第30話 ライダー、生還する
「ひぃぃぃやっはぁぁぁ!」
Wi-Fiバーン・リロードはあっというまに港町から離れ、はるか沖の方まで飛んだ。
左右には、見渡す限り広がる海原。
これ以上外に向かうと、新大陸でも発見してしまいそうな勢いである。
後ろからついてきているWi-Fiバーンたちも、完全に振り切るような速度だった。
はやい、はやい。
さすがは上位種。
呼吸することも難しい、音速飛行で疾走する。
「ははは、さーて、これからどうしようか!」
鞍や手綱が消えかかって、Wi-Fiバーン・リロードにかけた『騎乗(ライド・オン)』が、まもなく無効になることを示していた。
じつは沖まで飛んでどうするか、俺には特にアイデアはなかった。
とにかくこいつらを陸から遠ざけることしか頭になかった。
けれど、『騎乗(ライド・オン)』で捕まえたモンスターは、その効果が切れる直前。
最後の力を振り絞って、騎手を助けるための行動をとる。
Wi-Fiバーン・リロードは、いきなり急旋回した。
「新大陸ってどのくらい離れてるんだろう……おわぁぁぁぁぁ!」
うしろのWi-Fiバーンたちを海上に置き去りにしたまま。
群れからずーっと遠く離れ、コンパスのように円を描いて、安全な経路で陸地へと戻っていった。
Wi-Fiバーン・リロードは、徐々にスピードをゆるめて、そのうち大陸の森に頭から突っ込むようにして、墜落した。
墜落だ。
シダの葉がこんもりつもった森をクッションがわりにしてくれたみたいで、俺はなんとか生きていた。
「痛ぇ……けど、生きてる。ははは」
いつもの鉄の鎧すら着ていなかったので、背中がびりびりしびれていた。
あんな装備でも、ないよりかはましだったな。
自転車のプロテクターみたいなものだ。
けれど、いつまでも寝そべっている訳にはいかなかった。
すぐ隣には、我に戻ったWi-Fiバーン・リロードがいる。
俺のスキルによる魅惑(チャーム)が解け、鋭い牙をむいて、俺を威嚇しはじめた。
「シャーッ! シャーッ!」
「たすかった! またな!」
リロードは、ここまで全力で疾走してきたおかげか、飛び上がって俺に襲い掛かってくる気力はなさそうだった。
地面にはいつくばったまま、俺に警戒音を浴びせかけるだけだ。
俺は一目散にその場から逃げていって、事なきを得た。
* * * * * * * *
森から出ると、岩山ばかりが広がっている砂漠地帯だった。
とりあえず人のいそうな場所を探して、ぶらぶら歩く。
とちゅうでラクダを見つけたので『騎乗(ライド・オン)』で捕まえて、のんびり砂漠を歩いてみた。
さらに、珍しいアルマジロを見つけたので『騎乗(ライド・オン)』で乗り換えて、やっぱりラクダに戻したりした。
ハリネズミに、コブラに、ほかにも色々なモンスターを試しながら、のんびり歩いていった。
どうせ今から急いだところで、あの飛空艇に追いつけるわけでもない。
無事に東国ティノーラに到着することを祈るしかなかった。
ユノーティアを護衛するというクエストは、最後まで果たすことができなかったが、Wi-Fiバーンの脅威からハスラ王国を守ることができて、すがすがしい気分だった。
いつもの俺だったら、報告のために一秒たりとも無駄にできない、なんて急いでいただろうのに。
そんな気持ちもわいてこない。
いい変化なのか悪い変化なのかはわからないが、ララからだいぶん影響を受けてしまったのは間違いないだろう。
やがて、ララのいる港町が見えてきた。
さっきは外にいっぱい人が出て騒いでいたけれど、その影もない。
その頃にはもう、町はもとの静けさを取り戻していた。
ハスラ王国の兵士を探したのだけれど、どこにも姿が見えなかった。
民家のドアをたたいて、ちょっと尋ねてみた。
「外を歩いてちゃ、危ないよ。さっきのWi-Fiバーンの群れ、見なかったのかい」
「うん、見た見た。俺ももう死ぬかと思った」
「だろ。さっき隣の町に、群れからはぐれたWi-Fiバーンが現れたというから、みんな建物の中に隠れてるんだ」
「あ、なるほど。じゃあ、ハスラ王国の兵士たちは……」
「兵士たちもそっちの方に向かったよ」
どうやら、Wi-Fiバーンの討伐のために、応援にむかったという事だった。
仕方ないので、兵士への報告は後回しにする。
空からララの姿を発見した丘を登っていくと、ララはまだのんびり薬草を摘んでいるところだった。
彼女の『自動採集』でも最高薬草を集められるのに、さらに念入りに選別しているみたいだった。
近づいてみると、ララは最高薬草を色合いや形、大きさで仕分けしていた。
薬草のそんなところにこだわりがあるとは。
さすが『無形文化遺産』だ。奥が深い。
「ララ」
「ライダー、終わったの?」
「ああ。帰ろう」
ララは、選りすぐりの薬草が入った薬草籠を、よいしょっと背負うと、ためらいもなく俺に近づいてきて、安心したように、ふわっと笑う。
いつも通りの、まぶしい笑顔だった。
ララは、俺の事が大好きだ。
言われてみると、そう思えなくもないことも多々ある。
けれど果たして、本当にそうなんだろうか?
なにか違和感を覚えながらも、俺とララは、いつもの通り、のんびり歩いて帰った。
* * * * * * * *
港町にもどって、適当な宿屋で一泊したけれど、夜が明けてもハスラ王国の兵士たちの姿はなかった。
まだWi-Fiバーンが残っているかもしれない、というので、あちこち捜索に回っているらしい。
さらに出歩くと危険だと言うので、定期便の馬車も運行を見合わせている状態だった。
「仕方ない、歩いて帰るか」
「はい、ライダー」
俺がそういうと、またごく自然に、ララは俺の隣に寄り添ってきた。
またしても、アルケミストから言われた言葉がよみがえる。
ララは、俺の事が大好きだ。
いや、はたして本当にそうだろうか?
ふつう恋をしていたら、もっと恥じらったり、怖気づいたりするもんじゃないのだろうか?
という、偏見が俺の中にはあった。
アルケミストから見ると、恋しているように見えるだけで、本当はララは、誰にでも優しいだけじゃないのか、という疑惑が、俺の中にはあった。
「ララ」
「なんですか? ライダー」
「ララは、好きな子とかいる?」
「もちろん、います」
「誰が好きか、聞いてもいい?」
ララは、薬草をくるくるいじって、ほっぺたをぴしぴし叩きながら、やがて言った。
「ライダーが好きです」
まるで恥じらった様子もない、まっすぐな笑顔を向けられた。
そんなララをじっと見て、俺は自分の中でもう一度、自分の意見を整理してみた。
そして俺は、ふっと笑った。
やっぱり、何度考えても間違いない。
アルケミストは間違っている。
子供のいないあいつには分からなかったかもしれないけれど、最初から俺はそう思っていたんだ。
ララの笑顔は、俺の娘とそっくりだ。
前世の世界で、10代まで育てていた娘と。
この好きです、は、娘が父親に対して言うのと同じ。
そう、恋愛感情でもなんでもない。
ララは、まだ恋を知らない女の子だ。
そう思うと、ちょっと寂しいという気持ちが湧き上がってくる。
それと同時に、この子を幸せにしてやらないと、という気持ちが、一層強くなってきたのだった。
「そうか。俺もララが好きだよ」
「ほんとう? じゃあライダー、いっしょに踊りましょう!」
ララがぴょんぴょん飛び跳ねて、先日見たダンスを踊り始めた。
「あれか? 俺は踊り方よく分からないんだけど」
「帰るまでに、きっと覚えますよ」
ララがくるくると回って、道の端をいったり来たりした。
かなわない事とは知りながら、最後の瞬間まで、一緒にいられたらと願わずにはいられない。
そうして俺とララは、親子のように踊りながら、王都への帰路についたのだった。
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