第4話 玄関開けたらイケメン

 家に帰ってきて早々涼子は白目を向いた。


 いる―――――!!!!


 大広間に行くと柳沢敬一本人が優雅にティーカップを持ちながらくつろいでいる。

 そして、母冴子も驚いた。

「!!?――――あ…貴女その顔!!!!」

 涼子の目はいつものクリっとした二重の丸い目ではなく、腫れぼったいまぶたで頬もなんだか垂れ下がったような印象で、唇の色が老婆のように茶色い。しかも髪がサラサラストレートのはずなのになんだか癖のついたまとまりのないだらしなく伸びた感じである。

 本人であることは辛うじてわかるが、全体的に老けた印象である。

 涼子は心の中でほくそ笑んだ。


 うまくいきましたわ!!ブスメイク!

 さぁ!柳沢様!

 こんな女が嫁なんて嫌でしょう?さっさと幻滅なさってくださいな!!


 涼子はにっこり微笑むと敬一に挨拶をした。

「お初目にかかりますわ。柳沢様。私、涼子です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!」

 すると、敬一は眩しいほどのキラースマイルで

「はじめまして涼子さん。思ってたよりも大人っぽい方なんですね?こちらこそ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」

 と返し手を差し出した。

「え、えぇ。」

 涼子は戸惑いながら握手をした。

 お陰で冴子はすっかり見とれて涼子の横で棒立ちとなってしまった。

 しかし、涼子は内心少し焦った。


 !?これは…どう言うことかしら?ブスメイクが効いていない??でも待って今までの柳沢様の女性遍歴から考察しましたところ不美人は嫌なはず……。


 涼子が軽く脳内パニックを起こしている隙に冴子はふと我に帰り

「敬一さん?少し失礼いたしますわ。この子ったらだらしがなくて少々身だしなみを整えさせますのでよければお部屋でごゆっくりなさってね?ディナーになりましたらお声がけさせていただきますわ!」

 とマシンガントークで一気にしゃべると涼子の腕を引っ張って退席した。涼子は自宅のスパまで連行されると

「貴女なんですのその顔は!?淑女たる者いつなんどきでも身だしなみには気を配らなければいけないと何度も言って聞かせて参りましたでしょう!?学校に行ってきた時と顔がまるで別人じゃないの!!柳沢様はできた方だからお気をつかってあのように申しておられましたけれど気分のいいものではございませんわ!!!もし嫌われでもしたら…!!皆様からとんだ笑い者に……。」

「お母様!!!!!」

 涼子は生まれてこのかた初めてではないかと思うくらい大声を出した。

 だが、頭が真っ白だ。そして思わずこう口走った。

「私は!この顔が!好きなのでございます!!」

 冴子は一瞬固まった。

 涼子は勢いのまま自室へと逃げ帰っていった。

 後ろから

「お待ちなさい!涼子さん!?」

 と母の声が追いかけて来たが振り向きもしなかった。

 バタンっ!!!

 涼子はドアを閉めるとそのままへたりこんで恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。


 この顔が好きなのでございますって!どうしてそんなこと言ってしまったのかしら!?


 もう嫌!!!!!!!!!!!!!!


 そして夕食の時間、それまでに母が部屋の前で散々その顔をどうにかしろと仁王立ちしていたが涼子は籠城して結局出てこなかったため、ブスメイクをしたままの状態で食卓についた。

 冴子はそれを見て顔を伏せた。涼子は負けるものかと堂々と席に座った。それを見ていた敬一は何故だかじっと涼子を見ていた。

 さすがに涼子も気になって

「ああの…。」

「あぁ。失礼。勇ましい女性だと思って。」

「え??」

 勇ましい?何が?どこが?

 涼子は豆鉄砲を食らったはとのように驚いた。また冴子も″どう言うことだろう?″とひどく困惑した顔をした。しかし敬一のニコニコ笑顔を見て悪い意味ではないと気を取り戻し、

「まぁまぁ。敬一さんは勇敢な方がお好みなのかしら?」

 と気さくに話しかけた。

「いいと思いますよ?自身の主張がはっきりなさったかたは素敵ですよ。」

「まぁ!そのようにお誉めいただいて…ほほほほっ。」

 会話を聞いていた涼子は敬一の顔を見ながら


 このかた本当のことをしゃべっていらっしゃるのかしら?ずーっと笑顔で何を考えてらっしゃるのか得たいが知れませんわ。


 と考えていた。すると、

「そんなに見られると照れてしまいます。聞きたいことがあれば何でもどうぞ?」

 と敬一は例のキラースマイルを涼子に向けた。涼子は不覚にも赤面してしまい、バッと顔を背けた。

「貴女失礼でしょう?ちゃんとなさい。」

 母はにこやかに涼子をたしなめた。

「す、すみませんお母様。」

 涼子は居ずまいを正して敬一を見据えた。

「ではお言葉に甘えて…。柳沢様。何故私が勇敢なのでしょう?」

 涼子が思ってたよりずっとトゲのある聞き方になってしまった。

 涼子は一瞬不味いと思いながらも″どうせ嫌われるのですから関係ありませんわ!″と気を張った。

 当然冴子は怒った。

「涼子さん!いい加減に――」

「待って…。お答えしますよ。」

 なんと以外にも敬一が冴子の言を遮った。涼子は少し驚いた。敬一は続けた。

「僕が貴女を勇敢だと思ったのは、貴女が自分の顔を好きだと言ったからですよ。」

 なんとスパでのやり取りを聞かれていたのだ。

 冴子は赤面した。

「恥ずかしい。」

 すると敬一は言った。

「恥ずかしくはないでしょう。失礼ながら涼子さんの容姿はそれほどですが、周りから批難されようとも自信を持って好きだと言った貴女はとても勇敢でした。ですからね。僕は貴女と結婚してもいいと思っているのですよ?」

 涼子はビックリして一瞬頭が真っ白になりかけたが

 ″結婚してもいいと思っているのですよ?″

 に引っ掛かった。

 ″″ってそれ…

「妥協ですわね。」

「え?」

 初めて敬一の笑顔が剥がれた。

「貴方はできても、妥協で結婚を受け入れるほど私お安くなくってよ!!」

 涼子は席を立った。前菜しか食べてないからお腹は減っていたが

「失礼いたしますわ!!」

 涼子は自室に戻った。

 敬一は驚いてその背中を見送った。

 彼の人生経験上恐らく初めてである。落としにかかってそっぽを向かれたのは。

 冴子はおろおろと敬一に謝った。

「も申し訳ございませんわ!あああの子きっといきなりだったから取り乱して―――。」


 アハハハハハハハハハハハハハっ!!


 敬一は無邪気に大口開いて笑った。

「あ、あの…。」

 冴子はうろたえるばかりである。敬一は冴子に向かって言った。

「まだまだこれからですよ。さぁー!僕も頑張らなくちゃ!!」

 敬一はウキウキとしていた。涼子にはつれなくされたと言うのに。

「どうしようかなー?」

 敬一は満面の笑みで言った。その姿は子供のようであった。





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温室育ちのお嬢でしたが全てを腐女子ライフに捧げています 泉 和佳 @wtm0806

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