第25話 ララ、ランクアップする
自分の頭から生えたスライムに気づいたユノーティアは、低い悲鳴をあげた。
その動揺ぶりといったら、見ているこっちが哀れになるほどだった。
今度は石鹸に灰に塩に、あらゆるものを使って髪の毛を洗い、ようやくスライムを影も形も残さず撃退した。
「お、おのれ、なんという屈辱! こんな目に遭ったのははじめてだ!」
握った拳をぷるぷる震わせて、いまにも泣きそうな顔になっていた。
さしもの彼女も、忍耐力の限界を突破したみたいだ。
当然と言えば当然だけど、その怒りは俺の方に向けられた。
「お父様に言いつけてやる! 覚えてろ!」
ユノーティアは白馬にまたがって、一目散に逃げていった。
その頭から、ぴょこっと、新しいスライムが顔を出していたのだけど、ユノーティアはもう俺の手が届かないところまで行ってしまっていた。
「ユノーティアちゃん、行っちゃった」
「うん、行っちゃったな」
このままだと、街についたところで、みんなに頭のスライムを発見されて指さし笑われるだろう。
そして頭のスライムが復活したことに気づいたユノーティアは動揺し、怖がっているところをさらに指差し笑われてしまうだろう。
すべての原因を作った俺は、打ち首になるかもしれない。
なんだか面倒なことになってきたな。
「ライダー、騎士になるの?」
帰り道、ララはまだそんなのんきな事を言っていた。
たぶん、もうそんな状況じゃないだろう。
俺は首をふった。
「いいや、俺は冒険者のままでいくよ」
『騎兵(ライダー)』は、防御力だって紙みたいなもんだし、いつ命を落とすかわからない職業だ。
それは、俺のスキルがどれだけ高くなろうと、この先変わりはしない。
「冒険者ぐらいがちょうどいいよ。騎士の身分は、俺には重すぎる」
「転職しようと思わないの?」
「だって、こんなひょろひょろの体だよ? 『騎兵(ライダー)』じゃなかったら、きっと何をやってもダメだろ」
「けど、ライダーが……」
ララは、何か言おうとして、言いとどまった。
最近、彼女はこうして何か言い淀んでしまうのだ。
「ううん、なんでもないわ」
「言いたいことは全部言った方がいいよ」
「うん、考えておく」
俺は、ララの薬草籠からハスラハハコグサを取り出して、一緒に食べながら山を降りていった。
帰り道、農家のおじさんのところに寄って、薬草をおすそ分けすると、ララはいつもと違う作物をもらって戻ってきた。
緑色の外皮をむくと、つぶつぶの黄色い実がびっしり。
トウモロコシだ。
「へー、こんなのも作ってるんだ」
「食べたことないわ。美味しいの?」
「食べてごらん」
ララは、はじめて見るトウモロコシにちょっと戸惑いながらも、思い切ってかぶりついていた。
口の中をもそもそさせているうちに、ララの目は、みるみる輝いていった。
「甘い! 美味しい!」
「こういうの、いっぱい作りたいよな」
「うん!」
甘くて美味しいトウモロコシをかじりながら、城門を通るとき、こわもての番兵にもトウモロコシを分けてあげると、お返しに小さなペンダントをくれた。
どうやら、ララのために市場で買ってきてくれたらしい。
ララはペンダントをじっと見つめたり、首に飾ったりして、とても喜んでいた。
いまのところ、俺が目を付けたララのお婿さん候補のうち、いちばん順調に成績を伸ばしているのは彼だ。
けれど、番兵という職業がいただけない。
俺が打ち首になった後、ララのことを任せるとしたら、ララと一緒に薬草採集してあげられる人でなければならないだろう。
やっぱり、アルケミストがもうちょっと暇な奴だったら良かったんだけどな。
* * * * * * * *
ララは、ギルドに入ってまっすぐ受付けのお姉さんのところに走っていった。
人ごみを一気に駆け抜けて、カウンターにごん、と頭をぶつけるように張り付く。
ララが呼び掛けると、お姉さんはまた誰もいない方向を向いていたが、なんだか含み笑いを浮かべていた。
「あ、この声は、ララちゃんね?」
「ララです!」
「お帰りなさい。今日はいいことあったの?」
「ふふーん、ないしょ」
口の周りに黄色いトウモロコシをくっつけて、にまにましているララ。
首にはペンダントをつけているし、何かいいことがあったのは丸わかりだった。
ララが薬草籠から沼地で採集されたキノコやシダを出すと、お姉さんはクエスト終了のハンコをぽんぽん押していった。
さらに、道すがらララが拾っていたその他の薬草も鑑定していく。
「おなじところを通っているだけなのに、ララちゃんは普通の冒険者の何倍も最高薬草をみつけてくるのね。一体なにがちがうのかしら?」
「私は流浪の民ですから。野生の薬草といっしょに生活しているの。薬草と一緒に寝て、薬草と一緒に歩くの」
「なるほど、環境の差だったか。ララちゃん、ちょっと渡したいものがあるから、待ってて」
受付けのお姉さんは、ララの首に飾ってあった鉄製のFランクのネームタグをもらい、代わりに銅製のCランクのものを渡した。
「ランクアップ?」
「3日前に『鍛冶師(スミス)』に発注してようやく完成したの。おめでとう、ライダーと同じCランクよ」
「ライダー! お揃い!」
興奮してぴょんぴょん飛び跳ねるララ。
なんにせよ、昇格したのはめでたい。
けれど、俺としては、ちょっと複雑な気分でもあった。
「姉ちゃん、ララがCランクになって大丈夫なの? 基本的にララは薬草採集の仕事しか受けられないと思うんだけど」
「薬草採集でもFランクからAランクまでちゃんとあるわよ。どうしても優先順位が低くなるから、掲示板からさげられちゃうけど」
「へー、知らなかった」
「どうせ危険区域に行くんだったら、採集するより先にモンスター倒してもらった方がいいじゃない。じつは、さっきララちゃんが持ってきたキノコ採集のクエストがCランクなの」
「Bランクの巨大スライムがいる場所なのに?」
「そう。モンスターが強くなったから報酬をつりあげるっていうのはおかしいでしょ。まずモンスターをどうにかしないと」
Cランクの薬草採集は、非常に危険な区域での薬草採集、となる。
けれど、モンスター討伐と比較すれば、緊急の度合いがかなり低い。
ぶっちゃけると、ギルドとしてもキノコ採集は、べつに巨大スライムが討伐されてからやってもらってもよかった訳だ。
それが通常の手順。
普通の冒険者には、モンスターの脅威が取り除かれてから、安全に採集をしてもらう。
なので、ララは特例なのだった。
「今後、ララちゃんには指名制でクエストをあげることになると思うわ」
「指名制?」
「ララちゃんにしかできないクエストを受け付けるの。Cランク以上の採集クエストが欲しかったら、いつでも姉さんに言ってね?」
「わかりました!」
はきはきと、元気な声で返事をするララ。
俺も『騎兵(ライダー)』の能力をかわれていて、偵察や早馬のクエストは指名制でもらっている。
けれど、薬草採集だけで指名を受ける人を俺はしらない。
それって一体どうなるんだろう。
「危険な仕事だったらパーティーを組むしかないでしょうけど、私も薬草採集だけでCランクになった人って、見たことないのよね。ライダー、うかうかしてると、追い抜かれちゃうわよ?」
「……精進します」
お姉さんは、ララの頭をなでなでしながら幸せそうだった。
本当に追い抜かれてしまいそうだ。
もしララがAランクになったら、俺じゃパートナーには不足してしまうかもしれない。
* * * * * * * *
ともかく、無事に昇格したのはめでたいことだった。
俺もララの昇格祝いに何か買ってあげよう、と思って、市場に繰り出した。
「ララ、とりあえずなんでも買ってあげるよ。なにか欲しい物ある?」
「ほんと? じゃあ、こっち来て、ライダー」
なにか欲しいものを考えていたのか、ララは、俺の腕をぐいぐい引っ張って、冒険者市場の奥へと分け入った。
女の子の装備とか、装飾品が売られている店もあったのだけど、ことごとく素通り。
どんどん冒険者市場から離れて、西区の農家のおじさんがよく来る野菜市場にやってくると、金物を取り扱っているお店にやってきた。
そこで棚に並んでいたクワやスキを指さして、ララは買って、買って、と俺にせがみ始めた。
けっきょく俺が装備することになるやつだ。
俺は、静かに首を横に振った。
「今回は『農術師(ファーマー)』とは別のものにしてくれ、ララ」
「ダメですか?」
「俺はララの夢には惜しみない支援をするつもりだから、それは必要な時にいつでも買う。今日はララが欲しいものを買う日だ」
「私は、これが欲しいです」
「それはララが欲しいんじゃなくて、ペグチェを助けるために欲しいものだろう? もっとわがままを言ってくれ。お前のためだけに、なにか特別に欲しい物はないのか?」
もしやララは、普段から贅沢をするのに慣れていないのだろうか?
ララは、クワを棚に戻して、何やら考え込んでいた。
しばらく考えてから、棚に飾ってある鎌を一本、手に取った。
小麦を刈り取るための大鎌とは違う、ハンディサイズのものだ。
俺は、その農具を鑑定してみた。
【草刈り鎌】装備アイテム。
植物の採集速度が上昇します。
どうやら、『薬草摘み』でも装備できる数少ない武器のようだった。
ララはちっこいナイフしかもっていない。
『農術師(ファーマー)』になってからも使えるだろうし、いいんじゃなかろうか。
だが、ララは何を思ったか、鎌をもう1本片手に持った。
そしておもむろに頭に角のように乗っけていた。
なにやら大まじめな顔をして、俺の方を見ている。
ひょっとして、鎌の使い方を知らないんだろうか?
「ライダー、鎌ってどう装備するんですか?」
「あんまり見たことないけど……こうかな?」
俺も採集系ジョブが鎌をどう構えているか、なんて知らない。
とりあえず、鎌を2本手に持って、カマキリみたいに構えてみた。
攻撃するときは、威嚇するように鎌を高くあげて、えいやっと2本とも振り下ろす。
「こうですか?」
ララもカマキリのポーズをして、ゆらゆら前後に揺れ始めた。
おおっ、上手い。
さすが流浪の民、カマキリの真似がすごく上手い。
本物をよく見てる。
俺は転生する前はカマキリなんて見たことなかったし、転生してからもカマキリなんてじっと観察したことがなかった。
2人で鎌の構え方をあーでもない、こーでもない、と思索しているうちに。
ララは、なんだか面白そうにくすくす笑い始めた。
「ライダー、気づいていますか? 私は今、精一杯のわがままを言っています」
「え……いま、わがままを言ってるの? ララが?」
「はい。流浪の民の掟(おきて)を破り、自分の好きな道を歩もうとしているのですから。それは私のわがままです」
どうやら、ララの望んでいた定住化は、ペグチェの掟(おきて)に反することだったようだ。
そうか、だからララは、こんなに楽しそうなのだ。
「わがままを言いながら、食べるものにも困らず、悩み事もなにもなく、『農術師(ファーマー)』という未知の世界を、わき目もふらず目指しています。だから、私は今がとても楽しい。今のままで、十分に幸せなんです。ライダー、これ以上の幸せを私にくれるというのなら、できれば、これからも……私とずっと一緒にいてくれませんか」
俺は、2本の鎌を頭上からおろした。
ひょっとして、そういう生き方もあるのではないかと思った。
元の世界の事は忘れて、この世界で静かに幸せに暮らす生き方も。
ララの作った村が発展していく様を、傍でずっと見ているという生き方も。
けれど……それは出来ないんだ、ララ。
やっぱり俺は、この世界にずっといてはならない。
俺とララがしばらく、カマキリごっこをしていると、とつぜん店に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「鎌は普通にナイフや剣と同じ構え方をするぞ」
その声と共に、頭にターバンを巻きつけた女の子が店に入ってきた。
どうやら、ユノーティアみたいだ。
さすが『農術師(ファーマー)』だけあって、装備品にも詳しい。
あいかわらず市場に似つかわしくない、豪華な服装を身にまとっている。
口をきゅっと真一文字に結んでいて、かなり怒っているみたいだった。
店の外を見ると、大勢の兵士たちが道にひしめいて、一般の人たちを遠ざけていた。
みんな、ひとめユノーティアを見ようとしているのだろう。
彼女がどれだけ恥ずかしい思いをしたかがしのばれる。
ユノーティアは、俺の方をきっとにらみつけると、唇をふん、と結んで言うのだった。
「父上がお待ちだ、来てもらう。問答無用、嫌とは言わせないからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます