第33話 村人たちがやってくる

 こうして、出会ってから約3ヶ月。

 俺はようやくだけど、ララに俺の正体を教えることができた。


 けれど、ララの俺に対する態度は、ずっと変わらない。


「ライダー、ハスラタンポポが咲きましたよ」


「タンポポは知ってるよ。この黄色い花が白い綿毛になって、風で飛ぶんだよな?」


「どんな味がするか知ってますか?」


「えっ……味は知らないなぁ」


 ララは、俺にタンポポを差し出してくれた。

 ちかごろは、俺もじゃっかん薬草の鑑定ができるようになってきた。

 けれど、俺が鑑定してみても、ステータスには、


【薬草】小回復。攻撃力+防御力、微上昇。


 ぐらいしか書かれていない。

 味は不明だった。


「……苦いな」


「苦いでしょう」


「コーヒーの味がする」


「コーヒーって、どんな食べ物ですか?」


「作ってあげるよ」


 といっても、この世界にコーヒーはなかった。

 俺はタンポポを鍋で炒めて、タンポポコーヒーを作ってあげた。

 ララは、ほわぁ、と言って美味しそうに飲んでいる。


「コーヒーの味がしますね」


「そんなに美味しくないだろう?」


「ライダーの世界の事が知れて、嬉しいです」


 ララは、薬草を見つけたら俺に見せてくれるし、俺の世界の事も知りたがった。

 俺の正体を知っても、村づくりに忙しくなっても、いつも通り、俺の娘みたいな優しい女の子だった。


 開拓作業の方は、順調に進んでいた。

 耕作予定地には、腐葉土と川の粘土と砂を混ぜ合わせた土を敷き詰めていく。

 そこに春まきのクローバーの種をまいて、風の元素が地面に蓄えられるのをまった。


 さらに、魔法使いが考案したビニール・ラットを捕獲する罠を、村の周辺にしかけておいた。

 これで畑を守りながら、運よくラットが捕まえられれば、マルチを追加で製作できるようになる。


 だが、畑を作っただけでは村はできない。

 住居と、そこに住む人々が必要だった。


 その日の夜は、アルケミストの研究小屋で、俺とララも寝泊まりさせてもらうことにした。

 その事を聞いたユノーティアは、非常に不愉快そうな顔をしていた。


「ほかの大人も一緒に寝泊まりするんだぞ、だいじょうぶなのか?」


「たくさんの人と一緒に寝た方が楽しいですよ?」


「その、2人きりの方が、何かと都合がいいとは思わないのか?」


「どうして?」


「ど、どうしてか説明しろと言われてもだな」


 相変わらず、ユノーティアは俺とララが恋仲なのだと想像しているみたいだった。

 アルケミストにしたって、いまだに俺たちには遠慮するので困っていた。


 これを機に、俺が異世界転生してきたことを全員に教えてあげたほうがいいかもしれない。

 けれど、絶対に面倒ごとに巻き込まれるからな。

 ふたりとも責任ある立場だし、ピンチになったら俺を頼らないはずがない。


 あたらしい勘違いを産むかもしれないけど、ふんわりと説明してみた。


「ユノーティア、俺とララは、兄妹みたいな間柄だからさ。みんなにもそう思ってもらった方が助かるんだけど」


「きょ、兄妹……ッ! くはぁ~ッ!」


 いったいどう心に響いたのか、ユノーティアは身もだえしていた。

 だん、がつん、と白馬の鞍を叩いて、白馬が迷惑そうによろめく。

 白馬がかわいそうだ。

 けれど、ほかに上手い説明の仕方が思いつかない。


「まってろ、すぐに2人だけの住居を手配してくるからな!」


 などと言って、ユノーティアは白馬に飛び乗り、大急ぎで山を降りていった。

 なんにせよ、頑張ってくれるみたいなので、ありがたい。


 俺とララが宿屋をやめて、研究小屋に泊まることにしたのには、理由がある。

 移動が大変だった、というのももちろんだけど、村づくりの最先端に関わっていたかった。

 いわば、そこは開拓者の基地であり、最小限の村であり、村役場だった。

 アルケミストをはじめ、騎士団や魔術師が翌日の作業の話し合いをするのを、俺たちも聞いていた。


「今日は移民の人たちは来ませんでした。問い合わせが3件ほどありましたが、いずれも商人の方たちからで、支援を申し出てくれるそうです」


 アルケミストは、現在の村の状況を報告していた。

 いまのところ、ペグチェからの移民はゼロ、という事だ。

 つまり、王都から派遣された作業員をのぞけば、住民はアルケミストと俺とララだけになる。


「じゃあ、いまのうちに住民多数決で村長を決めとく?」


「えっ、ララさんが村長じゃないんです?」


「ララはペグチェの代表だよ。このぶんじゃあ、ペグチェより先に他の民族が村に入ってくるかもしれないし。ララはそういうの嫌か?」


「私は大丈夫だけど、ちょっと緊張しますね。みんなと仲がいいわけじゃないですから。アルケミストが村長になってくれたら助かります」


「たしかに。そういうことなら、村の名前はペグチェ村じゃあ、ダメかもしれませんね」


「アルケミスト村?」


「ララ村」


「ララ村」


 ララは、エンピツとメモを使って、熱心にメモを取っていた。

 次期族長として、村に関するあらゆる知識を蓄えようと、すごい集中力を発揮している。

 夜になると、そのメモを枕元において、じーっと読みふけっていた。

 マイケル・ファラデーみたいだ。


「そのメモ、誰からもらったの?」


「アルケミストです」


「ははは、やるな、あいつ」


「どうしたの?」


「ん、ララの事よく分かってるなって」


 ララの横顔を見ながら、俺は、前の世界に置き去りにしてしまった娘のことを思い返していた。


 交通事故で俺が死んだとき、娘はまだ小学校も卒業していなかった。


 元気だろうか。

 母親と2人で、まっすぐ育ってくれただろうか。


 俺が前の世界にもどらなければならない理由があるとすれば、まちがいなく娘を守るためだろう。

 ララを見ていると、次第にそんな気持ちが強くなっていった。


 * * * * * * * *


 翌朝、ララは誰よりも早く起きると、研究小屋から出ていって、畑をじっと観察していた。


 まだ芽が出てない、まだ芽が出てない、とララはあちこち見てまわっていた。

 薬草だったらひと晩で生えてるんだよな。


「だいたいの野菜は、月の満ち欠けと同じ周期で芽が出るらしいぞ」


「野菜はのんびりしてるのね」


「そうだな、ララと気が合うかもな」


 ぽんぽん、とララの頭を撫でてあげた。

 けれど、本当はララが一番がんばっているんだと知っている。


 最近になって、ララはのんびりしているんじゃないな、と分かるようになった。

 ララは道端に生えている、誰もかえりみない雑草や、芽吹くのが遅い野菜たちを、ひとつひとつ気にとめているだけだ。

 そんな彼女は、ペグチェの人々にも慕われていた。


 その日は邪魔な石をどけたり、木を切ったりと、村を拡大していく作業が続いた。

 村役場を建設するための、地道な土木作業だ。

 入植民がまだいないので、人手が少なくて大変だった。

 だいたい騎士の人たちが仲間を集めて作業してくれていた。

 人を雇う余裕がないんだ。

 俺はティノーラゾウを調達してきて、木々をばきばき蹴り倒していった。


「すげぇ! すげぇ怪力だティノーラゾウ! 体長4メートル、体重5トン、巨木を軽々とへし折り、庭の草むしりも同然の勢いで荒れ地を開拓してゆく! 大きな耳をぱたぱたと扇ぐ行動には、体温調節とじゃっかんの回復魔法効果があり、その体力が尽きることはない! まさに最強の陸上モンスター! その優雅な姿は、王者すら髣髴とさせる!」


 俺はゾウの背中に乗って、べきべき、ばきばき、と土地を切り開いていった。

 その間も、ララは薬草を採集してはくばってまわり、みんなの体力を回復させていた。

 あっという間に土地は広がっていった。

 ほどなくして、ララ村に、最初の村人たちがやってきた。


「ララお姉さま~!」


 妖精のような真っ白い着物に、花かんむり。

 大きな薬草籠を背負った乙女たちが、ぞくぞくと山道を歩いてくる。


 ララは、顔をぱあっと明るくして、喜びで息も絶え絶えの様子で、ぶんぶん手を振った。


「みんなぁ~!」


 数カ月ぶりとなる、家族との再会だ。

 ララくらいの小さな子なら、涙ながらに彼女たちの胸に飛び込んでいく……と思っていた。


 だが、とくにそんな様子はなかった。

 ララはその場でぶんぶん手を振って、みんなが来るのを待っている。

 お姉さんたちの方がララに駆け寄っていた。


 やがて、息を切らしてララの元に駆けつけてきたお姉さんたちは、ララにしがみついて、えんえん泣き始めた。

 ララは落ち着いて、お姉さんたちの頭を撫でてあげていた。


 アルケミストは、ララが大きなお姉さんたちを妹のようにあやしている様子を、けっこう驚いた様子で見ていた。


「お姉さま……?」


 初見は驚くだろうな。


「もう、どこに行ってたの? 心配したわよ?」


「ごめんなさい、ララお姉さま……」


 お姉さんたちが、申し訳なさそうに謝っている。

 どうやら、迷子になったのはララの方ではなくて、お姉さんたちの方なのだ。

 いったい何があろうと、『薬草摘み(グリーナー)』たちは、常にララが中心にある。

 一族の序列は、ぜったいなのである。


「話は聞きました、ララお姉さまが新しい村を作ると!」


「私たちも、ララお姉さまの村に住まわせてください!」


「ペグチェの掟に反することよ。みんな知っているでしょう? みんなと離れ離れになるかもしれないわ、それでもいいの?」


 ララが確認すると、乙女たちは、力強くうなずいた。

 素直ないい子たちだ。


 こうして、ララ村に『薬草摘み(グリーナー)』の乙女たちが加わった。


 むろん、ララ村としては彼女たちを歓迎するけれど、まだ彼女たちの住居がない。


「こんなに人数が増えたら、さすがに研究小屋はいっぱいだよな」


 見たところ、移動式テントを持っているようにも見えないし、いったいどこに泊まってもらったらいいものか。


「ライダー、大丈夫ですよ、私たちは夜営しますから。みんな慣れていますし」


「ララさん、なに言ってるんですか。みんな長旅で疲れているんだから、夜営をするのは俺たちだ。なあライダー」


「あ、ライダーが夜営するんだったら、私も夜営がいいです。お星さまの話をしたいわ」


「お姉さまが夜営なら私たちも……」


 研究小屋が空っぽになりそうだった。

 せっかく小屋があるのだから、有効活用したい。


「ララは勉強してるんだから、静かな小屋の中がいいんじゃないか? その方が集中できると思うぞ」


 ララは、ぴこん、と体を震わせた。

 妹たちの手前、ぎこちない笑顔をはりつけている。


「ひ、ひとりで小屋で寝るのは怖いですから、その、ライダーが一緒に来てくれると助かります……」


「私たちもお姉さまと一緒がいいです!」


「じゃあ、ライダーと女の子たちが研究小屋で、俺たちが夜営ということになるか……おい、ライダー。なにかおかしくないか」


 誰がどこで寝るかで、わいわい揉めることになった。

 そんなとき、湖にユノーティアが現れた。

 背後に大勢の屈強な男たちを引き連れながら、悠然と。


「待たせたな、『大工(カーペンター)』たちを連れてきたぞ!」


 げんのう、カンナ、糸と墨、はしご、巨大な木の杭、ノミ、ノコギリ。

 横一列に並んだ屈強な男たちが、それぞれの誇りと建設道具を手に、颯爽と現れた。

 もっと普通の大工さんが来てくれると思っていたのに。

 ララ村に派遣された彼らは、いかにも国家専属、という面構えのGメンだった。


「領主さまから話は聞いたぜ……」


「わしら『大工(カーペンター)』の誇りにかけて、立派な村をこしらえてやるけぇのぉ!」


「「「英雄ライダーのために!!」」」


 ペグチェの女の子たちは、これから一体なにが起きるんだろう、と気が気ではない様子だった。

 そういえば、建物を建てる様子なんて、生まれてこのかた見たこともないだろうからな。


 しかも彼らは、城の建築から、神殿の建築まで、この国の基盤を生み出してきた、最高レベルの『大工(カーペンター)』たちだった。


 その職業クラスは、ざっと平均して10という強者の集団。

 なかにはクラス『人間国宝』が3人いた。


 どやぁ、という顔のユノーティア。

 ちょっと気合が入りすぎな気もしないではないけれど、これはこれで期待がもてそうだ。

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