テディベアは知っている*

「あれ、これアカリのテディベアだ」


 妹のアカリが大切にしていたテディベアが、ゴミ袋に入っているのを見つけてしまった。これはいけないと思い、私はゴミ袋から取り出す。

 そのテディベアは、アカリが大事にしていた事もあって、何年も前に買ったはずなのに、まだまだ綺麗だった。


 私はテディベアを片手に、妹の部屋をノックする。

 なあに、と少し不機嫌そうな声が中から返ってきて、そしてドアが開いた。


「アカリ、このテディベアゴミ袋に入ってたけど」

「……ああ、それもう捨てるの」

「え?だってこれ、アカリが大切にしてたものじゃ……」

「いいんだってば!」


 私の声を遮るように、アカリは大きな声を出す。


「もう、いらないの」

「どうして?」

「別に、なんだっていいでしょ。もうすぐ中学生になるし、子供ぽいでしょ、テディベアなんて!」


 ドアの隙間から赤いリボンが特徴的な真新しい制服が見える。

 そうか、もうすぐアカリも中学生か。色々なことが気になる年頃なのか、と懐かしくなる。


「そんなこと言ってる方が、子供ぽいよ」

「うるさいな。もういらないの」

「そう言って、捨てちゃうと後悔するよ」


 私に反論することを諦めたのか、不機嫌そうな顔つきで、アカリはテディベアを奪い取った。



 そして、部屋の中に入って行くと、鋏でじゃきんとテディベアの腕を、足を、耳を、腹を、刻んだ。


「ちょ、ちょっとあんた、何してんの?!」

「だってもう、いらないから」


 テディベアの残骸を、アカリはゴミのように見ていた。


「……後悔するよ」

「は?するわけないでしょ」

「知らないの、アカリ」


 私はテディベアの顔の部分を抱きしめるように持ち上げた。


「こういうことしちゃうと、テディベアが呪いに来るんだよ」

「は?そんなわけ……」

「嘘だと思うでしょ。でも本当なんだなぁ、これが」


 そして私は袖をまくって、アカリに腕を見せる。



 切り刻まれた傷跡と乱暴な縫い目のついた腕を。



 アカリは顔を真っ青にして、ひい、と声を漏した。


「私はテディベアの腕しか切ってないから、これだけで済んだけど、アカリは全身だからねぇ」


 可哀想、とは思わなかった。

 だってテディベアを切り刻んだアカリが悪いから。


「ほら、アカリ。テディベアが貴女の事を刻みたくて刻みたくて仕方ないみたいだよ」


 私の手に乗っていたはずのテディベアの顔はいつの間にかなくなっていた。

 代わりにじょきん、という鋏の音がした。




*三題噺「鋏」「制服」「テディベア」

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