9-2

 「そこで植田さんから情報を頂きました」

俺の回想に怒りを抑えながら付き合っていた柴原がソファーを叩き、

「あの野郎、勝手な真似しやがって」と歯を食いしばったまま呟いた。

「あなたは慢心からミスをした」

「ミスを、俺がか?」

今更ながら余裕を前面にしたヤクザの幹部に解き明かしをぶつける。

「はい、遺体の掘り起こしです」

「もう漏れたのか、それは植田じゃなく沢口界隈だろ」

「えぇ、そこは仰る通りです」

「お前の耳に入るのは織り込み済みだ。あれから一向に金が振り込まれていなくてな。未だに、だ」

背もたれに深く身をうずめる柴原が肘から先だけを可動させるゼスチャーを交えながら続けた。

「そこで嗅ぎ回る蠅を混乱させる為にちょっとしたスパイスを隠し味として振りか

けた。少し揺さ振ってやれ、とな。情報が洩れるのを前提で死体の掘り返しを沢口に任せてその道筋を作った。その後に一切の連絡を絶てと追加指導も加えた」

事の経緯を悪びれる素振りもせずつらつらと述べた相手に寧ろこちら側の方が上回る程で泰然と構えて説く。

(その混乱を演出したがために点と線が繋がったのを)

「えぇ、あなたの策略とした企みはこちらに届きました。でも、その後で致命的な

エラーが発生したんです」

(推論と事実に確信を添えてヤクザに教えてやる)

「バレたら自分もこうなると刷り込ませる効果を狙って口外する危険を潰す為に或

る人物に指示をしてコンクリートの塊を作らせたのでしょう。しかし、その処分まで奴にさせたのが仇になったんですよ。宮坂産業に属する悪羅漢の総長が接触した人物の風貌は限りなくと酷似していたんです」

(主導権はもうそっちには無い)

「そいつに相談されて産廃業者を手配したのは植田さん本人だったが、立ち会って

植田と名を偽った男の体型と過去に自分が対面した肩だった男の体型とはかけ離れていた」

眉をひそめ両口角を下げているヤクザ幹部に決定打を浴びせる。


「俺は中学時代に柳田と会っているんですよ。U村の墓所で真っ先に聞いたのは、

『柳田は生きていますね』でした。答えは『YES』だった。これはどういう事なのでしょうか」


柴原がこれを受けて時間を要しながら背筋を使ってドレスシャツを伸ばす。

「その言葉と昔の仲間の見聞を真に受けて喋ってるのか、てめぇは」

ドスを利かせた言葉に怯むどころか冷笑で対した。

「その程度の流れではヤクザのお偉いさんを敵に回しませんよ」

続けて情報収集時に捉えた直感に準じた説明に入る。

「俺は廃パチンコ屋に居た奥田を捕まえました。その時のアイツは瞼が痙攣し、喋った後には上の前歯で唇を噛み抑えたんです。様子が怪しかった。更には、

は見なかった』と溢したんですよ。ならば、奥田は何時見たんでしょうね」

言い終えてから暫しの間を意図的に与えたが、対面からは鈍い反応も受けられなかった。

その空気を切り裂く。

「それは当事者に聞きますか。どうぞ」


優勢に運んでいた俺の合図で隣に面する八畳間から物音がした後に襖が引かれ、左顔面を負傷した柳田が情報提供者に後襟を掴まれて登場した。


この二の矢までだんまりに転じていた相手が背筋を緩め動揺を染み出させる。

「今日の送迎を断ったのはこの為です」

兄貴分にベージュ色のVネックサマーニット姿で組支給のジャージを着た怪我人を晒して対峙した舎弟が言い分を済ませ、

「手荒な連行のせいでこんなつらになってますが、この小僧で相違ないですよね」と柳田を半歩押し出した。

「使えねぇ野郎共だ、寝返りやがって」

苦渋に満ちたつらに変化した柴原に俺が詳細を語る。

「こいつは怯えるがあまりに地元を彷徨うろついていたんです」

追ってこの状況を演出した男が強制連行した後輩を促す。

「お前は何をしてたんだっけ」

これに床へ視点を合わせていた臆病者が囁く。

「後輩から些細な事でも知ろうとしてました」

さま策士が愛想も小想も尽き果てたらしく無言で首を真反対に傾けた。

更に三の矢を当てる。


「あと、植田さんは『久賀に伝えた指定場所は空堀りだった』と言ってました」


ブラウンの木目を活かしたテーブルを挟んで相対する瞳を閉じたヤクザに傍らで見下ろしていたオールバックが頷く。

「現時点で生存確認が出来ていないのは小島剛とその家族、それと沢口陽一です」

俺の状況整理に柴原は黙っている。

「ですが、鬼畜龍に絡む一人も消息を絶っています」

間も無く舌打ちが鳴った。

「遠回しな言い方しやがって」

歯軋りを伴う台詞が向かいから漏れた後、ここまで自らの意見や論を挟まずに腕組みをしてじっと構えていたおやっさんが口を開く。

「鬼畜龍のガキ、河合って奴な。そいつの行方も確認できてなければシャブの売人

が死んだって証拠も出て来ない。それに剛が殺されたって情報も耳にしない、となれば疑うよな。和泉組が何かを企んでるって」


居心地悪く座位している細身の男に新事実を差し込む。

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