バレンタインと殺人事件とキスと

『次のニュースをお伝えします』


 夜のニュースの時間。

 テレビのアナウンサーが無機質に告げる。


『本日、都内のマンションで、4名の女性が殺されると言う事件が起こりました。皆、腹部に刺し傷があることから、何者かがナイフで刺したものと思われます。

 また、部屋はたくさんの風船が飾らられ、チョコレートなどの菓子類が多数あったということから、パーティーを開いていたと思われます。

 犯人はまだ特定されておらず、現在捜査中ということです』


 次のニュースです、そう言ってニュースキャスターは、機械のように進めていった。


「怖いねぇ」


 こたつでぬくぬくと温まりながら、私は煎餅をぼりぼりとかじっていた。

 物騒な世の中になったもんだ。殺人事件の報道が、次々と流れてくるなんて。

 もっと平和的で、喜ばしいニュースが流れて欲しい。


 と、思いながらも、私は呑気に煎餅をかじる。

 本当に嫌な世の中になってしまったなぁ。


「ねえ、この犯人はどうしてこんなことをしたんだと思う?」


 一緒にこたつで温まっている彼氏に、尋ねてみるが、口に出して失敗したなぁと後悔した。

 彼は読書に夢中だった。彼が本を読んでいる時は、周りの音が聞こえないほどに集中してしまう。

 だからきっと、ニュースなんて聞いていないだろう。


「私はねー、絶対バレンタインパーティーに混ざりらなかった友達だと思うんだよねぇ」


 恥ずかしさを誤魔化すように、私は呟いた。


「案外、チョコを貰えなかった男かもしれないぞ?」


 私がそんなことを言うと、彼が口を開いた。


「あ、聞いてたの」

「うん」

「本読んでたのにどうして?」

「……決まってるだろ」


 期待してたんだけど、と彼は言って、本に戻る。


 ああ、そう言えばまだ渡してなかった。


「ねえ」


 私は声をかけるが、彼は本に潜ってしまったようだ。

 何回か声をかけるが、反応は全くない。ただ、一定ペースでページがめくられるだけだ。


 拗ねちゃったなぁ。仕方ないなぁ。


 私は彼の意識をこちらに向けるために、強行手段に出ることにした。


 彼の手をぐいっ、と押しのけて、本と彼の間にスペースを作る。

 そのスペースに私が割り込んで、彼の唇なら私の唇を重ねる。


 すると、あら不思議。彼は私のことをその瞳に映す。


「ハッピーバレンタイン」


 彼の呆気に取られてる顔を見ながら、包装されたチョコを渡した。





 *三題噺「本」「風船」「冷酷な殺戮」

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