真夜中の交流
皆が寝静まった、無音の深夜2時。そこから1時間、私は知らない“誰か”と交信することができる。
『こんばんは、Rさん』
2時ちょうどになると、真っ暗なパソコンの画面がいきなり明るくなり、文字が浮かぶ。
『こんばんは、Mさん』
Mさんに返信すべく、私もカタカタとキーボードをたたく。
――――Mさんと出会ったのは、一か月前、みかんの美味しい2月のことだった。
真夜中、雨風が騒々しくて、目が覚めた。
はっきりしない視界で、机におかれたパソコンの画面を見ると、そこに文字が浮かんでいた。
『誰かいますか』
寝ぼけているのだろうかと思い、何回か目をこすったが、文字は消えない。というか、増えていく一方だ。
『返事をください』『見えていますか』『誰かこれを見ていますか』
夜中ということもあって、必要以上に恐れ、そして正常な判断ができなかった。
電源を切る、など対処法はいくらでもあったはずなのに、私はパニックに陥って、テンキーの数字をむやみやたらにたたいた。
何故そんなことをしたのか、今でもわからない。
でもそんなことをしたから、今こうして、Mさんと繋がれている。
『誰かいるんですか?! いるなら何か言葉をください!』
ただ文字が並んでいるだけなのに、喜びがしっかりと伝わってくるものだった。
だから恐る恐る、文字を打ってみた。
『みかんは好きですか』
エンターキーを押し終わったあとに、後悔の波が襲ってきた。
頭が上手く働いていないにしても、この質問はおかしいだろう。
昨日食べたみかんが美味しかったからといって、どうしてこんな質問をしてしまったのだろうか。
『面白い子ですね。みかん、好きです』
しばらくして、そんな言葉が返ってきた。心なしか、戸惑っているように感じられた。
『Rさんのところはもうすぐ冬が終わるの?』
『うん。Mさんのところは、そろそろ夏?』
私とMさんは、違う時代を生きている。
Mさんは、六月の、午後二時に、私と交信している。
西暦何年なのかは教えてくれなかったが、私より未来を生きている。
『そう。蝉も鳴かない、たいして暑くもない夏が始まる』
『不思議な夏だね』
『Rさんのところだと、桜はそろそろ咲くの?』
『もう少し先』
『そっか~。私も桜、見たいな』
『見たことないんだっけ?』
『うん。桜も向日葵も紅葉も雪も見たことない。図鑑にしか載ってないんだ』
詳しくは知らないが、Mさんが生きる時代は、季節がないらしい。一年中、過ごしやすい気温と湿度を保ち、天気もずっと晴れ。
街並みは摩天楼と自動車と人工的に作られた緑だけ。自然というものは、遠い昔に滅びてしまったらしい。
世界は、効率重視の機械的なつまらないものになってしまったという。
私には想像もできないし、そんな未来はつまらないと思う。
『私も見せてあげたい。桜って本当に綺麗なんだよ』
私は、桜の美しさや特徴を事細かに説明した。
上手く説明はできなかったけど、Mさんは興味津々で聞いてくれた。
『いつか、一緒に見に行きたいな』
私は、叶うはずのない願いを打ち込んだ。
でも、その言葉に嘘偽りはなかった。
『そうだね』
Mさんから返ってきた四文字は、少しだけ切なかった。
そして、ぶつんと画面が暗くなった。
*三題噺「桜」「みかん」「テンキー」
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