掌から零れ落ちても

 月明かりの夜、ささやかな波の音を聴きながら、掌に海水を掬う。

 月光に照らされて、その海水に貴女が映る。


「こんばんは」

「こんばんは」


 貴女が誰かはわからない。どうしてこんな現象が起こるのかもわからない。

 わかるのは、月光に照らされた小さな海面に、私ではなく貴女が映る。


 貴女と私の会話は弾まない。何故なら貴女は挨拶をすると、すぐに歌い出してしまうから。

 聞いたことのないのに、何処か懐かしく感じる、その歌を。


 手が冷たくなってきて、私は海水を海へ返す。ちゃぷん、ちゃぷん、と音を立て、歌をかき消す。

 海水が手からなくなると、歌も聞こえなくなり、貴女も消える。


 私は貴女の歌を口ずさみながら、砂浜を歩き、帰途へ着く。


「また明日」

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