1-3

 吸いなれたラークマイルドで一服しているこの場所は廃バスの中。

喫煙室を兼ねたここはN町自動車教習所の技能教習待合室で、入口以外の周囲には雑草が生い茂り、さすが田舎町といった風情だ。

俺はさっき入所手続きを済ませてきた後の一休みでここに来てみた。

テキ屋と大工の稼ぎでやっと今日の日を迎えることになり、チョット気分がイイ。

この日の為に"実印"なるものを大枚をはたいてこしらえたし(五千円程度だが)。


 タバコ片手に一人最後尾の座席で余韻に浸っていると、教習を終えた生徒数人が乗車口から乗り込んで来た。

まだ適性検査も受けていない俺がバツ悪く席を立とうとした時に女の声が、

「どっかで会ったよね?」と、呼び止めた。

こちらに向かい歩いて来る紺で膝上のタイトスカートにヒサシかトサカかの前髪命の女と確かに面識があった。

コイツはK市主催の花火大会にタケさんの手伝いをしに行った際に紹介されたI町のレディース愚麗嬢のメンバーで、パープルロングの特攻服に晒しを巻いた集団の中にいた。

トレードマークの前髪で思い出したが、小柄な乳ナシ女で覚えていて名前までは記憶していないヤツだった。

「あぁ、花火大会でタケさんの……」

自分が気持ち見下ろせる身長の女は、俺が言い終えない内に人の鼻っツラ寸前を指差し、それを上下させケタケタ笑い、

「そうだ!テキヤのおニィちゃん‼」

と言ってさっきまで腰掛けてた席の隣に座り、俺の居たシートをポンポンと叩き、

「まぁまぁ、座んな」と促す。

グイグイの勢いに言う事を聞いて再び腰掛けてしまった自分の右脇にいる女は、紫の煙草ケースを取り出した真っ赤な口から真っ赤な舌の出たステッカーが貼られたビニール製のバックを窓際の席へ放り投げた。

「あたしの名前覚えてる?」

バージニアスリムを咥えた女の問いに「いや」と答えると、

「レイコ、梅屋玲子。ほら、トップクのココに刺繡あったでしょ」

と、左の二の腕辺りを指で強めに示した。

その辺りは誰かしらのモノを見てはいたが、次にいつ会うかも分からぬ全員分を目を凝らしてシッカリ記憶するつもりで眺めた訳もなく、そこを見た際の俺が得た情報は(へぇ六代目なんだぁ)としか留めてない。

少しだけふくれっ面のレイコからはタクティクスの香りがする。

「あ、そう。今ちゃんと覚えたから」

夢の国のキャラクターが印刷されたライターで点けたタバコの煙を顔を背け吐いていた相手にそう告げると「それならヨシ」と返ってきた。

そして自らの鼻に人差し指をあて、

「どうだった?アノ日のあたし、イケてたでしょ」と

コイツは俺から“お褒めの言葉”を引き出したいのだろう。

この歳になって社交辞令なる言葉を覚えたからにはこの場で使用するべきと考えた俺の「あぁ、そうだな」にウン、ウンと頷く女。

「あたしね、うちの地元の先パイに誘われてあのチームに入ったの」

レイコはこちらが聞いてもいないレディース入隊の経緯を誇らしげに語った。


強引なコミュニケーションを得意とする異性が寄って来る確率が俺は昔から高い。

それは構いやすいのか、取っ付きやすいのか、はたまた無害だと思われているのか……自分では未だ判明していない。


「で、これから授業?」

半分程度しか吸わずのバージニアスリムを灰皿にもみ消すついでに聞かれた問いに対し俺は「いや」としか発しなかった。

これに眉をひそめ「じゃ何してるの」と速攻で俺にガン飛ばしたレイコに、

「今日はここに通う手続きに来ただけ」

と返答すると、コイツは眉間を緩め「なんだ、そっか」と顔も緩めた。

この瞬間にケバい化粧の下は幼いツラなんだろうと察知した。

「で、いつから来るの?」

これに「十日後」と答えた返事は「ふぅん」。

初日を十日後に設定したのは向こう四、五日が現場の忙しい時期になるのと、当分テキ屋の手伝いが教習所通いで出来ないと次の日曜日のバイトでタケさんに直接告げる為。

ふと気付くとバス内は俺とコイツだけだった。

「私はこれで教習終わり。アンタはこれからどうするの?」

「あぁ、寄らなきゃいけないトコあるんだった」

女の質問をこの言葉を返すと同時に立ち上がり、契約書類の入ったバック片手に待合室から駐輪場に止めた原チャリに歩を進めた背後から「じゃ、またね」とレイコの声がした。


長居するつもりがなかった俺は、手続き完了をD市にある資材置場でペントハウス部の型枠を作っている親方に知らせるだけの大した用事ではない予定を言い訳にその場を離れ、短い旗棒のついた白のニュージョグに向かって踵を潰した靴を鳴らしながら歩いて行き、辿り着くと跨りキーを回した時点でフッと思い返す。


(あれ?さっきのはデートのお誘いだったのか?)

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