第35話 エンシェントドラゴンに乗る
俺が砦から戻ってくると、ララ村では秋祭りが開かれていた。
農園に植えられた麦は順調に芽吹き、来年の豊作を期待させた。
村人たちは、流浪の民だったころから使っていたウマの毛の弦楽器を使い、音楽に合わせて踊っていた。
この日は、お祝いにヒツジ肉が振る舞われていた。
ユノーティアもアルケミストの隣で、ヒツジ肉をがじがじと食べていた。
「ペグチェが正式に領民になったら、今まで通り狩猟ができなくなる可能性があるんですよ」
「たしかに、法律で禁止されている項目がおおいからな。将来的にこの辺りも課税対象になるかもしれないし」
「そうしたら、来年はお祭りの日ぐらいしかお肉が食べられない可能性も……」
「それはいけないな、師匠が研究していた『大豆』が見つかればいいんだが……」
2人は、この村の将来について真剣に話し合っていた。
これから色々なことがあるだろうけど、この2人になら安心して任せられそうだ。
俺はヒツジ肉をひと切れ貰って、そこに並んだ。
「2人とも踊らないのか?」
「なっ、なにを言っているんだ、ライダー!」
「ぼっ、僕たちはそんな関係じゃないよ!」
「そうだぞ、不健全な」
「ねぇ、不健全な」
軽い冗談だったのに、なぜか気まずい雰囲気にさせてしまった。
そういえば、ララの妹たちも、ダンスを踊っている子もいれば、そわそわしながらじっと座っているだけの子もいる。
「そういえば、あのダンスどこかで見たことがある気がするな」
「当然だろう、ペグチェの求婚のダンスだ」
「へぇ、知らなかった」
「知らなかったのか? ペグチェは結婚式をあげないんだ。その代わりに秋祭りのダンスで、生涯のパートナーを決めるらしい。本に書いてあった」
彼らは人数が少ないし、シャイなので、一族総出で婚活パーティをするのだ。
踊っている人は恋人募集中で、踊っていない人はその気がない、とのこと。
ひとりの女の子にイケメンの『大工(カーペンター)』が声をかけようとして、横から『羊飼い(シェパード)』の男の子が割り込み、さらに『木こり(ロガー)』がもう1人割り込み、4人でダンスを踊っていた。
結婚に反対の意志があれば、ああやって踊ってそれを表明する、それがルールだ。
最終的に女の子は『羊飼い(シェパード)』の男の子の手を取って、2人で踊った。
これで一族は晴れて、2人を夫婦と認めることとなる。
そこかしこでカップルが生まれて、みんな楽しげだった。
「そうか、あのダンス、どこかで見たと思ったら」
ララが踊っていたやつだ。
俺がWi-Fiバーンに乗っている最中に、確かに見ていた。
そのとき、俺は自分がおかしてしまった、とんでもない間違いに気づいてしまった。
「ああ……しまった」
なんてことだ。
つまり、そういうことだったのか。
あのときララは俺に、求婚していたんだ。
俺は父親としてじゃない。
生涯のパートナーとして、必要とされていたんだ。
俺は、自分の大きな過ちに気づいてしまった。
知らなかったとはいえ、俺はララと一緒に踊ってしまった。
求婚のダンスを。
いまさら間違いだった、などと言えるだろうか。
彼女は自分の将来の事を、真剣に考えている。
少なくとも、遊び半分でそんなことをする子じゃない。
「ライダー、お前が何を考えているか、僕はいまよーく分かるぞ」
アルケミストが半眼になって言った。
ユノーティアは、ヒツジ肉を飲み込むようにして、静かにうなずいた。
「たとえ己の過ちに気づいたとしても、女の子の心を深く傷つけるようなことは決してするな。それが騎士というものだ、と本に書いてあった」
そうだ、いまはララの気持ちを一番に考えるべきだ。
このまま俺が姿を消したら、ララは一体どれほど傷つくだろう?
……いや、けれど、その方がいいのか?
俺は、冷静になって考え直してみた。
けっきょく、俺が元の世界に戻れば、ララと寄り添うことはできないんだ。
そのことを面と向かって断ってから、姿を消すか、それとも何も言わずに、だまって消えるか。
どちらも、気持ちを傷つけてしまうのは変わらないじゃないか。
本来なら、ララと話し合って、なんとか心の傷をいやしてもらって、それから姿を消す、というのが筋だろう。
けれど、一体どこまでケアすればいいというのだろうか。
もしララが俺の気持ちを完全に理解して、笑顔で俺を見送ってくれるまで、なんて考えていたら、永久に元の世界に帰れなくなってしまうんじゃないか。
多少心苦しいが、もう、覚悟を決めるしかない。
すべてが順風満帆な、このタイミングしか……。
「あ、アルケミスト……もし俺がいなくなったら、俺の代わりに」
「よしっ!」
アルケミストは、なにやら決意を固めたらしい。
さっと立ち上がると、ユノーティアの前に背筋を伸ばして立った。
かと思うと、ざっと音がしそうなほど勢いよく跪いて、手を差し伸べた。
「ユノーティアさま、僕と踊ってくれませんか」
くっ……!?
しまった、一足遅かったか。
のんびりし過ぎてしまった。
誘われたユノーティアも、なんだか悪い気がしないみたいだった。
「ふふ、足を踏んだらすまん」
俺はただただ、目の前の出来事を見守ることしかできなかった。
2人は手をつないで、踊りの輪の中に入っていった。
俺は、呆然とそこに立ち尽くして、秋祭りで踊る男女を眺めていた。
……若い奴らはいいなぁ。
そんな乾いた感想しかもれてこない。
やがて、そんな俺たちのところに、見知らぬ人々がやってきた。
新しい村人だろうか? と思って、いると、ざわめきが起こった。
「あ、あれは……!」
若者たちは、その姿に驚いた様子で、踊りと音楽をやめてしまった。
そこにいるのは、ペグチェと同じ民族衣装を身につけてはいるが、異質な雰囲気をまとった一団。
その中でも、ひときわ注目されているのは、灰色の髪がやや後退した初老の男性だった。
「族長」
どうやら、ララのお父さんのようだ。
ララよりも厳粛な態度で、けれど、どこか似ているところがある。
その目は、ララの姿を探しているように見えた。
「さあ、十分に楽しんだだろう。山へ戻りなさい。言ったはずだ。我々は山とともに生きなければならない運命だと」
族長の声は、思った以上に穏やかだった。
若者たちは、お互いの顔を見渡している。
アルケミストは、ユノーティアの手を離すと、そのまま族長に立ち向かっていった。
「どういう事でしょうか、私にもお聞かせ願えますか」
「よそ者には関係のないことだ」
「よそ者ではありません、私はこの村の管理を任されている村長です。村人たちになにかあるのなら、私がお伺いします」
族長は、不機嫌そうに顔を歪めた。
どうやら、すでにペグチェの仲間を『村人』と呼んでいることに不服を感じたのだろう。
「この村にはこの村の役割があるのだろう、それを邪魔するつもりはない。だが我々ペグチェには、巫女の一族としての役割がある。それは1000年前から続いているしきたりで、決して絶やしてはならないものだ」
「巫女の一族……?」
1000年前に一体何があったのかは知らない。
けれど、それは将来的に『無形文化遺産』になるような、貴重な習俗のような気がした。
そんな風に思うのは、異世界人の俺だけかもしれないけれど。
族長は両手を広げて、若者たちに向かって大きな声を張り上げた。
「我々は、山の神を鎮めるために、歩き続けなければならない……生涯を通して、のんびりと、たくましく」
のんびりと、たくましく。
俺は、その一言ですべての原因がこの族長にあることを理解した。
族長ののんびりが、ララにうつったのだ。
やがて、異変が起こった。
空はすさまじい速度で薄暗くなり、麦畑を照らしていた太陽が、雲に隠れてしまった。
ごごご、と、どこからともなく、地響きが鳴り響いてくる。
まるで、飛行機が低空飛行しているような、騒音。
いったい何事か、とみんなが騒ぎ始めた。
そして、俺が山を見上げたとき、その異変は起こった。
なにか雪崩のようなものが、山の表面を伝い落ちてくる。
「あれは……!」
たちこめる独特の臭気、90パーセント以上の光を吸い込む、不気味な黒体の群れ。
アルケミストとユノーティアが立ち上がり、暗闇に目を凝らした。
「離れてください!」
アルケミストは、素早く照明弾を生み出し、空高く打ち上げた。
緊急時に、城にいる兵士たちへの信号として使われるその砲弾は、上空でばっと光を放ちながら、落下傘によってゆっくりと降下してくる。
照明弾のまばゆい光に照らし出されたのは、まぎれもなく魔物の群れだった。
それも、今まで見たこともない、途方もない数だった。
「モンスター・スタンピードか……!」
「高台に避難しろ!」
ペグチェの人々は一斉に震えあがり、魔物たちの群れとは逆に逃げていった。
族長は、観念したように空を仰ぎ、ペグチェの一族に伝わっていたと思しき伝説を口走った。
「『薬草摘み(グリーナー)』が山から去るとき、この地には大いなる災いが降りかかる」
いまごろそれを言うのか、族長。
3ヶ月前に言ってくれ。
のんびりしすぎだ。
この大量のモンスターの群れが、山の神の怒りかなんかなら。
俺も神にもらったチートで、なんとか立ち向かわなければならない。
俺は、ユノーティアとアルケミストに言い放った。
もう何度目になるかは分からないけど。
「アルケミスト! あとの事は任せた!」
「ライダー、何をする気だ!」
「分からん! ただ、生きて帰る!」
鞭をびしっと両手に構えると、逃げ惑うヒツジの群れに飛び込んでいって、その背中に片手を添えた。
「ラァァァイド・オーン!」
びかあっ、と光が辺りを包み、ヒツジの背に鞍がつく。
俺はパワーアップしたヒツジの背にまたがって、モンスターの群れに真正面から突進していった。
だが、ヒツジの足取りは不安定だった。
巨大なモンスターたちに対して、怯えているのが感じ取れた。
仕方ない、モンスターと家畜では、魔性、体格、狂暴性、あらゆる要素が桁違いだ。
そのとき俺は、足元を通過していくラットの群れを見つけた。
ぱちぱち、と静電気を放ちながら、突進していく、ビニール・ラットだ。
あまりに数が多すぎて、村のまわりの罠を突破してきたらしい。
「ヒツジ! お前は先に逃げていろ! ラァァァイド・オーン!」
ヒツジは、まだ俺のスキルで強化されているので、逃げ足はすごく速かった。
俺は素早くラットに乗り換え、さらにモンスターの群れへと近づいていった。
あまりに大きすぎて、いったいどこに群れの中心があるのか、まるで把握できない。
山の奥に近づけば近づくほど、モンスターたちは、ますます巨大になっていった。
ひとまず大きなヤギに乗り換えて、視界は確保した。
種族がバラバラ、どこにもリーダーなどいない。
普段はくぼ地から出てこないはずのテールランプ・モンキーまでもが暴れ、空にはWi-Fiバーンまで見える。
まるでモンスターの大運動会だった。
「いったい、何が起こってるんだ……!」
空を見上げたとき、そこに金色に光る謎の物体を確認した。
空が煙るくらい、大量の飛行モンスターの群れの中。
全長400メートルに及ぶだろう、俺が今まで見た中でも、最大のモンスターがいた。
その巨大モンスターは、黄金の翼を左右にはためかせ、地上のモンスターの群れを睥睨していた。
鑑定スキルではじき出された情報は、非常に簡潔なものだった。
【エンシェントドラゴン】伝説のドラゴン。
俺は直感した。
間違いない、こいつがボスだ。
こいつがスタンピードの中核。
山の神がもたらした災い。
俺は、身震いした。
デカい。
カッコいい。
……乗りたい!
なんとかあのドラゴンに近づけないか。
ヤギをあちこち走らせて、試行錯誤していると、どこからともなく、オオカミの遠吠えが聞こえてきた。
崖の上に立っている、孤高の灰色っぽいモンスター。
「ハスラサンリクオオカミ! お前を待ってたぜ!」
俺は、ヤギの両脇を鐙で強く圧迫した。
金色の光を輝かせたヤギは、無敵マリオみたいに周囲のモンスターをぽこぽこ弾き飛ばしながら、むき出しの岩壁をぴょんぴょん飛び上がって、オオカミに近づいていった。
「ラァァァイド・オーン!」
びかぁっ!
ハスラサンリクオオカミは、俺が何度も『騎乗(ライド・オン)』したせいか、すっかり慣れているみたいで、そのまま素直に俺のスキルを受けてくれた。
鞍と手綱が装着され、風の魔力によって、ふわり、と空高く飛び上がっていく。
空にひしめく鳥類のモンスターの間を、するすると縫って飛び上がる。
エンシェントドラゴンの背後から近づいていくと、徐々にその異様が明らかになってきた。
俺がこのまえ乗った飛空艇が空飛ぶ帆船なら、空飛ぶ戦艦くらいはありそうだ。
俺はその背中に飛び移り、全力をこめて『騎乗(ライド・オン)』を発動した。
「ラァァァイド・オーン!」
神がこの俺に与えた特異点を中心にして、世界の摂理が90度反転した。
やがて、エンシェントドラゴンの巨大な背中に、戦艦の甲板くらいある巨大な鞍がガシャーン、とメカメカしい音を立てて装着された。
球戯場くらいの広さがあるその鞍の端には、船のような舵がついている。
俺はその舵を握って、エンシェントドラゴンと意識を通じさせた。
「止まれ、ドラゴン……! モンスターたちを、鎮めてくれ……!」
俺が呼び掛けると、その声は通じたようだ。
エンシェントドラゴンの舵から、彼の意志が伝わってきた。
(それは無理だ)
ドラゴンは、眼下に広がっていくモンスターの群れを見下ろしながら、冷静にそう返事をした。
ペグチェの村が飲み込まれ、せっかく芽吹いた麦畑も、建てたばかりの家も、モンスターたちによって、どんどん踏みつぶされていく。
河が決壊するように、一度起こってしまったその流れは、もはや止めることが出来ない。
(モンスターたちが暴れているのは、山から『薬草摘み(グリーナー)』がいなくなったからだ……私は、1000年前にそれを警告したはずだ)
エンシェントドラゴン、お前ものんびりか。
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