愛したこともないくせに

「愛したこともないくせに」


 僕の前で、怒りを混じらせた涙を流す女はいつも言う。


「私のこと、愛したこともないくせに」


 だから僕は。


「その通りだよ」


 と言葉を返す。

 大抵の女はその言葉にキッとなって、僕の頰を思いっきり叩いて去っていく。


 その行動は納得できるものだったが、でも僕には理解できなかった。


 だって、僕は“愛していた”わけではない。


 女に告白されると僕は『君のことは好きじゃない』と言う。その上で、『それでもいいなら付き合うよ』と言う。

 女は『それでもいい』と言う。だから付き合う。

 でも、僕の行動は女の要望に合わないらしく、いつも何かしらのタイミングで、『もういいわ』と言われる。


『だって、私のこと、愛してなんかいないでしょう』


 それが僕には不思議で不思議でたまらなかった。


 それが前提のお付き合いだったはずだ。

 それを『違う』だなんて言って、一方的に振られるのはどういうことなのか。


 僕にはわからなかった。



 と、いう話を僕は目の前にいる女にした。

 高級感のある赤いワンピースを身に纏った、可愛いよりも美しいという言葉が似合う女だった。


 僕は今、何故かこの女とお付き合いをしていた。


「君は女に好かれるけど、女の欲しい物はわからないんだね」


 ワイングラスをくるりと回しながら、女は笑った。

 そこそこに雰囲気のあるレストランの照明は少し眩しい。


「女の欲しい物?」

「女はいつも愛に飢えているんだよ」


 くいっと女はワインを口に含む。妖艶な雰囲気を醸し出す女に少しばかり見惚れてしまう。


「与えた分だけの愛を君にも返して欲しかったのさ。もらえないとわかっていてもね」

「どうして?」

「愛に理由を求めちゃいけない。そもそも、感情という不確定なものに理由を求めること自体、間違えている」


 にやり、と笑って女はワイングラスをテーブルに置く。


「君だって、自分のことだけどわからないことあるだろう?」

「まあ」

「女にとって愛を求めることも同じなのさ」


 余裕そうに語る女に、僕は質問したいことがひとつだけ頭に浮かんだ。

 他人に、女に、自分から興味を持つのはこれが初めてかもしれない。


「貴女はどうなんですか?」

「それは野暮な質問じゃないか?」


 呆れたように言いながら、でもまあ、と女は続けた。

 女は僕のネクタイを引っ張り、僕を自分に近づける。


 そして、唇と唇を合わせる。


「欲しい物は自分で手に入れるさ」


 僕は途方にくれるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る