8-2
「何だ、どうしたんだよ」
翌日の正午に『緊急なんだけど』と中学時代に野球部のキャプテンをしていた奴に呼び出され、待ち合わせの四時に数日前にも利用した喫茶店の席に着いた俺が入口を見通せるソファーに腰掛ける吉村辰雄を前にして再度聞き直す。
「電話でも話したけど、どうしてもお前が来てからじゃないとって言って教えてくんないだよ」
絶滅したとされるタスマニアタイガーを探す映画のキャンペーンソングを歌うバンドの作詞兼ボーカルに少し似た幼馴染は
「俺の連絡先はどこで仕入れた」
「大崎に教わった。隆の顔が青白くて断れなかったもんで」
アイツには何かと面倒をおかけしちまっているな。
にしても自分に相談してくるなんてどういう風の吹き回しなのか。
「それで菅野は」
「もう来る頃だけど」
そう言って吉村がサックスブルーのボタンダウンシャツ姿でコーラを煽った。
あまり暇じゃないのに余計な厄介事を増やされたくない。
寧ろこっちの置かれた状況の方が切羽詰まっている筈。
しかし、コイツの頼みでは無下には出来ないし、吉村兄には恩というか借りというかの迷惑をかけてしまっている。
「お」
幼馴染の首を曲げて自分の後方に意識を向けた仕草に釣られ振り向く。
遅れて登場した店の扉を閉めて体を丸めて歩いていた年相応な上下クリーム色のTシャツにチノパンの菅野隆は確かに顔色が悪かったが、それ以上に怯えているのが気になった。
こいつの服装は限りなく地味、自ら目立たぬようにしてるっぽい。
手招きで知らせた吉村が子分気質と記憶していた奴の為に詰めた隣に座るも俯いたままで僅かに震えているのには訳がありそうだ。
「で、何?」
唐突だが様子の変な相手から逸早く要件を引き出したくなって突いてみる。
「その格好からしてお前、おかしいな」
これに、か細い返答が寄越された。
「陽一くんと二、三日連絡が取れない」
(その程度でビクビクはしない)
「それで」
俺の急かしにスタイリングされていないショートのセンター分けが口籠る。
「お……あ……いか……」
(こいつ、変なモノに
「はっきり言え」
菅野がここで鼻で溜息をついた。
「俺も危ないかも」
踏ん切りをつけた
「何故だ」
「どっかの山で掘り出すのを手伝ったから」
(まさか)
「それは何だ」
(きっと)
「シートに包まれた何か……多分、人」
(クソっ)
そんな事があったと聞かされた俺の心中で落胆と呆然が入り混じり、感情の器内が掻き乱された。
「席を外してくれ」
食い縛った歯のまま眼力を込めてそう吉村に告げると、不穏な空気を察していたらしく速やかに頷き隣を立たせて場所を入れ替え店外へと歩み出し、姿が消えるのを見届けてから仕切り直す。
「で、それは
「一週間前に」
(久賀が自首して直ぐ辺りだな)
「モノは」
「クレスタのトランクに積んで工場に運んで」
(わざわざそんな事を)
「それで何した」
「降ろしたまでは一緒にやったけど、それからは一人で帰れって一万円渡された」
(そこに運んだ意図はどうしてなのか)
「和泉組の奴はソコに居たか」
「誰にも会わなかった」
あいつは単独で作業しろって命令されていると見た。そうでなければ組員や関係者と行動する手段を選択するに決まっている。
奴の根性の無さが裏目に出たな、柴原さんよ。
沢口を探し出して接触できれば真相を解明する突破口が転がり込んで来る。
しかし、その張本人が音信不通なのか。
一刻も早く動き始めたかったが泣きついてきた菅野をほったらかす訳にはいかず、目の前でビビッている相手にもう少し掘り下げた質問を投げた。
「で、お前が狙われてるって証拠は」
「……ない」
「え?ヤクザらしき人物を見たとか」
「ううん」
「は?黒塗りの高級車に追われたとか」
「いや」
……
……これは……ただの思い込みじゃねぇか。
だが、この臆病者のお陰で情報が流れて届いたのだから怒るのはよそう。
「……うん、じゃ、気を付けろよ」
俺は菅野が今にも
喫茶店を後にして直ぐに駆け寄って来た吉村の、
「隆はどうなった」に「あぁ、へいき、平気」と返し、
「これから暇ならあいつの話に付き合ってやってくれ」と告げる。
先程との温度があまりにもかけ離れていたこの態度に元部長が首を
(捜索する人間はタケさんと沢口。消えているのはタケさんの家族と柳田。
これまでで誰かが誰かを騙していて何かが何かを隠している。
柳田が
ヤクザ側の話通りなら掘り返されるのは柳田。
仮説だが、もし久賀が柴原の指示に背いて秘密の暴露をしたのなら……
それなのに亡骸が消えたのを警察から教わったか実際に現場検証で知った。
だから動転して埋めた人物の顔を見ていないと口走ってしまった。
死体は何処へ行ったのだ、と錯乱して)
謎解きにも似た状況に
浮かび上がろと頼りを掴んでみるがそれは千切れやすい紐。
それでも動かないと自分の置かれた世界に
清浄する手立てを探す為に原チャリを走らせる。
(いや、一つやっておかないといけない案件がある。それから片付けておこう)
前日の交渉を思い出した俺はY中に通っていた頃に溜まり場にしていた家の住人に逢う為、隣町へと方向転換してアクセルグリップを全開にした。
田舎暮らしをしている青年達は環境変化を好まないのか、大方の人間が職を持ってからも実家から離れようとしない。
御多分に漏れず川辺慎也も一人暮らしをしていなく、その証拠に絞りハンドルでツッパリテールのCBXが開口幅が二台分ある波型鋼板屋根の下に収まっていた。
時刻は帰宅するには少々早いかも知れない夕方にその側で煙草を吸って家主か本人が現れるのを待ち始めたが、パールホワイトでフロントリップスポイラーを装着した平成元年式グロリアシーマがクラクションを鳴らしたのを受けて事前のアポを取っていなかった事が杞憂に終わる。
道路から左折してカーポートに入庫したタイプⅡリミテッドのウィンドウが開き、左胸の【宮坂産業(株)】が拝める程に身を乗り出した川辺の第一声は、
「ラッキーじゃん」だった。
「今日は会社にあるダンプの点検が主な仕事だったからこの時間に帰って来れた」
シルバーグレーの半袖ポロシャツが上体を引っ込めてから窓を閉めてエンジンを切りドアを解放してから降りるまでに述べた理由を聞き(我ながらツイてんなぁ)と脳内で褒める。
愛車をロックしなかった族の総長は、
「腹減ったからメシ食いに行こうぜ、着替えるからチョイ待ちで」
と玄関へ足を運び、俺の返事も聞かずに家に入って行く。
そうそう、コイツはこんな性格だった。
だから、わりかし素直に乗っかってくれた昨晩は驚いたんだっけな。
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