第5件 あの時の夢は



『嫌よ!!私は花魁になってお嫁に行くんだから!!』



あぁ、そういえばあちきが「人間だった」頃はこんなこと言ってたな…これが死ぬ間際の走馬灯とかいうやつか…いや、すでに一回死んでいるからその場合はどうなのかのう…人生で二回も死ぬことを体験するなんて思わなかった。これであちきは確実に地獄へ落ちるだろう……


ー約50年前ー


「蓮香(れんか)、お薬ですよ。」

「分かってるわ、お母さま。」

人間だった頃の名前は蓮香…私は遊女屋敷で働いていた母親の娘として生まれた。だが…私は生まれつき病弱な体で、12歳の時点ですでにいくつもの病を患っていた。

「私ね、いつか病が治ったら綺麗な花魁になってお嫁に行くんだ!」

「そう…なれたら良いですね。私はいつでも蓮香の味方ですよ。」

母は病弱な私をいつも暖かく見守ってくれていた。私はそんな母が大好きだった。



こんな体ではあったものの、遊女の娘ということと顔立ちが整っていたこともあって周りからは人気があった。病のために寝たきり生活ではあったが、何不自由なく生活し、将来は立派な遊女になると期待されていた。

「蓮香ちゃん!おはよー!」

「うん!おはよう!」

しかしある日、私は母と医師の会話を盗み聞きしてしまったのだ…それは私の余命があとわずかで、数ヶ月の間に命が尽きてしまうという内容だった…

「どうにか…娘を治すことは出来ないのですか!?」

「残念ながら…娘さんはかなり深刻な状態です。現在の我々でもどうすることも出来ません…」

「そんな…蓮香は…!!」

当時の医学では私の体を治すことなど到底出来るものではないと薄々気付いてはいた。でも…せめて大人になるまでは生きたかった…!この事実は12歳だった私にとってあまりにも残酷でどうしようもないことだったのだ。



その日から私は自分自身で生き抜いてみせようと足掻いた。生きるということに執着してわがままを言っていた。だがそんな努力も神様に見放され、悪化していく体を前にして私の命は終わりを迎えていく…

「嫌よ…!!私は生きて花魁になってお嫁に行くんだから!!だから死にたくないよ…お母さま…!!」

「蓮香…あなたは…」

「お母さま…もし私が普通の女の子で生まれていたら…私は今こんなに苦しまずに花魁になれたのかな…」

「自分の生い立ちを悔やむのはおやめなさい…出来ることなら私も…あなたが大人に成るまで見届けたかった…!」

「お母…さま…」

たった一言、「お母さま」と言ったところで私の人間としての命は尽きた…そのあとはただただ真っ白な道が広がっているだけだった…そして、妖怪の銀剛として蘇るまで私はこの道を進んだ…



妖怪として蘇ったあとは長年に渡って何人もの遊女や花魁を殺しては逃げての繰り返し…時には咲寺千夜のように脅して利用することもあった。私は憎かった…あの時の夢になれなかったのが憎く、遊女や花魁になって優雅に暮らしている者に憎悪が湧いて殺したくなる…今思えば幼い理由だった。体は大人になっても心は12歳のままだったから、その衝動に駆られていたのだ。もう償えないほどに罪を犯した…私は地獄で一生焼かれることだろう…

「蓮香…?」

後ろから聞き慣れた声がした。この名前を言うのは一人しかいない…

「お母さま…」

「あなたの大人になった姿を見れて私は嬉しいです…あなたがなりたいものになれた姿を人間としても見たかった…」

「ごめんなさい…!私は償えないほどの罪を犯してしまったの…だからお母さまと一緒には行けない…!」

「もうあなたを一人にはしませんよ、私も一緒に地獄へ行きます…」

「駄目よお母さま…お母さまは何も悪くない!地獄に行くのは私だけで良い!」

「あの時、私は言いましたよね…」




「「私はいつでも蓮香の味方ですよ」って…」




「お母さま…!」

泣きじゃくる私に母はそっと抱き締めてくれた。その瞬間に私は人間の女の子へと戻っていた…

続く。

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