第24話 スライムを取る

 ユノーティアは、年頃の女の子なのに鏡を持ち歩いていなかった。

 もちろん、街の外に出るのに必要な装備を揃えていたら、鏡なんて持っていられない。


 湖の水面をのぞき込んで、自分の頭に融合してしまったミニスライムを確認していた。


「なるほど、ずいぶん頭が重いと思ったら、こんなものが乗っかっていたのか」


 うんうん、と頷くユノーティア。


 彼女がこの世でいちばん嫌いだ、というモンスター。

 手で恐る恐る掴んで、ぐいーっと引っ張ってみる。

 けれど、髪の毛にスライムが絡まったらなかなか取れない。

 金色のきれいな髪がスライムと一緒に引っ張られて、大変な状況になっていた。


 状況を判断したユノーティアの行動は、早かった。

 ユノーティアは、腰の剣に手をかけた。


「こんなものーっ!」


「ユノーティア! 待て! とまれ!」


 俺がスキルで指示を送ると、スライムと連動しているユノーティアの体も、ぴたりと動きを止めた。

 剣を手に持った状態で、ぐぬぬ、と麻痺して動けないでいる。


 スライムが融合したせい、というより、俺のチートスキルが強すぎるせいかもしれない。

 ユノーティアは目が潤んで、悔しそうに唇を噛んでいた。


「スライムがっ! 一体どうしてスライムが、私の頭にっ!」


「ごめんなさい、頭を冷やしてあげようと思ってたら、ちょうどいいところにスライムが」


「ちょうどいいところにいたからと言って、モンスターを医療行為に使ってはダメだ!」


「泣かないで、ライダーがなんとかしてくれるわ」


 ララは頭を撫でて、ユノーティアの気分を落ち着かせていた。

 そう言われても、俺もこんな状況ははじめてだ。


 試しに、ユノーティアの体を動かないように固定して、スライムだけに移動の命令を出してみた。

 けれどもスライムは、ユノーティアの髪の毛に絡まってしまったせいで、身動きが取れなくなっているみたいだ。


 普通のスライムだったら、草なんかに絡まっても自力ですり抜けられるはずだけど。

 ひょっとして、ヒーリングスライムになったせいで、取れにくい材質になったのだろうか。


 ちなみに灰をかけても、ヒーリングスライムは自らヒーリングの魔法をつかって、すぐに回復してしまう。

 どうにか、元の状態にもどせないだろうか。


「そうだ……ちょっと待っててくれよ」


 俺は、沼の方に降りていき、ちょうど手のひらサイズのスライムを5匹くらい見つけて戻ってきた。


 ユノーティアは、俺の手に握られたそれぞれのスライムを見て、びくっと震えた。


「ま、まて、なんだそれは」


「ユノーティアの頭のスライムをこいつと合体させる。もとの水っぽさを取り戻したら、取れやすくなるはずだ」


 俺が近づいていくと、ユノーティアはスライムとともにじりじり後ろに逃げていった。

 両手をぶんぶんふって、なるべく距離をとろうとあがいている。


「ほ、本当に、それしか、方法が、ないのか?」


「たぶん、それしかないと思う」


「待ってくれ、まだ心の準備が、うひぃーっ!」


 2匹のスライムをお互いに近づけると、俺の拾ってきたスライムは、ヒーリングスライムの体ににゅるん、と飲み込まれてしまった。


「はぁ、はぁ、も、もう大丈夫だ、もう取れるだろう、あ、あれ? 取れな……いや、まて、なんなら髪の毛ごと切るから……いやー!」


 にゅるん、にゅるん、にゅるん、にゅるん、と飲み込まれて、残ったのはヒーリングスライム。

 5匹とも完全に吸収されてしまったらしく、体がもとに戻ったようには見えない。


「うーん、やっぱりスライムのレベルが低すぎたかな」


「まだ取れないの?」


「もっとレベルの高い奴を連れてくる」


 俺は、もういちど沼の方に降り立ち、魔物呼びの粉を香炉で焚きながら、じめじめした木の影などを念入りに探索した。


 ぴょこぴょこ、とアリみたいに小さな1ミリスライムが木の影からあらわれ、ちょっとずつ集合し、手のひらサイズの1センチスライムになった。


 じつは灰をかけても、スライムは水分が抜けて無力化されるだけなので、まだそこかしこにいる。


 俺は、その1センチスライムにサーフボードで『騎乗(ライド・オン)』すると、沼地をゆるゆる、と進んでいった。


 スライムは他のスライムと融合することで、どんどん大きくなっていく。

 サーフボードの下のスライムは徐々に大きくなり、そのぶんスピードがあがっていった。

 スピードがあがれば、他のスライムとぶつかる回数も増え、加速度的に大きく、速くなっていく。


 やがて、沼をぐるりと一周するうちには、1センチスライムは普通の大きさの1メートルスライムへと変貌し、時速も20キロから30キロといったところになった。


 よし、いい調子だ。

 1メートルスライムに乗ってユノーティアのところに戻ると、湖にたどりつく頃には10メートル級の巨大スライムになっていた。


「おーい!」


 ユノーティアの頭の上に乗っかったスライムは、驚いてぴょーん、と飛び跳ねた。

 俺が連れてきたのは、完全復刻したBランク討伐対象の巨大スライムだ。


「あ、あ、あ」


 ユノーティアは、真っ青になって、口をぱくぱく動かしていた。

 この前見たときは卒倒して気を失っていたという話だから、ちょっとは慣れたのかもしれない。


「ライダー、また大きなスライムさんを連れてきたの?」


「このくらい大きかったら大丈夫だろう」


 さしものヒーリングスライムと言えども、吸収しきれず、水っぽくなってくれるはずだ。

 うまくいけば、巨大スライムの方が吸い取ってくれるかもしれない。

 ずりずり、とユノーティアに近づいてゆく巨大スライム。

 ユノーティアは、スライムと共に、じりじり、と座ったまま後ろに逃げていった。


「うえぇぇ! しゅらいむやだぁぁ! やめてよぉぉ! どうしていじめるのぉぉ! こわいい!」


「なるべく早く終わらせる。ユノーティア、動くな」


 俺が無慈悲に指示を出すと、ユノーティアはぴたっと動かなくなった。

 巨大スライムがユノーティアの頭をずぶり、と飲み込んで、ヒーリングスライムと合体し始めた。


「よーしよーし、ユノーティア、いい子だじっとしてろ」


 ユノーティアは、美容院でパーマを当ててもらっているお客さんみたいな恰好で、じっと目を閉じていた。

 なにかぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。


「ああ、かつて父の帰りを待った山の道に、私はいま白馬と二人きり。夜空には星が輝き、白馬の息も温かい。バラの香りがただよって、故郷はすぐそこに」


 ユノーティアは辞世の句を詠み始めた。

 東国ティノーラの武士の文化だった。


 合体が完了して、大スライムはゆっくりユノーティアの頭を吐き出した。

 ユノーティアの頭からは、綺麗にスライムが取り除かれている。

 どうやら成功したみたいだ。


「よーし、ご苦労、行っていいぞ、スライム!」


 巨大スライムは、のっしのっし、と体を揺すって、沼地の方に戻っていった。

 せっかく討伐したのに、また元に戻ってしまったな。


「ライダー、討伐しなくていいの?」


「灰がもうないから、今日は無理だな。それより、ごめんな、ララ」


「どうしたの?」


「村が、作ってもらえなくなっちゃうかも」


「あ、そうか」


 巨大スライムを討伐した褒美に、この湖を入植地にする、という話だったはずだ。

 沼地が再び巨大スライムに占領されてしまったのだから、その話は振り出しに戻ったも同然だろう。


 俺はそう思っていたのだけど、ユノーティアの考えは違った。

 ユノーティアは、うなじに鳥肌をたてながらも、優美に首を振った。


「いいや、巨大スライムを倒した褒美に、というのは建前だから、気にする必要はない。私が君たちにここに入植して欲しい、という事実は変わらない」


「じゃあ、いいの?」


「ああ、だが、代わりの建前が必要だ。領主と言えど、大した理由もなく土地を使わせると周りから不満がでてくるのだ。ライダー、討伐には失敗したが、私は君ほど『騎兵(ライダー)』の資質を持った者を見たことがない」


 ユノーティアは、湖で髪の毛をばしゃばしゃ洗って、何度も水面で自分の姿を念入りに確認していた。


「ライダー、私は君を騎士に推薦したい。君が騎士団で活躍すれば、私の一存で、この土地の管理を任せることもできるだろう」


 ユノーティアは、髪の毛の水分を布で丹念にふき取って、俺の方に向き直った。

 とても誠実な人だと思う。

 いままで会ってきた人物の中でも、もっとも理知的で、澄んだ眼差しをしている。


 その頭のてっぺんから、ぴょこっと小さなスライムが生えてきた。

 まだ完全に取れてなかった。


 どうしよう。

 ひょっとしたら、俺は彼女に一生取れない傷をつけてしまったかもしれない。

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