのダンスも受けるんじゃないかと思っていたから、僕がイヌ派だって聞いてガッカリしたんだ!」
そうだろ、とちょっとドヤ顔をする。藤川はようやく原因と結果が結びついた、という満足感で笑った。
理沙は全然違う、と思ったが、それよりも気になる事があった。
「あのー、藤川君? 私があの時落ち込んでたの分かっちゃった……?」
おそるおそる聞いてみる。
(は? あんなに分かりやすくガッカリしていたのに、僕に分かっていないと思っていたのか)
藤川は衝撃を受けた。理沙が不機嫌を隠そうとしていたとは。
残念ながらまったく効果はなかったが、理沙が他人に気をつかわせまいと努力していたことは、ただの気まぐれで自分勝手な女という印象を塗りかえるには充分だった。
「うん。分かりやすかったよ? だから何か悪いことを言ったかな、と気になってた」
藤川は正直に言ってみる。
理沙がどんな反応をするか、見てみたくなったのだ。
予想通り、ガーン、隠してたのにー、何で何で? という顔をしている。
面白い。
「ガーン、隠してたのにー。何で分かったのー?」
藤川は今度は理沙の口まねをして、理沙の気持ちを代弁してみる。
理沙は目も口もを大きく見開いて、藤川を見た。
藤川は我慢出来なくなって、声をあげて笑い転げた。
「ちょっ、ちょっと藤川君、ひどいよー」
理沙が椅子の上でピョンピョン跳びはねている。
「ごめんごめん」
(面白すぎて)
という言葉は飲み込んだ。
藤川がなおもくっくっと笑っていると、理沙はあははと一緒に笑い出した。
(西川の周りに、人が集まってくる理由が分かるな)
藤川はもう一つ、納得した。
文化祭の日、体育館ではもうすぐダンス部の発表が始まる。
藤川はやっぱりくじ引きで負けてしまった。本来ならば、ダンス部の発表は見られない。でも西川に観に行くと約束した。
イヌタイプの藤川にとって、約束は絶対だ。見回りのコースを変更して、体育館の一番後ろから、体育館に作られた舞台を観る。
暗く照明を落とした状態から、音楽が鳴り始めた。スポットライトが舞台を照らすと、ネコの衣装の少女達が、踊り出した。
かわいくて、元気で、妖艶だ。練習を積んできたせいで、振付もきれいにそろっている。ここが高校の体育館とは思えないほど迫力あるダンスだ。
毎日、遅くまで直していた衣装も間に合ったみたいだ。手首に付けられた鈴がシャンシャン鳴っている。腰のあたりに付いていたシッポも、おしりの上の方に付け直されている。
理沙は笑顔で舞台を跳ね回っていた。長いシッポを振り回し、よく動くネコの目で観客を魅了していた。
そう。
舞台を観ている、藤川の心も。
藤川の心臓がバクバクする。
ネコ耳を付けた理沙が、藤川に気が付いた。理沙の笑顔がはじける。
藤川が完全に恋に落ちていたことに気が付くには、ダンス一小節分の時間があれば充分だった。
理沙がネコの衣装で踊る姿から目が離せなくなる。
(西川理沙は、ネコだな)
ふっと藤川は思った。
(僕はイヌだな、タイプでいうと)
イヌとネコ。あまり相性はよくなさそうではある。
藤川は舞台を観ながら、笑いだしていた。
(君がネコ好きのネコタイプだったとしても構わない。僕はイヌタイプだから、追跡するのは得意だし、根気強いんだ)
藤川は理沙に手を振った。
理沙はウォーキングしながら、シッポを振って答えてくれた。
藤川も理沙もまだ知らない。
ネコとイヌがお互いのシッポを追いかけてくるくる回っているみたいに、自分達が追う者と追われる者の立場をクルクル入れかえて、追いかけっこを始めたことに。
さて、藤川と理沙はいつ気が付くのだろう?
猫派の君イヌ派の僕 和來 花果(かずき かのか) @Akizuki-Ichika
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