7-5

 「お疲れっす」

(ヤツか)

連日の疲れもあり充分に休養を取った翌日の夕方、仕事終わりに狙いを定めて奥田和馬の働くI町の自動車修理工場を張っていた。

少し余裕がある動きにしたのは、この瞬間までに久賀絡みの真相が入って来る可能性を加味したからだ。

坊主頭の金髪が油の染みた紺のつなぎ服で跨ったパープルラメの単車を追う。

ハンドル上部を透明なスクリーンにした新幹線仕様の風防を左右に振って純正マフラーをぶった切った音を奏でているゼファーのハネタイプテールカウルを見失わない程度の一定間隔を離しついて行く。

ケツを追うのにオッサン車は目立たなくて適していた。

仲間と合流でもされたら厳しい状況に追いやられるのは百も承知だったので交通量が無くなったと見るや否や車間を詰め、クラクションを鳴らしブルーバードのライトをパッシングする。

減速して背後にガンをくれた奴はグレーのキャップに伊達メガネをかけた俺の顔を見て煽られたと思った筈だ。

作戦に引っ掛かった奥田が怒りを露わにして辛うじて白線が残る路肩に停車したバイクの前を念の為を考え、前輪が雑草の生えたエリアに乗る形で車を斜めに滑り込ませて遮り、ヒノキ製の丸棒を片手に勢い良く降りて歩み寄り鼻っ面を突き合わせる。

こちらの威勢と武器を所持しているのに怯んだ様子の相手にすかさず詰めた。

「質問に答えろや」

「誰だ、てめー」

地味な色合いのオンブレチェック柄のシャツで現れた男が握る檜棒が効果的に働いたらしく、見下ろし気味に構えた奥田のトーンは大人しい。

「知りてぇか。小島剛、梅屋玲子、T町。これで解るだろ」

いきなりの襲撃に脳の回転が追い付かない相手に尚詰め寄った。

「先ずは、廃パチンコで死んだのは誰だ」

「ちっ、てめーは……」

やっと面前の訪問者と事情が繋がったらしき奥田の反応を抑えて唸るような声で催促する。

「うるせぇよ、聞いた事に答えろ」

恐怖には人の口を滑らせる効果があるが、逆に声が出せなくなる側に作用する場合もある。

「それは小島剛だろ」

コイツの反応は喋っちまう方に働くみたいだ。

奥田の天秤はヤクザの忠告と俺の脅しのどちらに傾くのか。

「テメーは確認したのか」

「死体の顔なんてわざわざ確かめるかよ。それに俺は車の処分に回されたからな」

今の状況に怯えた相手は現在起こり得る身の危険を選択した。

虚勢を張らずにそれとなく目を切った仕草からすればコイツの嘘はなさそうだ。

こうなったらとことん追い込むのが得策になる。

「あと、テメーはN町の自動車教習所に通っているか」

「あぁ、それがどうした」

「ならソレを河合に話したな。俺の事も含めて」

「まぁ、な」

レイコの死はこの野郎の告げ口から始まった。

「奥田、テメーのつらと仕事場は覚えた。この意味分かるよな」

此処まで蹴りの一つも入れなかったのは、制裁を事実確認が済んでからゆっくり且つ徹底的にやるつもりだったからだ。


一発一撃ごとに怒りを集中させて。


更に首を垂れる恫喝どうかつで脅威を与えられた相手に序での質問を投げた。

「それと、シルバーの薄いジバンシーのライターを知ってるか」

「あぁ」

「それを何処で見た」

「あそこだ、あの日廃車にしたエスティマの中だよ」

(チッ、そうなると……)

奥田が煽った訳でもないのに付け加える。

「アレが落ちていたのは不思議だったけど玲子が欲しがっていた型と同じだったから拾った俺が墓に置いた」

(クソっ、見当違いだったか)

これだけの情報を引き出せれば長居は不要だ。

「もういい、失せろ」

俺が解放を知らせると、途端に太々しい態度へ変えた金髪坊主が去り際に舌打ちと精一杯の反抗心が込められた眼つきをカマシてきたが意に介せず見送る。

ゼファーのアクセル音が遠のく中、茶色のキーケースをポケットから掴み運転席に乗り込んで思案した。


(さて……次はどうすっかな……)


エアコン吹き出し口に後付けしたドリンクホルダーから炭酸飲料を抜き取りながら助手席に放置していたポケベルを覗くと知らない番号が表示されていた。

ウインカーを右に出してブルーバードを発進させ、4~500メートル走行してから金属加工会社の脇にあった凸型屋根の電話ボックスを越した所で側溝を跨いで停車しハザードを点滅させる。

鎧戸タイプの扉を開いて入口の左奥に収まった緑の箱から送受話器を取り上げて左肩と顎の間で挟み、テレカを差し込んでプッシュボタンをポケベルと照らし合わせながら押す。

受話口から聞こえた3コール目が鳴り終わらずに相手が応じた。

「もしもし……どちら様?」

「森山だ」

(ケっ、奴は俺の声をしっかり記憶してやがった)

「何の用だ」

(さっきの件がもうコイツの耳に入るには早すぎる)

「今晩十一時にR市の自然公園南口に来てくれ。お前に詫びを入れたい」

森山が物静かに喋る。

(別件なのか)

「どういう風の吹き回しだ」

「和解だよ」

「そっちは一人で、か」

「当然だ」

此処までの相手に沈んでいる様な印象を受けた。

「オレが言うのもなんだが、必ず来るべきだ」

(きな臭いが、この辺で白黒はっきりさせるか)

「了解だ」

俺は森山の返しを聞かずにフックに送受話器を戻す。


時に優劣は危険を伴う。

結果如何いかんではねたまれ、後々に卑劣な手段で隙をつかれる可能性が浮上する。


だが、この呼び出しで復讐一人目のターゲットが決まった。

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