範疇外
8-1
予定時間の十五分前に指定された県道から袋小路の様に進入した先にある公園の入口が見渡せるうどん屋の解放された駐車場に店主の車と見間違う雰囲気を匂わせたスペースにブルーバードのエンジンを切って身を潜めてから三十分が経過した。
細月明かりが包むその場所の奥に騒音を立てずに入ったロケットカウルのGS400が停まってからはニ十分が過ぎている。
あらゆる事態を想定して警戒を怠らなかった自分が到着してからヤクザらしき車両の通過や族車の音が聞こえなかった事を受け、流石にもう奴の援軍が周囲にはいないと確信しドアを押し開け、静まり返った道を200m位歩くと
「
積年の怨みがある奴の言葉を受け、踏み込めば攻撃が届く距離で立ち止まる。
「そういうテメーはやる気満々じゃねぇか」
詫びるつもりが無いのは格好で分かったが、それでも単身で待ち続けたその意気を汲んでやる。
そういうこっちも編み上げの安全靴に迷彩柄の作業着だしな。
「ここに呼び付けたのはお前の裁量じゃねぇな。上の
森山が軽く笑う。
「『おめぇとケリをつけて遺恨を残すな』だ」
(上の言う事を素直に聞くのか。信用しねぇけどな)
この後にどうなろうとコイツはここで潰す。
「来やがれ」
全身に気合を込めて拳を握る。
相手の右肩がピクリと動く。
ボワァンボンバンボボ、バンボボボワァンボボ……
その刹那に数台の単車がコールを決めながら接近してくるのが耳に入った。
(俺の行動が筒抜けなのか)
「やりやがったな、テメー」
「勘違いすんな、この事はウチの奴らに言ってねぇ」
「じゃあ……」
振り向いた時には既に白のロング特攻服集団が五台の族車で県道からの入口付近を塞いでおり、それ以外の一台が真っ直ぐ俺らに近寄っていた。
手前で停止したCBX400Fのアンコ抜き三段シートに跨っていたのは嘗てリーダーと呼ばれていたニグロパーマの川辺慎也。
口を聞く間もなく五代目総長と刺繡された腕でキーを回した後方から引き連れて来た仲間達十数人が自分の脇を抜けて森山に一斉に襲い掛かり、井出弘の飛び蹴りを皮切りに色男の高宮哲平も参戦し、親衛隊長と縫われている右ストレートが顔面にヒットする。
こんなシナリオは望んでいなかった。
何時だってそうだ。どんな時でもそうだ。
個人、劣勢、不利な奴が的になり被害を
「止めさせろっ、寄って
バイクの側で腕組みをした川辺に詰め寄ったその間にも倒れたヤツの防御が及ばない所に攻撃が加わる。
「生憎そういう訳には行かない。舐められたままでは、覇権争いが俺達の全てだ」
骨太のガッシリとした図体で仁王立ちし微動だにしない総長が眺める先で森山の体があらぬ方向に曲がった。
「族を強大にしたければやればいいが、これだけは言わせてくれ。そんな絵空事が実現する訳が無い」
さっきまでは草木が擦れ合う音だけだった景色に怒声が響く。
「お前等は
(奴は葉月組を裏切った上に和泉組からは見放されたんだ)
「何故そう言える」
川辺から驚きが垣間見えた。
「お前だけは許さねぇぞって捨て台詞を吐いたあの目はマジで怨んでいた。そんな奴が詫びを入れると現れたのに合点がいかねぇ」
(粛清がなされている)
「それに時間差がおかしい。そのつもりなら待っている間に仕留めろと指示が出来るのに俺が十五分も遅れたのにも関わらずお前等がこの場所に登場したタイミングがずれている」
(仕組まれているのは明らか)
話の隙間に殴打する音と駆けずる音が混ざって聞こえる。
「不自然だと思わねぇか」
(これは俺に屈辱感を味併せる真似)
「確かにな」
大将がこちらの推測に賛同した。
「何故ここを知った」
(この光景を何処からか見ている)
「和泉組を名乗った人間が鬼畜龍が弱体化していると連絡を寄こしてな」
(やっぱりか。だろうな)
この合間にも収まらない集団暴行。
「その植田ってのが今日を教えてくれ、ゴーサインを出してきた」
(そいつが一連を見張っていて自動車電話でも使って合図を送った)
予想の確約を取った俺は川辺の頭を更に冷やさせる。
「罠だ、あそこの幹部はお前が想像するよりも遥かに頭の切れる強者だからな」
(裏事情を知らない奴等には悪羅漢が潰したと噂を広めるのが目的か)
「こんな事してもお前等を牛耳ろうとするヤクザに操られるだけだ。ケツ持ちとして君臨し後々いい様にされるだけだ」
(柴原は小僧の世界の勢力図を拡げて捨て駒を飼い馴らそうとしている)
言い終えて総長の
「いいか黙って聞け。俺を殴って倒れたら馬乗りになり胸ぐらを掴み顔を近付けろ」
談判に川辺が困惑した。
「いいからやれ。その
この会話までは待機しているヤクザ
「チッ」
こちらの案を了承し乗っかった相手が振りかぶった瞬間に歯を食いしばると、容赦ないパンチで左側頭部を打ち抜かれた。
意識が飛びそうな中、指示通りに俺の上半身を掴んだ総長が両手で起こして引き寄せた。
(そうだ、それがベストだ)
小競り合いが始まったとカモフラージュして指揮を執る。
「大将自らアイツに制裁を加える振りをしてヤツから言質を取れ。傘下に入ると奴に言わせろ」
昔の
「今更鞘に納めるのは不本意だろうが飲め。じゃなきゃ過去に目撃した高宮の女を寝取っていたあの日を親衛隊長さんにバラすぞ」
「……おまえ、
これに川辺が薄ら笑った。
「それが終わったら俺と森山を残して引き揚げろ。警戒が解かれた頃に連絡する」
「了解したよ」
聞き分けの良かった総長の力が緩み、放り出されるようにして体が解放される。
「そこまでだぁ」
声を張り上げながら起立した大将の一言に悪羅漢の面々が各自の反応を示して徐々に動きを止めていく。
取り囲んでいた輪がゆっくり
足早に敵の頭に向かって行った川辺がその中心に辿り着くと、先程のリプレイかの様に跨って黒の特攻服を引き起こす。
「お前んとこのチームはウチの下だぁ、いいなぁ」
少し離れた位置でも意識が朦朧としているのが見て取れる森山の応対はすんなりとした頷きだった。
この仕草が完了の知らせとなり、制圧を数的有利で進めた連中が三々五々に散る。立て膝をついて座っていた自分と県道側に歩いて行く内の面識が無い奴には擦れ違う際に訝しげな表情を浮かべられ、井出には無邪気に微笑まれ、高宮には右肩を強調したガッツポーズを見せつけられた。
最後に脇を通り抜けるリーダーには約束を秘めた目配せを送られたので了承の意思を視線に込めて返す。
真後ろでCBXが吹かされ、これに呼応して入口を塞き止めていた単車達がアクセルを鳴らし始め、総長がUターンをして合流するとコールの群れが高らかに響き出し、その集合体が深夜の郊外へと消えていく。
俺は爆音が遠のいてからも振り向かずに森山を眼中に捉えていた。
仰向けで倒れうっすらと呻く奴に腰を上げて迷彩パンツを
こいつの制裁は後日に取っておく。
「お前、売られたな」
「薄々感づいていたさ」
今となっては左瞼と唇が腫れ上がって見
「お前は幸いにも和泉組の一員になった日が浅い。葉月組に泣きつきシャブ絡みで殺人事件があったと報告してみろ」
(騒ぎを大きくすれば一時期だけ組織が拘束され、ヤクザ共が身動き取れない場面が来れば逆に考動し易くなる筈だ)
入った証拠は無いが組を抜けてはいないとも言い切れない曖昧な立場の奴に助言を与える。
「お前はその混乱に乗じてガラを隠すかブタ箱にぶち込まれていれば命までは助かるんじゃねぇのか」
(コイツに死なれたら俺の目的が消滅しちまう)
寝そべったまま空を睨んで体勢を変えない聞く耳を持っていたのか不明だった相手に会話を続けた。
「お前等のアジトに血痕が残されているか」
これに鼻笑いが返って来る。
「証拠が消されてるからソレは出ない。あそこが不審火で全焼したのをお前は知らなかったのか」
(あの男の徹底した処理には頭が下がるぜ。
それと
「こんな所に居座って
(未だ尚こっちの動向を観察しているのだろうな。
コイツのナンバーも記憶されたろうから処分するしかないか)
一段落で煙草を銜えてステアリングを撫でた俺は、ここまでいい仕事をしてくれたブルーバードに永遠の別れを惜しみつつ、次の一手を模索するモードに切り替えてキーを回し、真夜中にヘッドライトを当ててアクセルペダルを踏んだ。
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