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俺の本職は型枠大工。一年前に先輩の口利きで株式会社砂野工務店に就職した。
最終学歴が中卒の素行が良くなかった人間が就職できる場所と言えば土木・建設業界、若しくは自動車整備工ぐらいしか無い。
寝床は社宅代わりに使われている最低限の食器と調理道具が備わったD市の木造風呂なしボロアパートに住まわせて貰っている。
家賃は給料から天引きの二万五千円。
これが相場からどんだけの乖離があるかは知らないが、金額の事は言える立場ではない。
その代わりと言っては何だが、銭湯は玄関を出てから歩いて四十秒あれば行ける上に入湯料の回数券は自己申告で幾らでも親方からタダで入手できる。
とはいえ、わざわざ外に出て風呂に行くのは面倒くせぇし、真冬は湯冷めする危険があるし、そもそも湯舟に浸かる習慣は身に付いてねぇし、風呂なんざシャワーのみで十分だと思っている。
更に、住む場所がなかった自分の選択肢は仕事を探す時点で寮があることが至上命題だった。理由は諸事情で実家が存在しないからだ。
そんなこんなで飛び込んだ世界は、当然望んで足を踏み入れたトコじゃねぇから前向きに作業を覚える気が起こらねぇ。
それでも高校や大学出には勝てないが、ガキの頃から今まで地頭は良いなんて大人から持て囃されてるし、上手い事世渡りする術も備えてるもんだからそれなりに仕事はこなしている。
今日は現場への出発時間帯に雨が土砂降りで朝五時過ぎに親方の一存でいつも通りの休みになった。
こうなる事は予測済みで、うちの大将は前日の天気予報で午前中に止むものだと断言されていたとしても、大概朝一でチョットでも降っていようもんなら親方は速攻で休日にしてしまう。
自分の経済的には結構な痛手だが、この鶴の一声は、『本日は仕事に出向かなくて良し』という免罪符を早朝に得る形になる。
建設業の現場作業員は、その殆どが月給制ではなく日当で働いている。
ここの会社に勤めるかなり高齢の先輩がこんな事を言っていた。
「大工殺すにゃ刃物は要らぬ、雨が三日も降ればいい」
さすがに三日は大袈裟だけど確かにごもっともだ。
この会社では相当なピンハネをしているだろうが、こんな小僧でも一日一万二千円という高単価の日当を払ってくれている。
これだけの金額を寄こしてくれるのは他の職種では考えられないから有り難い。
そして違う先輩はこんな事を言っていた。
「ケガとメシは自分持ち」
これは、『現場で誤って怪我をしてどれだけ仕事を休んだとしても元請会社や所属会社は面倒見ませんよ、ここは飲食業界じゃないから賄いは無いので食事代は自腹』というかなりの部分を端折った説明文なのだ。
要するに、この高額な日当には(ケガしたら自己責任で治療費や休業補償に充てなさい)という危険手当が含まれている。
これを象徴した出来事を聞かされた事がある。その話はこうだった。
ある作業員が資材をクレーンで吊り上げる玉掛け作業を行っていた際に、巻き上げるタイミングで補助していた手の指をワイヤーと資材の間に挟み、人差し指の第二関節から上の骨を折る羽目になった。
コレを現場監督の主任と所長に会社経由で報告した所、返答といえば、
「その指が治るまでここの現場で掃き掃除をしてもらうように」
これを受けた会社は怪我した当人に伝え、その作業員は完治するまであてのない掃除を強いられた。
結論から言えば〔労災隠し〕。
報告を受けたゼネコンは上に労災認定の手続きをしない事を怪我した作業員を雇う会社に黙認させ、見返りに清掃員として
骨折した人間を出した会社はだんまりを決め込む事でお咎めなく済ませる。
一連の流れに含まれた真実は、
ゼネコンは、労災が発生した事実を同業者に知らさせぬ為と我が社の評判を落とさぬ様に、の“口封じ”
雇い主は、会社としての管理能力が問われ次回以降の現場請負業者の指名を外されない為、の“揉み消し”
ゼネコンは、これまで通りに事業を進められ、
下請け業者は、一人分の日当を完治までピンハネできる。
これが現実。
自分の不注意とは言え怪我した本人は診察で嘘をつき、作業場内で後ろ指を指されながら毎日を送っていく。
俺、この先も現場作業員として生きてくの嫌になってきた……
起き抜けに点けた部屋の角に置かれたテレビからは大物俳優がハワイ・オアフ島のホノルル国際空港で、入国時に麻薬所持が発覚し逮捕されたと報じられていた。
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