2-4
煮え切らない気分を味わった後に思わぬアクシデントに見舞われた事を無かったコトと割り切る為と、今後の行動をどうするべきか頭を悩ます準備のために自販機でスポーツドリンクを買う。
一口飲んで気分をリセットし、インナーボックスに取り付けたドリンクホルダーへ入れ、原チャリの上で思案を始めた。
(それにしても教習所に通ってまだ間もない俺の事を奴等はどっから嗅ぎ付けたのだろう……大工の件はキツネ目から聞いたのだとしても……
玲子が喋ったのか?
そういえば誰にでも何かをペラペラ喋るタイプだったようだし……
まさか!レイコはO町の森山と俺がひと悶着あったのを知ってたのかっ‼
実は何か情報を得る為に愛想よく近付いてきたとか、色仕掛けで懐に入り込もうとしてたとか……
なんにせよ熱が冷めやらぬ矢先に俺の存在を耳にしたってコトだ、奴等は。
……だとしても何故、玲子は攫われたんだ。
……ん?待てよ……もしかして……ダサ坊の勘違い?
ただ男女間のもつれで連れていかれたのを見間違えたんじゃねぇのか?
考えてみればヤツの情報を鵜呑みには出来ねぇ。
……アイツの言葉を信じた俺がバカだった)
冷静になってみれば疑問の残る内容の話だったのに自分が狙われている立場だったせいで良からぬ方向に思考が寄っていたようだ。
(かと言って楽観視しておける問題でもなさそうであることは事実。
どうも徐々に外堀が埋まってきている予感がする。
念には念を入れて対策を練っておくか……
こっちの態勢が整わない内に奴等と鉢合わせたらヤベぇし、詳細が判明するまで教習所には近付かない様にしておこう……
それと極力得られる情報を仕入れておくのも一手だな)
再び脳ミソを使う羽目になった。タバコを取り出し火を灯す。
(先ずはどうすっかなぁ……アイツの所でも行ってみっか。
けど、今何してるか知らねぇや。
この間の時に学生なのか職に就いてるのか聞いとけばよかった。
ま、アイツの家で空振りに終わっても昔のツレん所を巡ってみれば何だかんだで誰かに会えるかも知んねぇし、取り敢えず向かってみるかな)
次の行動が決まったものの右手に挟んださほど味わっていない煙草を今消すのはもったいないと感じた俺は、その場で気が済むまで肺に送り込み、吸い殻を足元に落とし踏み潰す。
それから半キャップを被り、ドリンクホルダーに収めていた飲み物で喉を数回鳴らした後に戻してバイクのキーを回し、エンジンが回転したのを合図に車道に出た。
四~五十分程かけて数年ぶりに訪れた夕方のY町は道中に見知らぬ店が一つ二つ増えてはいたが、過去に見た記憶の眺望と何ら変わってはいなかった。
その一般的に〔田舎〕と聞けば想像するであろう田畑が広がった見晴らしの中を目的の場所へ向けて走り、町内を丸々横切ってその向こうにあるS市との境界線近くにあったヒロシの家に到着する。
原チャリを万年塀に沿わせて止め、古びた平屋建ての玄関の横に『井出』の表札が掛った入り口脇の呼び鈴を押したが待てど暮らせど応答が無く、仕方なしに他を当たろうとバイクに跨って行く先を考えてみた。
(あいつ等みんなして生真面目に働いてるとは思えない。いや、そうでもないか。
単車乗り回してるとしたら燃料費が要るだろうし、欲しい車があったとしたら多少でも金を貯めなきゃだし、買ってたら買ってたで自動車ローン代が掛かるし、今現在手元にあるのがバイクでも車でも改造パーツを購入する銭が必要だ。
念の為ダメ元で他所にも行くか。悩むのは空振ったその後にしよう)
二十分程度の道のりで中学時代に飽きもせず通ったタマリ場へやって来たが、パッと見で誰もいなそうな雰囲気が漂っていた。
家主に許可を得なくても直接部屋に上がれる道路に面した掃き出し窓に手をかけてみたが施錠されており、これはここの持ち主が外出中だというあの頃からの暗黙の了解事項。
過去に一度だけ例外があったが、それはヤツが彼女とヤってた時だった。
試しにキチンと閉め切られていないカーテンの隙間から室内を窓越しで覗いたが人の居る気配はしない。
(ここも不在だったか……後はアイツんトコだな。
電話で確認でもいいんだけど、居留守使ったりそもそも出なかったりしやがるんだっだよなぁ~奴は。
こっからそんな遠くでも無ぇし、行くか)
こう結論を出した俺は又走り出した。
十分かからずで親が床屋を営む色男の家に着くと、駐車場の端に原チャリを停車し鉄製框ドアのガラスから店内を眺め、暇そうにしている何度か頭を刈ってもらった店主に扉を開いて顔だけ覗かせ、
「お久しぶりです。アイツいます?」と尋ねてみた。
すると、パイプ丸椅子に腰掛け『ぼくはおとなの味を知ってしまった』と子供が呟くCMを見ていた親父がこちらに向き、
「いらっし……おぉお前か。ご無沙汰だよな?」と言いながら立ち上がる。
これに「スイマセン、あいつは……」と再度お願いすると、
「あぁ、奴は仕事行ってるけど」と空振り確定の返答。
目的が済んだ俺は「ならいいです。お邪魔しました」と気持ちだけ頭を下げて立ち去る事にした。
しかし顔をを引っ込めかけたタイミングで、
「そういやぁお前、引っ越したんじゃなかったか?」と店主が投げかけてきた。
が、それに対して此処には長居する気が自分には無い事を伝える様に愛想笑いと共に「ハイ」とだけ付け加え扉を閉める。
あり得ると思っていたがやっぱり誰にも会えなかった自分の運の無さを恨みつつ愛車に戻ってシートに座ると手詰まり感に襲われ、それを払拭する様にホルダーから缶ジュースを持ち上げ飲み干した。
(ここまで何の情報も収集出来てない。どうすっかな……
あと思い当たるとしたら……タケさんか。
だけどなぁ……あんまり借りだの貸しだのをしたくねぇな、アソコと。
でも、知れるものは知っときたいな。
けどあれだ、あの人とはつかず離れずの距離感を保っていたから住まいも連絡先も知らねぇや。
どうしたら接触出来っかな……
お、そういえば今日S市で例大祭だったっけ。
今から向かえば辺りも暗くなってくる丁度いい時間だ。
燃料満タン補給は免れないがともかく、こうなりゃ行くしかねぇな)
思惑通り夕闇が迫る時間帯に祭り会場付近へ到着した俺が先ず起こした行動は、的屋衆のトラックが停めてある場所を探す作業だった。
この訳は訪れた祭りが規模としては小さく、例え祭事があったとしても飯野興行が店を出しているとは限らないからで、屋台を片っ端から覗き回る前に出店しているかどうかを確認する為である。
その場所は周辺の捜索を開始してから思いの外早く発見することが出来、駐車された中の一台を見て確かにタケさん達が来ている事が確約された。
そこから会場までは少々歩かされると分かっていたが、原チャリで近所まで行って停めるスペースが無かったりする可能性も考えて見慣れたトラックの傍に置いて行くことに決め、おあつらえ向きな車間にバイクを誘導しエンジンを切る。
サイドスタンドを立てると跨ぎ降りてヘルメットを脱ぎ、不本意ながら徒歩で人探しに出発した。
賑わいが決して多いとは言えない最深部へ向かう道は両脇を交互に見て歩くのに丁度よく、投光器や裸電球が吊るされた店の並びからお目当ての屋台に行き着くのにも手こずらなかった。
テキ屋との接点を持たない人間には見分けはつかないだろうが、使っている道具や店構えの細かい所で自分の知っている屋台かどうかの判別ができる。
しかしそこは販売を始める一歩手前の店番が居ない“もぬけの殻”だったが、数秒後に後幕を搔き分けてヒサトさんが現れた。
「おぉ、お前か、どうした?」
たまたまなのかサボっていたのか商売をほったらかしにしていた相手に、
「今日たけさんは?」と質問すると、
「あぁタケさん?のっぴきならない用事があったみたいで今日は来てないぜ」
と返って来た。
(またもや空振りかよ)
この数時間でことごとく望みが叶わなかった事に凹んでいると先輩が、
「よぅ、手伝っていけよ」と手招きする。
これにはそんな気分になれないのと、この時間から働きたくないのを込めた
「いや、やめときます」で断った。
後輩の拒否反応にヒサトさんは不服そうな顔をしていたが、自分の心はさほど痛まずに「じゃ、ガンバって下さい」とだけ告げて背を向け帰り出す。
(サイアクだ、今日は……。
始まりは教習所のアイツからの一言で、ヤクザに絡まれるわ訪ねても誰一人とも会えないわ……ついでに余計な燃料代の出費になったし……ホント最悪だった。
何だか精神的に疲れたし、もうこのまま家に戻ってビール飲んで寝よ)
帰宅の途に就く為の交通手段を目指して重い足取りを進め、結構歩いて行きついたトラックに近付く辺りで話声が耳に入り、車を回り込んで原チャリのある場所に目をやると、愛車の周囲で二つの人影が動くのが見えた。
「それに何か用?俺のだけど」
そう言って二人の前に姿を現すと、図体ゴツ目で金髪オールバックと身なりは小さめ坊主頭が同時に体を強張らせこちらに顔を向け、そのツラを見たここで相手が誰だかの判別を脳内で行う。
坊主頭の鼻骨には三㎝程度の切り傷が横に深く残っていて、ツレの方はたらこ唇だったから其々を『ハナキズ』『タラコ』と記憶していた。
「おぉ、お前だったか」
安心した様に俺の前まで寄ってきて馴れ馴れしく喋ってくるエプロン姿のコイツ等とは祭り会場で挨拶を交わす位の接点しかない。
「何でいじくらないの、原チャ」
ハナキズの問いに「もったいないから」と返す。
「へぇ~」と言いながら坊主頭がバイクに振り向いたタイミングで自分の視界に入った目を合わせようとしないタラコの尻ポケットには見覚えのある形が浮き出ている。
忍ばせていた物はきっとドライバーで、その形状はおそらくマイナスなのだろう。
(コイツ等パクるつもりで眺めてやがったのか)
カチンときたが奴等はテキヤの仕事に来ている以上シメる訳にはいかない。
「ジョグっていいよな」
ハナキズが軽い口調と一緒にハンドル辺りを触り、タラコは遅ればせながらにシートを撫でていた。
(てめぇらの取り繕う為の振る舞いで何しようとしてたかバレバレだぞ)
その様を怒りを堪えてやり過ごしていたが、ここで物は試しの案が閃く。
「あのさ、鬼畜龍って知ってる?」
この唐突な問いにハナキズが反応した。
「I町のだろ。俺、あそこの先輩と話した事あるぜ。お前も知ってるだろ、ほらあのシャブ捌いているって言ってた人」
「あぁ、柳田さんだろ」
(棚ぼた成功。情報を得られるかも知れない)
「その時国道927号沿いの代々潰れたパチンコ屋を拠点にしているって言ってたぞ、なぁ」
ハナキズの振りに「あぁ、俺もそう聞いた」とタラコが賛同した。
収穫アリ。ヤンキーとホームレスの情報網はバカに出来ない。きっとコレは事実なのだろう。
が、知ったところでソコに単身乗り込むなんて死にに行くようなもんだ。
「やっべ、アニキに怒られるっ、じゃ」
と言ったハナキズが走り出すと、タラコも後を追いかけ二人は去っていった。
(きっとアイツ等はバイク窃盗をしようとした相手に申し訳なくてじゃなくて、兄貴分に告げ口されたくなくて良心的に教えてくれたんだろう。
俺が飯野興業にバイトとでしか出入りしていない事は知らなかったのだろうな。
顔見知り程度が功を奏した形になったぜ。
ま、こっちも奴等が年上なのか年下なのかさえ聞いちゃいねぇけど、スクーターが欲しかったのなら後輩かもな……いや、売り飛ばすのが目的だったかも)
俺はどちらにせよ九死に一生を得た原チャリに跨るとメーターパネルをポンポンと叩き、ヘッドライトを点灯させ我が家に帰った。
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