聖女の秘密
「世界を救った聖女が生まれた教会の、その裏にある坂道を登り切ったところには、聖女の秘密が隠されているらしい」
これは、この世界なら大抵の人は知っている伝説だった。
遠い昔、世界は災害や飢饉、戦争で満ちていた。
世界を支配していたのは負の感情で、幸せなど誰も感じていなかった。
些細な幸せすら忘れてしまった世界を、救ったのは太陽のようなまぶしい橙色の髪を持つ、神から遣わされた聖女だった。
聖女は自らの命の輝きと引き換えに、災害を収め、飢饉をなくし、戦争を止めた。
聖女は世界中の人から感謝され、愛された。今でもなお、聖女の存在は語り継がれている。
そんな聖女の秘密が隠されている坂道の果て。
幾人もの人がその秘密を知ろうと、挑戦した。だが、誰もその秘密には届かない。
皆、途中で引き返してくるのだ。恐怖で顔を歪めながら。
そして口々に言う。
「あれは暴いてはいけない秘密だ。知らない方が幸せだ」
まるで、秘密を見てきたように言うのだ。でも、彼らは坂道を登り切っていないと言う。
そんな話を聞いて興味を持った僕は、坂道に挑むことにした。
登り切れないほど、長さがある坂道ではない。
僕は好奇心で、坂を登り始めた。
――――その坂がおかしいと、気がついたのは坂道を登り始めてすぐのことだった。
歪んだ空気。体にまとわりつく重い何か。そして、まだ昼だというのに薄暗い視界。
まるで、この世の不幸なものを凝縮したようなそんなものが、その坂道にはうごめいていた。
好奇心が恐怖に変わるが、それでも僕は進む。
異変が起きたのは、坂道の半分は登り切った辺りのことだった。
「……わからない」
そんな女性の涙声が聞こえてきた。
辺りは静かだったから、余計にその声は響き、僕の恐怖心を刺激した。
「わからないの……」
そして、現れるひとつの影。
「……聖女様」
その影は紛れもなく、聖女と伝えられている姿形に一致していた。
「どうして。どうして、私は世界のために命を捧げなければいけないの。あんな人間どもに捧げるほど私の命は重くないの」
ぎろり、と聖女の目が僕を捕らえる。
「ねえ……、どうして? 私にはわからない」
そこで、僕は全てを察した。他に挑戦した者も、同じような現象に遭い、同じ事を察したのだろう。
聖女は、その体に全ての不幸を宿らせた。
不幸は消えていない。聖女の亡骸で生きている。
今はただ、聖女が留めているだけ。
再び、不幸は我々を襲う。
その、坂道を登り切ったところにある、聖女の秘密が暴かれるときに。
僕は急いで来た道を引き返した。
聖女の秘密なんて、暴かない方がいいのだ。
*三題噺「橙色」「坂道」「わからない」
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