喰らうこと

「だから、私を食べなさいな」


 そう言って、姉は笑う。


「嫌だ」

「遠慮することはないのよ。あなたに喰われることが私の運命さだめ

「そんなこと、言わないで。私は、姉さんを食べてまで生きようとは思わない」


 腹は減る。人を喰いたいという欲望はある。

 でも、姉さんは喰いたくない。


 そんな私を見て、姉さんは悲しそうな顔をした。


「じゃあ、お願いするわ」

「え」

「お願い。私を食べて」

「お願いって……」

「一生のお願い」

「一生って……」


 冗談じゃない。姉さんは本気だ。

 本気で、お願いにするつもりだ。


「嘘じゃあ、ないわ。だって、喰われたら死ぬもの、私」

「……」

「お願いよ、お願い」


 姉さんは哀願するように言う。


「嫌。姉さんを食べて生きるくらいなら、姉さんを食べないで死ぬ方が数千倍マシ」

「私は貴女に生きて欲しい」

「私だって……」


 私だって、姉さんに生きてほしい。


「……ねえ、生きる為に食べることってそんなにいけないことかしら」


 姉さんは私の言葉を遮って、そんなことを言う。


「私たちは植物という命を喰らっているわ。動物という命を喰らっているわ。人を喰らうことも同じこと。生きるために食べる、それの何がいけないの?」

「だって、姉さんを食べるんだよ。人を、喰うんだよ」


 そんなの私が耐えられない。まだ、人を喰らったことのない私には耐えられない。

 それに、人を喰らってしまったら、私はきっと我慢できなくなる。もっと、人を喰らいたいと思ってしまう。


「私はあなた喰われるために飼われているんだもの」

「それでも、姉さんは私の姉。たとえ、義理でも、種族が違くても、喰らうために飼われていたとしても、あなたはたったひとりの私の姉さんだよ」


 家族を喰らうなんて、そんなことできるわけない。やって、たまるか。


「それでも。それでも、私は貴女に食べて欲しい」

「どうして……」

「あなたの初めての人になれるの。そんなに嬉しいことはないわ」


 姉さんは心底嬉しそうに笑う。


「だから、お願い。私を、あなたの初めてに、初めて喰らう人間にしてほしいの」

「……」

「そして、私の味を忘れないでほしいわ。そしたら、ずっとあなたの中で生きていけるもの。ずっとずっと、一緒だわ。あなたの血となり、肉となり、養分となる。これからも共に生きていける」

「……」

「だから、お願い。私を食べて」


 わかった、と私は頷くことしかできなかった。

 姉さんはとても、幸福そうな顔をして笑った。

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