2-2
教習所に通い始めて三日。
我がアパートに片道三十分かけて帰宅した頃にはライトを点灯しなければならなくなっていて、到着した近所の資材置き場入口をバイクで照らして鍵を開けた。
家の脇に原チャリを停めずにチョット離れたココに置くのは、盗難されるのを防ぐのとアパートに軒下が無く雨ざらしになってしまうのが嫌だったからだ。
この会社は物分かりがイイ。
社員が無免だと知っていながら運転を黙認し、駐車場所を与え、そこの数字を合わせるチェーン式のカギ番号四ケタも教えてくれた。
ま、今も昔も素行の悪い人間ばかりしかココには在籍してないから納得だが、パクられたり事故ったりしてもケツは持たない、と親方には言われている。
原チャリを納め施錠した俺は、帰り道で店員に怪訝そうな顔でレジ打ちされながら買ったドライビールの対抗馬として発売された生ビールが三缶と、焼きもろこし、プロセスチーズ、ざるそばが入ったコンビニ袋をぶら下げて暫し歩き、自分の部屋の扉を開けかけた時に隣に住む長年腰痛持ちでしばしば仕事を休む風呂道具を抱えた、通称シノさんこと穴井忍が横目に入った。
「ふろっすか?」
すれ違いざまに発した俺の分かり切った声掛けに「おう」とだけ答えたスキンヘッドで恰幅のいいランニングシャツの四十半ばオヤジは、右手親指で臀部の上を指圧しながら言葉にならない小さな呻き声を漏らしながら背後を通り抜けていく。
その姿に軽く会釈をした後、我が家へ。
生温かいを通り越して熱風に近い室内の空気を浴びてカンフーシューズを脱ぎ、玄関兼台所に上がり傘のついた天井照明器具から垂れる末端にパンダのアクセサリーがぶら下がるスイッチ紐を引き照明を灯す。
奥の四畳半に進み部屋の灯りを点けると先ずは窓を開けて換気をし、ガラステーブル上のリモコンを交互に取りテレビとエアコンのスイッチを入れた。
スナック菓子とビール一缶をテーブルに置いて残りを冷蔵庫にしまった俺は、レノマと印刷された折り畳み座椅子に体を預け、缶ビールに口を付けた。
飲酒は職に就いた早々、こっちが未成年と知っておきながら毎晩のように会社の人間の晩酌に付き合わされたお陰で癖になってしまった。
飲まされ始めた当初は毎回何度も便所に駆け込んでいるのに、『酒は吐いてからが勝負だ』なんてどうにも解釈できない理論で飲み直させられたっけな。
缶の中身を半分ほど流し込んだ俺は足の裏を畳に擦りながら物思いにふける。
(それにしてもまぁよくも無免で原チャリ乗り回してるのに、おまわりに止められることも無く、捕まる事も無く今まで過ごせたものだ。
極力裏道を選んで行動しているとはいえ、自分はソコソコ悪運が強い人間らしい。
あ、二度パトカーに追われた日があったわ。
一度目は中坊の時で、もう一回は正直パクられると思った。
けど、あん時は交通課の管轄外まで逃げちまったら追って来なかったな。
そう考えたら警察なんて楽勝だわ。ヨユーだよ余裕~)
手元のビールが空になったのを確認した俺は冷蔵庫に向かい二本目を取り出し、その場で一口飲んでから定位置に戻った。
この部屋には家庭用ゲーム機が無い。その理由は単純だ。
ここに引っ越してきた当初に購入はしたのだが、ロールプレイングゲームを夜通し遊び倒した寝不足のまま現場に行き、朝一発目の作業で釘を支えた親指を力一杯打ち抜き、もんどり打って倒れた挙句に爪の根元が真紫に変色したあの日以来ゲームは封印した。
要するに、翌日に悪影響を及ぼすまで馬鹿みたいに熱中しまくってしまう自分が情けなくなり手放したって事である。
ガキの頃に家庭の事情で手に入れられず、がっつり触れて来なかった事や適度に楽しむ様にと教わって来なかった反動だろうな。
後先を考えられない性格に育った弊害がこんな形で降りかかって来るとは。
酒の肴にしたスナック菓子を頬張り、チーズをかじって口に当てた缶をしゃくる。
俺は喧嘩、特に一対一でのタイマンにはチョットした自信がある。
もしかしたらプロボクサーで名を馳せる事も可能ではないかと思っている位に。
殴り合いを限りなく勝ちに近付けるには、どれだけ瞬時に間合いを詰められるか、どれだけ最短距離で喰らわせられるか、が肝心となる。
この根拠なき自信は、今日までに飲みの席や現場での小競り合いも含めて相当の場数を踏んで来た事と、小柄・細身の体型からなる反射神経の良さや体のキレはその辺の人間より勝っていると我ながら思うからだ。
更にヤンキー稼業を全うする上での勝負に惜しかったや、善戦したは存在しない。
ケンカなるモノは敗れた時点で相手とのパワーバランスが逆転したり、虚実とりまぜて吹聴されてその後の日々で恥をかいたり、戦う事に至った経緯やその道中、負け方などの訂正に追われたり……になる。
これが嫌だからその状況に置かれたら必ず相手より上回るパフォーマンスを成し遂げる様にしているのだ。
ただし、自分から仕掛ける事はまずありえない。
その理由は明快で、そもそも喧嘩をしなければ恥をかくことも、面倒臭くなる事も、痛い思いをするコトもないから。
そのくせ、争いごとに巻き込まれる回数が多いのは何故だろう……
アルコールが回って来たからなのか、遠い昔に経験した机上で行う勉強や授業を形式上かしこまってやらざるを得なかった一日を過ごしたからなのか、徐々に瞼が重くなっていき、コンピューターチップをイメージした新都庁舎が年内に完成し、翌年春に業務を移転すると流れるテレビのニュースを聞いたまま眠りに落ちた。
どうやら俺はもともとアルコールに強くないらしい……
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