第28話 ララ、空を飛べず
いっぱんに飛空艇というのは、気球や飛行船と似たようなものだと思っていい。
熱した空気から揚力を得て、空を飛ぶ乗り物のこと、らしい。
ただ、この世界では浮遊魔法みたいなものがちょこっと使われるおかげか、飛行機とも気球ともつかない、中間みたいなものになっていた。
魔法でどんどん重たいものが乗せられるようになって、船もどんどん重装備化していって、本当に空を飛ぶ船みたいになってしまった飛行船だ。
ここ数年で、ついには魔素の油を燃料にした噴出口で、自由に空を飛ぶことができるようにまでなった。
東国ティノーラでは、もう実用化されているものだったが、南国ハスラにはまだない。
そこで王立魔法学園が、その技術を勉強してきて、自分たちでも独自に作ってみよう、としたものらしい。
港の看板に、そんなことが書いてあった。
「そうか、アルケミストはこんなもの作ってたんだなぁ」
「アルケミストが作ってたの?」
「うん、このまえ燃料の油を取りにいってたんだ」
「大変だったのね」
そういえば、どこかにアルケミストはいないだろうか、と思って探してみると、数名の錬金術師たちと一緒に、船の上にいた。
へたっとしたトマトみたいなベレー帽を身に着けて、噴出口の操作方法を船員に教えているみたいだった。
どうやら、意外と重要な立場を任されているらしい。
危険物の取り扱いとかは、錬金術師にしか分からないからな。
「アルケミストー!」
ララが、ぶんぶん手を振って船上に声をかけた。
アルケミストは、俺たちのことに気づくと、遠目からもわかるくらい、ぱーっと表情を明るくした。
「ララさーん! ライダー! 来たんだ!」
けっこう顔をあわせてなかった2人だけれど、お互いに会えたことが嬉しそうだ。
このまま空の旅に連れていって、順調に仲良くなってくれないだろうか。
相手がアルケミストなら、俺としては言うことなしだ。
しかし、ユノーティアは、飛空艇に乗り込もうとするララを抱っこして、地面におろしてしまった。
「コラ。ララは、ここでお留守番だ」
「えっええええっぇぇ! そんなぁぁぁぁ!」
「うるさいぞ、アルケミスト」
悲痛な叫び声をあげるアルケミストの頭上に、ぴしゃり、と雷を落とすユノーティア。
アルケミストは、可哀そうなくらい意気消沈してしまった。
どうやら、ララはさいしょから船に乗る人数にはいっていなかったらしい。
もともと俺に与えられた特殊クエストだったから、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
「そんなぁ……」
飛空艇に乗れなくて、アルケミストと同じくらいしょんぼりしてしまったララを見かねて、俺は言った。
「ユノーティア、もう1人くらいなんとか乗せられないか?」
「ライダー、お父さまは他ならぬお前の願いをかなえようとして、このクエストを与えてくださったんだぞ。人の手を借りようとするな」
「そうだとしても、あの土地に入植したがっているのはララだ。俺とララはパートナーなんだ」
ユノーティアは、しばらく俺と目をあわせて、俺の言葉を理解しようとしていた。
俺とララの姿を見比べている。
やや間があって、何かに感づいたみたいだった。
ぽっと顔を赤くして、慌てたようにそっぽを向いた。
「そ、その……なんだ。だいじなパートナーと片時も離れたくない、というのは、もっともだが」
ごほん、と咳ばらいをするユノーティア。
「お前は私とララのどっちを守るつもりなんだ、両方同時にできるのか?」
言われてはじめて、気づいた。
……確かに、それは無理だ。
そもそもララは、飛空艇に乗せられない。
というのも、たしか前世の飛行船でも空を飛ぶ乗り物は船より速くて、時速120キロは出るはずだった。
つまり、馬車の何倍もの速さで薬草を食べなければならない。
もしそれらを地上にばらまいていったら、この辺のモンスターがパワーアップしてしまって、すごく危険だ。
「わかった、ユノーティア。ララのことは諦めるよ。俺はお前のことを守る」
「えっ、そうじゃない……」
目を丸くして、俺の宣言に動揺するユノーティア。
いったい何という答えを期待していたんだろうか。ユノーティアも今更ながら考えているみたいだった。
髪をぐしぐしかいたり、俺の肩をばしばし叩いたりして、ようやく言った。
「は、励め」
* * * * * * * *
全員が船に乗り込むと、ユノーティアは領主らしく、マントを翻してみんなに宣言した。
「では、出航!」
船の胴体に結わえ付けてあった重しが外され、飛空艇はそのままぷかりと空に浮かび上がった。
「ライダー! アルケミストー! がんばれー!」
護岸に残されたララは、飛空艇を見送る人々の間から、精一杯手を振っていた。
大きな薬草籠のおかげで、かろうじて見分けることが出来る。
アルケミストは、涙を流して叫んでいた。
「ララさーん! お元気でー! ううぅー!」
地上には兵士たちがいるから、とりあえずララのことは任せて心配ないだろう。
プロペラがぐるぐると休みなく回転して、船体を東へ、東へと進ませていく。
ときおり、じゅごっと噴出口が炎をふいた。
飛空艇の影は、さいしょ草原に映っていたのが、徐々に小さくなって、とうとう見えなくなった。かと思うと、雲の表面にひょこっと現れた。
はるか遠くにハスラの王都と、山が見える。
俺とララが毎日往復していた道だ。
ララにも見せてやりたかったな。
「あ、ダメだ、ちょっとめまいが」
アルケミストは、青い顔をして隅っこでうずくまってしまった。
自分で作った船だけど、乗りこなすのとはまた別なんだな。
兵士たちに簡単な指示を出していたユノーティアが、俺たちのところにやってきた。
普通は空の旅に恐怖を覚えるものだろうけど、なんだか涼しい顔をしている。
ティノーラで本物に何度も乗ったそうだ。
「ライダー、高いところは平気なのか?」
「俺に苦手な乗り物なんてあるはずないさ」
「そうか……私は青空がスライムに見えて嫌だ」
「スライム取れた?」
「うう……その話はするな」
ユノーティアの頭からひょこっと出ていたヒーリングスライムは、出発する前に徹底的に殲滅作戦を行ったので、いまのところその姿はない。
髪の毛がトリートメントでもしたみたいにつやつやになって、いい匂いがした。
「アロマオイルに、蜂蜜に、スチームに、アイロンに、あらゆる方法を使ったが、しばらくは様子を見なければ分からないと言われた。私はまだお前の悪行を許していないからな?」
「俺も許してもらえたなんて思ってないよ。ずっと心の中で引きずってくから、もうサンドバッグにするのはやめてくれ」
「いいや、このことは一生言い続ける。せいぜい苦しむがいい、とうぜんの報いだ。あ、そういえば、お前も頭に何かついているぞ」
ユノーティアが、俺の頭から、何かを摘まみ上げた。
さっき花かんむりにしていた花の1本だった。
いまは貴重なララの最高薬草だ。
俺はその花を受け取ると、大事にポケットにしまった。
ユノーティアは、俺との距離が近すぎたことにはっと感づいたような顔をした。
1歩、2歩、ちょっと距離をおいた。
「き、気にするな」
「何を?」
「べつに、私はお前たちの仲を引き裂こうとか、そういうつもりはないからな」
「そうなのか」
「むろんだ、私の方が3つも年上なのだし。お前たちのことは、どちらかというと遠くから見守ってやりたい気持ちでいる。つまり、応援しているぞ」
「応援してくれるのか、ありがとう」
俺はユノーティアと、がっちり握手した。
またひとり、ララの夢をサポートしてくれる頼もしい仲間があらわれて、俺は励まされた。
俺が元の世界に帰るためのハードルが、またひとつ下がった。
船べりにもたれかかりながら、アルケミストがよろよろと歩いてきた。
彼は船べりに留まって休んでいた鳥を追い払って、不可解なものを見るような目で、俺を見ていた。
「……ライダー、ぜったい何かと勘違いしてるだろ」
* * * * * * * *
どうやら、飛空艇はハスラから出て、ティノーラに入ったようだ。
甲板にテーブルを出して、俺とユノーティアとアルケミストは頭をつき合わせ、トランプで大富豪をしていた。
「旅に出るって、どういうことだよ?」
「言った通りだよ、旅に出るんだ」
俺は、ボウル一杯の乾燥ティノーライワゴケを無造作につかみながら言った。
ティノーライワゴケは、東国では祝い事にかならず出される珍味である。
東国ティノーラはタイみたいな細長い半島の王国で、ティノーラ王朝が1000を超える島国を束ねている。
地図で見ると、6割がた海だった。
港町を出立してから続いていた山脈は、急に何頭ものライオンが伏せているみたいな崖に切り替わって、やがて海上をどんどん進んでいった。
「ペグチェの入植に成功したら、俺はちょっと旅に出ようと思うんだ。その間、ララの事をお前に任せたい」
「そんなに大事な用事なのか?」
「ああ、俺にとってはな」
ペグチェの村ができて、無理やり騎士にされてしまってからでは、いけない。
いまのうちに、俺がいなくなった後のことを考えておくべきだろう、と思った。
「そんな……けど俺にお前の代わりなんて……あ、お茶が合う」
アルケミストは、ティノーライワゴケを食べて、なにやら気づいたみたいだった。
アイテム・イベントリから水筒みたいなものを取り出して、コップにお茶を注いでいる。
どうやら熱湯が入っているらしく、ほくほく湯気を立てていた。
「なんだ、それは」
「ふっ、ユノーティアさま、驚かないでください、これは魔法瓶といって、中に入れた飲み物の温度を保ったまま持ち運びできる、いわゆる魔法の水筒なんですよ」
「いや、知っている。何のお茶なんだ?」
「どうして知ってるんですか!?」
王立魔法学園では、魔法の素材を利用することで、こういった便利なアイテムが次々と生み出されている。
どのアイテムも希少な材料を使って作られているので、世界に1つか2つしかないのが難点だが。
そんなアイテムを生み出す力のあるアルケミストなら、きっとララの力になれるはずだ。
「アルケミスト、俺よりもお前の方がずっと適任だよ。お前は便利な農機具を作って、ララの村の発展に尽くしてやってくれ。それで十分幸せに暮らしていけるはずだから」
「ライダー……」
アルケミストは、だまって自分の手札を見つめて、やがて顔をあげた。
「お前さ、それ本気で言ってるの?」
アルケミストとユノーティアから、疑りぶかい眼差しを向けられて、俺は肩透かしをくらった。
むろん、俺は大まじめだ。
まさか本気を疑われるとは思わなかった。
「本気なのに決まってるだろ。お前以外に、誰かいいやつがいるのか?」
「ライダー! こんなこと僕に言わせるなよ!」
がたっ。
アルケミストは、椅子をけって、立ち上がった。
王立魔法学園では、論述が研究されていて、魔術師たちは結構弁論にたけていた。
大きく息を吸って、一気に言った。
「ララさんは……見てるとわかるよ、本当はわかってたよ、どう考えたって、お前のことが好きだろ! 大好きだろ! 僕もララさんのことが好きだ! ララさんの事が好きだからさ、だからお前以外に、ララさんの隣にいて欲しい奴なんているはずがないんだよ! こんなの自明の理だろ! お前しかいないんだよ! なのに、なんで僕に押し付けるようにして、逃げるんだ! そんなに旅の方が大事なのか!」
ユノーティアは、うんうん、と頷いて同意している。
俺は、返す言葉につまってしまった。
「ララが……好きって……友達としてじゃなくって、男として?」
がたっ。
今度はユノーティアが立ち上がった。
「「ライダー!」」
ふたり揃って俺に対して怒鳴った。
俺は、両手でふたりを制した。
すまんかった。
いまのいままで、俺はララの事を娘とか孫みたいに感じていた。
この世の中を、ずっと50歳ぐらいの老人の目で見ていたから。
けれど、この世界の人達にとって、俺はまだ14歳の子供なんだ。
ララにとっても、そうだ。
俺は、大好きなおじいちゃんなんかであるはずなかったんだ。
まずい事になった。
俺が転生してきた事実を、ララに伝えていなければならなかったんだ。
はやく、教えてあげないと、すれ違ったままララを不幸にしてしまう……。
そのとき、飛空艇の乗組員たちが、バタバタと慌ただしく行き来しはじめた。
気球のてっぺんに登っている見張りが、なにやら手信号をこちらに送っているのが見える。
騎士団で習ったものと共通だ。
俺は、その手信号を解読する。
「W」、「i」、「F」、「i」……。
そう読めた瞬間。
俺はなにが起こっているのかを理解した。
「なにがあったんだろ?」
アルケミストが、目をすがめて見上げていた。
俺は喉がひりついて、すぐには答えられなかった。
ユノーティアが、俺の代わりに言った。
「前方にWi-Fiバーンの群れを発見した……このままの進路だと直交するかもしれない」
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