「言葉は乱暴に使ってはなりません」

 あれは、肌が焼けそうな、そんな暑さを持つ夏の日のことでした。

 その日は何故か、何年も前の傷跡が酷く痛みました。


 私の不注意で出来てしまった傷です。

 決して消えないその傷は、私の右頬に今も残っています。


 痛みは昔に忘れたはずですが、やはり傷跡のある右頬が痛みます。

 これは何かの前触れかもしれません。


「言葉は乱暴に使ってはなりません」


 祖母の口癖が、今の私の座右の銘が、何の前触れもなく、頭に浮かびます。

 嗚呼、そういうことですか。

 私はそれで全てを察しました。


 近くで、子供たちの笑い声がします。

 その笑い声に紛れて、「消えちゃえ」「死んじゃえ」「気持ち悪いんだよ」という、罵倒の言葉が聞こえてきます。

 これはいけないと、私はその声の方に向かいます。


 薄暗い路地裏。

 そこには、いじめられてる男の子といじめている男の子たちがいます。

 突然やってきた、私に彼らは驚いているようでした。


「言葉は乱暴に使ってはなりません」


 私は静かな声で、諭すように言いました。


「急に何」

「いいですか。言葉にも人を傷つける力があるのです。安易に、言葉を発してはいけません」

「はあ?」


 何言ってるんだという目を向けてきますが、私は気にしないで続けます。それが、彼らのためです。


「言葉は心を傷つけます。そして、心が耐えられなくなったとき、言葉はその言葉を発した本人に還ります。傷と共に」


 そうして私は、右頬の傷を人差し指でちょんちょんと触ります。

 彼らは少しだけ、恐怖を感じているようでした。


「言葉を乱暴に使ってはなりません。そうしないと、私みたいになりますよ」


 右頬を抉るような傷。

 見ていて気持ちの良いものではありません。

 しかしこれは、私が罪を忘れないようにここに在るものなのです。


「言葉は乱暴に使ってはなりません」


 私はもう一度言うと、路地裏を去りました。


 あれは、肌が焼けそうな、そんな暑さを持つ夏の日のことでした。




*三題噺「傷」「夏」「言葉」

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