ある冬の日の出来事

 しんしんと雪が降る、そんな日のことだった。

 はあ、と息を吐くと、白くなるようなそんな日のことだった。

 じんじんとしもやけが痛む、そんな日のことだった。


 つまりは冬のある日のことだった。


 彼女が天から堕ちてきたのは。

 背中に純白の白い羽が生え、頭には土星の環のようなものを浮かばせた幼い少女。

 一言で言うなら、天使のようだった。というか、天使だった。


 彼女は私の腕に、すっぽりと収まった。

 天使の羽はふわふわで心地が良かったが、少しだけくすぐったかった。


「大丈夫、ですか」


 私は声を震わせて尋ねる。

 やっとのことで出した声だったので、喉がつんと痛い。


 天使の少女は目を開けた。

 彼女の瞳は、虹色の輝きを持っていて、瞬きするたびに色合いが変わった。


「貴方は終末論を知っていますか」


「終末論、ですか?」


 ノストラダムスの大予言みたいなものだろうか。

 天使の少女が求める答えがなんなのか、私には分からなかった。


「人が、人の世界を終わらすために創るもの。それが終末論です」


 彼女曰く、それは主が求めるものらしい。

 彼女曰く、主は世界を終わらせたいらしい。

 彼女曰く、それは人が知らないうちに形となるらしい。

 彼女曰く、そして世界は気づかぬうちに滅ぶらしい。


 天使の少女はそれを止めたいらしかった。

 終末論はすでに形成されつつある。


「終末論に形はあるの?」


「形は持ちません。それはあくまで概念です」


 寄せ集めの、『世界を滅ぼしたい意識』が、ひとつにまとまり、だんだんと大きくなっていく。


 そういうことらしい。

 バスケットボールが顔面に当たったような衝撃を受けるような話だが、生憎フィクションの味が強すぎて、信じることができない。まだ、ふわふわと浮いている。


「私はかつて主が愛したこの世界を、私の大切な人が愛するこの世界を、まだ見ていたいのです」


 彼女は生まれたばかりの天使だという。

 彼女はまだ、世界を知らない。

 だから、知りたい。


 天使の少女は涙をこぼした。

 虹色に輝く瞳から、透明な涙をこぼした。

 その姿は美しかった。


 助けたいと思うには、それで十分だった。


「力になれることはあるの?」


「はい」


「それは何?」


「こうして、私を抱きしめてください。それだけで私は」


 世界を壊したくないと、望むことが出来ます、そう天使はささやいた。



 雪が降り、息が白い、しもやけが痛む、冬のある日、空から天使が堕ちてきた。

 世界を愛する、純白の天使が。





*三題噺「終末論」「バスケットボール」「涙」

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