第27話 空を飛んでいく
「おはようございます!」
翌朝、俺はララの元気な声で目を覚ました。
いつもは早起きのララが先に出かけていくので、俺は後からのんびり起きて、のんびり出かけていたのだが。
今日に限って、ララは俺を起こしにきたのだった。
「どうしたの、ララ」
「今日は、ライダーの、特別なクエストの日ですよ」
「うん、俺のクエストの日だよね」
「私たちは、パーティでしょう?」
「いっしょに来てくれるの?」
「あなたが私のために尽くしてくれたように、私もあなたのために尽くしたいです」
ララはそう言ったが、はたして同伴の許可がおりるかどうか。
前領主に言い渡されたクエストは、東国ティノーラに行くユノーティアの護衛だ。
しかも無事に終わった暁には、騎士として叙勲するという話まであった。
けれど、やっぱり騎士になるのは、丁重にお断りさせてもらった。
ペグチェの村の管理者には、自分よりもっとふさわしい人がどこかにいるはずだ、と言って逃げた。
前領主は「そうか……」と口では言いながらも、ぜんぜん諦めなかった。
「けれどユノーティアの護衛がただの冒険者では、格好がつかんじゃろう。せめて行くときだけは騎士として行くがいい。ほれほれ。これを一時だけつけとくだけじゃ」
などと言って、なんと前倒しで騎士のメダルとバッジを俺にくれた。
崖崩れのときの功績があるとかで、叙勲するということにするらしい。
そんなにフランクでいいのだろうか、この国。
冒険者のタグをしまって、かわりにバッジを襟もとにつける。
「騎士らしく、ちゃんとした服装で来てくれ」という事なので、詰め襟の礼装を身にまとった。
他の装備はいつものままだけど。
これで俺は騎士だ。……一時的な。
このまま、なんだかんだで騎士にされてしまいそうな気がする。
「港町で集合だったっけ、ララは行き方わかんないよな」
「わかりません。ライダー、連れて行ってください」
「うん、まかせとけ」
顔を洗って、歯を磨いて、いつも通りの、旅の支度だ。
宿屋から出て、すぐ大通りへと向かうと、乗り合い馬車がすでに出発の準備をしているところだった。
今日ハスラ砂漠を通って港町に向かうのは、この1便しかない。
商隊とは違って、全員が大移動に慣れた商人ではない。
モンスターに襲われたら、ひとたまりもなかった。
できる限り、大勢の旅団を組んで、がっちり守りを固めていく。
護衛は馬車10台に対して、6名の冒険者パーティだ。
ちょっと頼りない。
馬車は、雨上がりのぬかるんだ道を、もくもくと走っていく。
ときどき車輪がハマって動かなくなったりして、乗客全員が降りて押さなければならなかった。
俺とララは、馬車の片隅に座らせてもらって、かと思ったら降ろされて、中と外を何度も行ったり来たりした。
ララは相変わらず、移動する間はずっと薬草を拾い続けていた。
乗り降りしながら薬草も食べなければならないので、非常にキツい。
けれど、土地が変われば薬草も変わる。
途中からララの摘む薬草の種類が変わり始めた。
薬草籠には、色とりどりの花が入りはじめたのだ。
「きれい」
「本当だ。なんでこんなに、花が生えてるんだろう?」
「粘土層なんだ」
「粘土層?」
馬車に座っていたおじいちゃんは、懐から古い地図を出して、見せてくれた。
俺のいるところが、王都からぐねぐね曲がりながら港街まで続く、黒い道。
ハスラ大道だ。
「ハスラ大道は、そのむかし川底だったらしい。この川が徐々に北に移動して、粘土層の大道が地上に現れたと言われている」
「おじいちゃん、物知りですね」
「そうか……この大道で植生が変わってるんですね」
「『農術師(ファーマー)』の指示でな。土壌改良のために、ここの土を王都の周辺に持って行ったもんだ」
「へぇー、すごいな」
ユノーティアがやったのかと思って、感心したのだけれど、それにしても不思議だ。
いったい彼女はどこでそんな知識を手に入れたのだろう。
もしゃもしゃと花を食べながら話を聞いていると、前に座っている小さな子供が、母親の肩越しにこっちに手を伸ばしていた。
どうやら、色とりどりの花が気になるみたいだ。
ララは、花を3本とりだすと、茎をより合わせて、わっかを作った。
「はい、あげる」
【薬草のブレスレット】装飾品
食べられます。
流浪の民らしい、即席のアイテムを作った。
ララは生産職じゃないから、あんまり特殊な効果はなさそうだけど、いちおう「食べられる」らしい。
子供は腕に巻き付いた花を珍しそうに見て、どうやら気に入ったみたいだ。
母親は、ララにお礼を言った。
「ありがとうございます」
「あなたにも、どうぞ」
ララは、十数本からなる花の茎を編んで、花のかんむりを作った。
効果はやっぱり「食べられる」だった。
さすがは薬草と共に生きる民だ。
同席していた女の人が、興味深そうにララの作るアイテムを見ていた。
「どうやって作るの?」
「こうやって、一本の茎でわっかを作って、そこにもう一本の茎を……」
ララは、女の人たちに花飾りの作り方をレクチャーしていた。
きっとララは、一族の中でもこんな役割をしていたんだろう。
ララをはじめ、女性陣が総出で花飾りを作り始めたので、無尽蔵にあふれてくる薬草はなんとか処分されていた。
俺とおじいさんは、もしゃもしゃと黙って食べ続けるしかなかった。
その間に、首飾りがひとつ、ふたつ、とかけられて、いつしか俺とおじいさんは花だらけになっていった。
「なんとかならんのか、この薬草」
「すみません、捨てると大変なことになるんで」
「わしはもう限界じゃ」
などと言って、花飾りをつけられるだけの標本と化したおじいさん。
「おじいさん、俺を置いていかないで」
俺はひとりで花を食べていた。
そのうち、馬車がぬかるみにハマって動けなくなった。
「ぬかるみにハマった!」
「降りて押せ!」
いまがチャンスだ。
「ララ! 降りるぞ!」
「はい!」
馬車が止まっている隙に、俺はララを連れて、他の馬車の方へと近づいていった。
大量に作ってしまった花飾りや、薬草籠の中の花を配ってまわった。
馬に乗って馬車を護衛している冒険者の人たちにも花を渡し、そのうち馬車が動き出すと、俺たちは慌てて元の席に戻った。
そんな事を繰り返すうち、ララの花飾りは馬車にまでつけられはじめ、俺たち一行は見た目がかなり陽気な集団になってしまった。
花飾りを身にまとった吟遊詩人が、とつぜん馬車のホロに馬乗りになって歌い始めた。
気が付くとみんな花飾りをまとっていて、顔がくしゃくしゃになるまで笑っていた。
そんな様子で港町についたものだから、道行く人たちはだれもが目を丸くして俺たちを出迎えた。
俺たちは花の装飾品を身にまとって、手をつないだまま花の馬車を降りた。
俺とララはそのまま待ち合わせ場所まで直行し、全身に花の装備を施し、すっかり様変わりした俺たちを、ユノーティアは真顔で迎えた。
俺は「ちゃんとした服装で」と言われていたのを思い出し、しまった、と思った。
「ユノーティアさん、はい、どうぞ」
ララが、ユノーティアの頭に花のかんむりをかぶせると、ユノーティアの頭からぴょこっとスライムが生えてきた。
「あっ……」
俺とララは、息をのんだ。
ヒーリングスライムだ。
スライムは、体がひとかけらでも残っていれば、そいつが核になって復活する。
あれからユノーティアは何回も髪を洗っただろうのに、まだカケラが残っていたというのか。
ユノーティアは頭のスライムには気づかない様子で、威圧的な口調で言った。
「まったく、お父さまはお前に甘すぎる」
「ああ、俺もそんな気はするけど……どうする?」
「どうするもこうするも、やるしかあるまい」
「けっきょく前領主の言う通りにするのか……」
ユノーティアは、前領主の命令には逆らえないのだ。
ひょっとすると前領主が偉大過ぎるのかもしれない。
なんせ、山がモンスターだらけだった時代に旧道を作ったみたいな人だものな。
ユノーティアは、目をすがめて俺の服装を見ていた。
「ところで、今後、もし私が騎士を招集するときが来たら、お前もその恰好で私の城に駆けつけることになるのか?」
「戦争が起きたらってこと? 本当に騎士になるのは丁重におことわりしたはずだけど」
「いや、お父さまを甘く見ない方がいい。きっとお前は騎士にならざるを得なくなる」
やっぱり。
そうだと思った。
このまま騎士にされるかもしれない、というのは、感づき始めていた。
騎士になりたくなかったのは、なるべくこの世界の政治に干渉したくなかったからだ。
けれど、領主とケンカをしてまで、そんな意地をとおす必要はない。
もしそんな事になったら、ララの夢までケンカに巻き込まれて叶わなくなってしまう。
俺もララのために何かできることがあるのなら、力を惜しまない、前領主にも、なるべく協力的になることにした。
ともあれ、港には、変わった船が停泊していた。
東国ティノーラとの交易に使われる、飛空艇だ。
空気をめいいっぱいはらんだ布張りの風船に、簡単に燃えてしまいそうな木造の本体をぶら下げている。
乗り込んでいるのは、みんな魔術師だ。
「飛空艇、ですか?」
「王立魔法学園が研究しているものだ。王立といっても王は許可を出しただけで、大半は私が研究費を出している」
「つまり、前領主がってことか」
「お父様のお下がりではない、ほんとうに私が出しているのだ」
すねた様子でいうユノーティア。
自分も『農術師(ファーマー)』になるぐらいだから、こういう技術的なことに関心があったのだろう。
ララは俺の隣にぴったりと並んで、船を見上げ、あんぐりと口を開けていた。
「どうして、船に荷物を載せているの?」
「空を飛ぶんだよ、ララ」
「ふえぇぇ」
ララは、びっくりして空を見上げた。
布張りの風船は、さらに大きく膨らんで、頭上を覆うくらいになった。
船体につけられた噴出口が、ときおり、ぼうっ、とドラゴンのように火を噴く。
きっとララは大きく見開いた目の奥で、これが飛ぶ姿を想像しているのだろう。
ララは、にこにこして楽しそうに言った。
「大きいですね」
「ああ、大きいな」
ララがいつも通りのんびりしていて、俺はどこかほっとするのだった。
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