2-3
「あ、昨日ヤンキー達が女の人をさらっていったんだけど……」
昨日の晩に食べ損ねたざるそばをたいらげて出発し、予定時間ギリギリに自動車教習所の駐輪場でサイドスタンドを踵で蹴り起こして止め、原チャリから降りた俺に突然話しかける奴が現れた。
「……お前誰?」
「……え?覚えてない?」
目を真ん丸くした顔をしばらく眺めていたら、おぼろげに思い出した。
コイツは、不良の世界に足を踏み入れた時に通っていたY中学に居た、自分より強い者に愛想を振りまくっていた通称ダサ坊だ。
「あぁ、お前か」
「しばらくぶり。で、昨日……」
俺は喋り出した相手をやり過ごそうと歩き始めたが、頭の中でコイツがいきなり口走った内容が聞き捨てならない事だったと気付く。
「それって何時?」
「最後の実地終わりに見たから、七時前ぐらいかな」
コイツが見かけたのは俺が大崎と受付前で会話しレイコと一服し別れた後で、どちらも可能性がある。
「女ってどんな?」
「いつも前髪バッチリにしてる小柄な子だった」
前髪命の女と聞かされたが、コイツには俺の知ってるの女のどちらかが拉致られたかは分からないだろう。
「服装は?」
「何人かに抱えられてたから頭しか見えなかった」
その後、詳しく特徴を思い出すように問い詰めたが、その車に押し込められていた場所とはかなり離れていた上に、さらわれた女に会った事があるのは一、二度しか無く、拉致現場を目撃したのは辺りが暗くなっていた時間の一瞬だったので誰かまでは判別つかなかったらしい。
大した手掛かりを提供しなかったダサ坊が話し終えた直後に何かを思い出した。
「あ、一人だけ特攻服着てた」
「それって黒のか、菊紋の入った」
「そう」
やっぱり奴等だ。
そりゃそうだろうな、探してる相手が自分なんだから驚きようがない。
あの立ち話の際に受けた視線はコイツだったのか?それとも奴等のツレだったか…
俺は情報提供者にお礼も言わずそこにほったらかし、安否確認のため大崎の家に原チャリで向かった。
一年と数か月だけ通ったT町の小学校からそれ程離れていない車五台は楽に止められる駐車場に赤いアルトと農機具が乗った軽トラが納まっている三世代が暮らしているらしき二階建て住宅に一時間を要して着き、真新しい縦格子模様の両開き門扉に並ぶインターホンを鳴らす。
自分の名前を名乗った後に十数秒程空き、数m離れた玄関から顔を出した女性の表情が俺を目視した途端、怪訝そうな表情に変わった。
きっと迷彩柄のニッカに黒の半袖開襟シャツを着たガラの悪い人物が尋ねに来る筈がないから警戒したのだろう。
「何の御用ですか?」
相手がいつでも家の中に戻れる体勢を保ったままこちらを眺めている場所は門からソコソコ距離があった。
「美奈子さん、いますか?」
少しでも真面目そうに聞こえるようなボリューム大きめの声色で尋ね、要件を述べるその間にささやかな抵抗として潰した靴の踵を戻す。
「美奈ちゃんに何の用?」
眉をひそめる推定母親であろう人物に妙な誤解を解く為、自分は中学時代の同級生で先日教習所で再会した事を説明した上で、土曜の深夜番組に出演していたインディーズバンドの音源を借りに来たという口から出まかせを吐いた。
母親であろう人はこれを半信半疑で受け止めたようだったが、暫し思案し一切警戒を解かないまま静かに答えた。
「今日はお友達とカラオケだって言って出かけましたけど……」
(って事は、大崎は何事もなかったようだ)
「そうですか、お邪魔しました。あ、ボクが来た事は内緒にしておいて下さい」
突如顔見知りに不吉な報告され、授業を受ける事無く教習所を飛び出した自分の頭の中に二種類掲げられたシナリオの片方が解決した俺はペコリと頭を下げてその場を後にする。
次の場所へ向かう為に原チャリに跨りアクセルをふかした即座にあの家を去る時に発した最後の言葉が頭を過ぎった。
(そういえば……訪問者の別れ際に口をついた咄嗟の台詞を聞いた親と、後々ソレを聞かされた娘はどう思うのだろうか……変な勘繰りをされなきゃいいが……)
更なる一手をどっから付けていいか定まってないまま取り敢えず走り出ていた俺が考えをまとめる為と、のどの渇きを潤すために停まろうとした矢先に背中からベンツホーンの音がけたたましく鳴る。
これに振り向く事をせずソレを無視して通りすがりの自販機に車道と歩道を分ける縁石が切れた場所からバイクを前付けしたのと同時にガンメタリックのセドリックY31が横付けされ、そちらを見ながらエンジンを切ってスタンドを立てた間に後部座席側のスモークウインドウが下がった。
その途端シャコタンの車内からガンガンに鳴らされたユーロビートが停車した時点から数倍の音量で耳を劈く。
「お前この車、
バイクを降りて財布を取り出そうと尻に手を掛けかけた姿勢の際に見ず知らずの角刈り無精髭面男に身に覚えのない因縁をつけられた。
小声で「いや」とだけ返すと即座にドアが開かれ、その人物が黒×白の細幅ストライプシングルスーツを身に纏っていたがガリガリに痩せているのを隠しきれていない体をゆっくり動かして降車し迫って来る。
「俺があおわれたと思ったら煽わえたんだよ」
脅された。意味不明な理論で……
しかしながら目前のラリってる奴に対して逆らうことを俺はしなかった。
それは相手がヤクザファッションだったのと、明らかに目がバッキバキだったからだ。
「してませんよ」
紛れもない事実を伏し目がちで説明したのだが、男はこちらを威嚇するツラでにじり寄ってきて更に顔を近づけ荒い息を吐く。
ここで更に対面者がヤバい奴だと確信した。
ろれつがまわらない状態を先程の言葉で聞き留めた俺はこう確信する。
(シンナーでも喰らってるのかと思っていたが、その匂いがしなかったって事は何を使用しているのか……異常な痩せ方から察するにこの人間が使っているのは……
【覚醒剤】だ)
何をしでかすか解らない相手に対して瞬時に身構えると、やはり直後に眼を見開いた痩せ男から右ストレートが放たれる。
だかそれは起こしたモーションからいとも容易く察知出来るモノだった。
シャブ中の放つ顔面への攻撃はお粗末な速度で、ほぼほぼスウェイバックで交わすことが可能だったが、相手の神経を逆なでしない様にしっかり当たった振る舞いでやり過ごす。
男は長年充分な栄養を摂取してこなかったようで、この時点で筋力低下が手に取る様に分かった。
類い稀なる才能を持たずともこなせる技を発揮して威力のないパンチを三発ほど喰らった真似をした後に今度は右足の攻めがやって来る。
その蹴りもどきを腹に貰った仕草でさも効いたかの様に蹲って見せると、上半身を目掛けてもう一発足が飛んで来る。が、これをあたかもクリーンヒットしたふりで後方に少々派手な倒れ込みを演じて距離を取った。
「もう勘弁してくださいよ」
もうこれ以上関わりたくない俺はココで終わらせるべく多少弱々しく聞こえるトーンで許しを請うかの如く素振りでやり過ごそうと泣きついて見せ、体を起こす動作中に相手の姿を捉えると、男とY31の間に人が立っている。
傍らで突っ立たまま見下ろすその人物はパンチパーマをあてた久賀信宏だった。
(フルスモークで判らなかったが、運転手はこいつだったのか)
妙な形で再会したヤツの表情は目の前で暴行を受けた人物に見覚えが無いかの様な顔でやり過ごしているとしか捉えられない。
(久賀は俺だと認識している上で助け舟を出そうとはしないのか?
それとも目上の人間が怖くて黙っているだけなのか?)
過去の同級生に不信感を募らせていた間にシャブ中のほとぼりが冷めたらしく、上着の内ポケットに手を滑り込ませ紙切れのようなものを投げて寄越した。
「俺様の名前だ。今度あの車を見かけたら大人しく避けやがれヨ、小僧」
地べたに落ちたその材質が和紙の様な名刺には『和泉組・牧之原博司』と行書体で書かれていた。
振り返った痩せ男は誇らしげに歩き出し開けっ放しになっていた後部座席へ乗り込み、そのドアを久賀が丁寧に閉める。
(やっぱりヤー公だったか。名刺を配れる立場の男が薬物中毒者なんじゃ任侠とは程遠いクソヤクザ集団なんだろうな。そんでこんな兄貴分にくっついてる舎弟もクソ野郎だったか)
久賀が車道から運転席に乗り込みきる寸前こちらに一瞥をくれた眼差しと、倒れ込んだ際に歩道で引きずった箇所を起き上がって叩いていた最中の俺との視線が合った時、ヤツの心情が悟れた。
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