第31話 村をつくる

 馬車では半日の道のりだったはずが、ハスラ王国までぶじにたどり着いたのは、3日後のことだった。


 ライオンたちの故郷だという獣人族の集落に、ハスラ大道の花畑。

 いろんな誘惑がそこかしこにあった。


 ララは、あちこち見て回りたい、と言って俺の手を引っ張って、俺も方々を連れて歩くことになったのだ。

 さすがにのんびりしすぎた、と反省することになった。


 帰ってみると、俺とララの葬式が行われていた。

 みんなびっくりしただろうけど、俺とララもびっくりした。


 棺のまわりに、親戚から知り合いからいろんな人が押し寄せてきて、いろんな贈り物をするのだけど、俺とララがここにいるので、たぶんあの棺は空だろう。

 驚いたことに、王都中から人が押し寄せてきていた。

 なんで見も知らぬ人たちが押しかけてくるんだろうか。


「うわぁぁぁん、ライダー! ララちゃーん!」


 受け付けのお姉さんは、俺とララを見つけると、いきなりしがみついてきた。

 とくにララは二度と離さない、といった勢いで、ぶんぶん揺すっていた。


「ふぎゅっ、お、お姉さん、おちつ、おちついて……」


「いい、ララちゃん! ライダーなんかと一緒にいなくなっちゃダメよ、代わりの男なんか、いくらでも世の中にはいるんだからね、わかった!?」


「むぎゅぅ、くる、しいです……」


 どうやら俺が死んだ、と思われた直後にララも姿を消したせいで、いっしょに仲睦まじく棺の中に入っていることになっていたらしい。


 いったい、どうしてこんな勘違いが生まれてしまったのか。

 ユノーティアとアルケミストがいたら、ちゃんと状況を説明してくれただろうにに、と思っていたら、葬儀の場にユノーティアとアルケミストの姿もあった。

 旅の間、2人にも色々あったらしい。

 泣き崩れるユノーティアを、アルケミストが支えてあげていた。


「大丈夫ですか、ユノーティア様」


「うう、すまない、まだ心の整理がつかなくて……」


「ライダーのやつ、あれほどララさんのそばにいてやれって言ったのに」


「ああ、私たちの目に狂いはなかった。ララはライダーの後を追って、海に身を投げてしまうほど彼の事を愛していたのだ」


「本で読んだことがあります。まさか現実のものだったとは」


 うんうん、と納得したように頷いていたが、どうやら原因はこの2人にあったらしい。


 * * * * * * * *


 そんなところに俺とララが登場したので、かなり面倒くさいひと騒動があった。

 落ち着いてユノーティアに詳しく聞いてみると、俺が戻ってくる間に、もっといろいろな出来事があったようだ。


「まず、東国ティノーラでの用事は無事に終わった、お前のおかげだ、ライダー。その後なにごともなく、私たちは2日目にはハスラ王国に戻って、半日かけて馬車で王都に戻ってきた」


「完全に追い抜かれてた……」


「みんな早いのね」


「ララ、俺たちがのんびりしすぎただけだよ。さすがに3日もぶらぶらしちゃいけなかった」


 そこまでは、今の状況からも、想像できたことだった。

 しかし、気になったのはアルケミストの格好である。

 魔法学校の薬品で汚れた制服ではなく、ぴしっと身なりのいい貴族の服を身に着けていて、胸元には騎士の勲章までつけていた。


「アルケミストが、お父様にお前の最後がいったいどんなものだったか、その一部始終をつまびらかに報告したのだ……非常に情感的にな」


「へぇ、非常に情感的に」


 どうやら、弁論に長けているアルケミストは、ここでも才能を披露し、「ライダーこそ真の英雄です。彼はWi-Fiバーンの群れから飛空艇の我々を、いや、下手をするとハスラ王国全土を守るために、その命を犠牲にしたのです!」などと感動的なスピーチを披露し、その熱弁たるや、みんな涙で顔をあげていられなくなったほどだそうだ。


 お陰で、もう俺が死んでしまった、というのは公認の事実となってしまった。

 そこで前領主は、俺が帰ってきたら無理やり押し付けるはずで、ひっそり隠し持っていた『本物の』騎士のメダルを、代わりにアルケミストに与えた。

 こうして、アルケミストは俺の身代わりになり、ユノーティアの騎士になってしまったらしい。


「へー、騎士になったんだお前! おめでとう!」


「おめでとう! アルケミスト!」


「おめでとう! じゃないよ! めちゃくちゃ心配したんだぞ!」


 アルケミストは、めちゃくちゃ怒っていた。

 けれども、騎士に叙勲されるのは普通、めでたい話だ。


「なにを怒ってるんだ? お前の魔法学園にも、立派な功績をたたえられて、騎士に任命された魔法使いがたくさんいるじゃないか。研究所の資金不足の悩みも解決するだろうし、俺は騎士にならなくて済んだ。みんなハッピーだ!」


「もぉ~! 僕の気も知らないでこいつはぁ~!」


 アルケミストは本気で泣きそうになって、机につっぷしてしまった。

 ユノーティアは、こほん、と咳ばらいをして、口を挟んだ。


「ライダー、湖の周辺にペグチェの村を作る、というお前の夢だが……お父さまがその跡をつぐこともアルケミストに任せたんだ」


「えっ……というと?」


「アルケミストも、『2人が叶えたくて叶えられなかった夢だから、ぜひ代わりにやりたい』……などと言って乗り気でな。あの土地の管理者になるために、精一杯勉強しているところだったんだ」


「アルケミストが、ペグチェの村を作ってくれているの?」


「ああ、いま兵士たちにペグチェの人々を探させているところだ」


「ライダー!」


 俺とララは、ぱしん、と手を打ち合わせた。

 俺も騎士にならなくてすむし、ララの村もできる。

 アルケミストが面倒くさいことをすべて解決してくれた。


「アルケミストありがとう! 何から何まで!」


「ありがとー!」


「……ああ、僕のこの役回りっていったい何なんだろう?」


 * * * * * * * *


 ともかく、領主のユノーティアと、新たな騎士アルケミストを主導者とした、農地開発が行われた。


 いっしょに開発に携わるのは、騎士団員と、魔法学園の研究者たちの十数名。ユノーティアが全体の指揮をとった。


「よし、これよりこの土地の開発を行う。最終目標は、都市部への作物の供給を安定化するための、農地の拡大。

 そして、山道にはびこるモンスター(特にスライム)の定期的な駆除による、周辺区域の安全確保。

 ならびに、中継点を設けることで東西の国への交通の簡便化を促進することである。

 ついでに流浪の民であるペグチェの人々を定住化させることも目標だ」


「わーい!」


 ララがぱちぱち拍手して喜んでいた。

 定住化はペグチェの掟に反する、という話だったし、素直に喜ぶべきかはわからないけれど。

 とりあえず、ララの夢へ、ここから一歩前進した感じだ。


「では、作業開始!」


 わらわら、とみんな方々に散らばっていった。

 アルケミストが、まずは土地の見分をしなくてはならない、というので、俺とララはそっちの助手をすることにした。


 湖の周辺の柔らかい地面に、ぷすっと長い棒を突き刺し、分度器や方位磁針を使って、正確な土地の測量をしている。


 さらにアルケミストは、地面の土をすくって水に溶かし、色々な薬品を混ぜ合わせていた。

 ちょっと見ると、なんかの化学者みたいだ。

 ララが興味しんしんでその様子を見ている。


「なにをしているの?」


「ええ、この土地の火、水、土、風の四大元素を調べているんです」


 などと、この世界の独自の農術を教えてくれた。

 アルケミストのメモには、いろんな数字が書き記されている。


 寝泊まりもできる専用の研究小屋も建ててもらっているし。

 もうすでに立派な学者みたいな貫禄があった。


「ユノーティアちゃんが、土をどこかから持ってきた方がいいって言ってたけど?」


「はい、地盤は固いし、ちょっと砂質の土なので、たしかにその方がいいでしょうね。さすが『農術師(ファーマー)』の鑑定眼です」


「それって、ハスラ大道の土は使えないの?」


「さすがララさん、あそこの粘土質の土は有名ですからね。けれど、土質がよいのと、栄養分があるのとは、また別なんですよ」


 ララも、自分なりに色々な事を考えていたみたいだった。

 けれど、農術は素人が想像するよりも、けっこう複雑なものらしい。

 ユノーティアは「安心するがいい」と言った。


「土地を拡大するときにそなえて、必要な土のある場所はだいたい目星をつけてある。それらを集めて、まずはクローバーを植えてみよう」


「クローバー? 美味しいんです?」


「人間にとっては美味しくないかもしれないな。私の師匠によると、マメ科の植物は風から風の元素、すなわち『窒素』をみずから固定するらしい。なので残り三つの元素を補給しておけば、四大元素が揃うのだ」


「ちっ……そ」


 俺は、思わずうめき声を漏らした。

 アルケミストやララが、俺の方をなにごとか、と見てくる。


 いやユノーティア、確かにその師匠の知識は正しいものかもしれないけど。

 その知識はきっと、この世界にあってはならないものだぞ。

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