第23話 ペグチェの村を求めて
ユノーティアを名乗る女の子は、無事に起きてくれた。
頭の上にヒーリングスライムを乗せたまま、ララの差し出す薬草を、小さな口でちまちま食べている。
「どうやら世話になったようだな。先ほども述べたが、改めて名乗ろう。私は『農術師(ファーマー)』のユノーティアという者だ」
「私はララです。『農術師(ファーマー)』になるために、冒険者をやっているの」
「俺はライダーだ。ララとはつい先日知り合った冒険者仲間だ」
「ライダーはとっても乗り物が好きなの。それから料理がうまいのよ。それから焚火を起こすのがうまいし、それからお話もしてくれるの。それから……」
「いちおう話を聞こうか」
「ふむ、冒険者だったのか……この辺りではあまり見ない顔だったもので、勘違いをしてしまった」
まだ安静にしておいた方がいいので、上体だけ起こした格好になってもらっていた。
それでも、きりっとした眼差しを俺とララに向けてくる。
薬草を口に持っていく仕草も、どことなく品がある。
頭の上のスライムが食べるのとほとんど変わらない早さでかみしめていた。
「すまなかった、食うに困った子供が、こんな所で作物を栽培しているのかと思ったのだ。よもや、2人がBランク討伐クエストに来ていたとは思わなかった」
「まあ、普通はそう見えるだろうなぁ」
まだ15歳にもなっていない子供が森の中で2人だ。
誰が目撃しても巨大スライムを討伐しに来た、なんて思わないだろう。
ララは、ぴっと手をあげて率直な質問をした。
「ユノーティアさん、山で勝手に作物を栽培したらダメなんですか?」
「うむ、人間の畑は山のモンスターにとって食べ物の宝庫だからな。モンスターが畑を占領してしまうと、一気に数を増やしてしまう恐れがある」
「ああ、そう考えると危険ですね」
「さらに、作物のおいしさを覚えたモンスターが、同じ作物を狙って人里にまで降りてくる可能性もある。なので、畑はしっかり管理できる場所でないと、作ってはならない。『農術師(ファーマー)』の鉄則だ」
「そうだったのか……ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「なぜ謝る? 私の勘違いだったのだろう?」
「うう~……じつは」
ララは、すぐそこにある薬草畑を指さした。
あそこにもう作ってあるのだ。
ホウレンソウの種を植える予定地が、しっかりと割り振られている。
許可なく畑を作ってはいけない。
となると、せっかく『農術師(ファーマー)』になっても、自分の土地を持たない流浪の民は、畑を作る土地を手に入れるのも大変だった。
「なるほど、そういう事情があったのか」
ララの事情を聞き入れてくれたユノーティアは、ふむふむ、と頷いた。
頭のヒーリングスライムが、たぷん、たぷん、と頭の動きにあわせて揺れた。
「無許可ならば問題だが、許可があれば問題ない」
「どうすれば許可をもらえるんですか?」
「なに、私が領主だ。私がなんとかしよう」
ユノーティアは、どん、と胸をたたいた。
頭の上のスライムが、ぷるぷる、とゼリーのように揺れた。
俺とララは、ぽかーん、としてティターニャを見た。
「ああ、やっぱり領主だったんだ……」
「ここに畑を作っても大丈夫なの? たまにモンスターさんが水を飲みに来るよ?」
「しっかり囲いをして、定期的に管理をしていれば問題ない。いずれ耕作地を拡張せねば、と考えていたところだし……ペグチェの人々に関しては、この湖の辺りに入植してもらう、というのも悪くはない」
「おお、そんな手が」
「にゅうしょくって何です?」
俺は、ララの方を振り返って、にっと笑った。
「ここにララたちの住む村を作るってことだよ、ララ」
「ここに、村を……」
ララは、湖の辺りを見回した。
日当たりはいいし、夜は星空がきれいだし、王都まで歩いていける距離。
なかなか悪くないロケーションだ。
移動テントで流浪の生活をしてきたララにとって、あまり実感のわかないことかもしれない。
ここにテントを立てて泊まる、というのとも、ここにお墓を作る、というのとも、ちょっと違う。
「けど、本当にそこまでしてくれていいの?」
「これは巨大スライムを討伐してくれたお礼、ということにしておこう」
ユノーティアが言った。
「それに、ここに村を作れば、すぐ東にある沼地のスライムも定期的に駆除してくれるだろうし、私としても助かる」
薬草茶を飲んで、ユノーティアは、ほっと息をついた。
ユノーティアの頭の上に乗っかっていたミニスライムが、ほわっと湯気を立てた。
「けど、あの沼地って、今はもう使わないんじゃ?」
「じつはあの沼地の旧道は、私の祖父が大事にしていたものなのだ。今でこそ新道や港にその立場を奪われているが、宝物みたいなものでな」
「そんなに大事だったんだ」
「思い入れがあるというだけで、領主の立場ではなにもできん。古道を整備する余裕があるなら、その分を新道の整備にあてた方がいいと思うし、周りからもそういわれるだろう。だから、こうして個人的に視察する体で、手を入れながらたまに歩いていたのだが……」
ユノーティアの手に持った湯飲みのお茶が、ぱちゃぱちゃと波打ち始めた。
震えるほど恐ろしいなにかがあったのだろうか。
ユノーティアは、青ざめた顔つきで、言った。
「す、スライムだけは……こわくて、触ることができん」
ユノーティアの頭のスライムも、振動でぷるぷる震えていた。
「スライムが苦手なの?」
「ああ、だってそうだろう? あんなぶよぶよして、顔も手足もない、何を考えているか分からない、もはや同じ生き物だとすら思えない、得体の知れない奇怪なモンスターなど……は、はじめてあの巨大スライムを見たとき、気を失ってしまったほどだ」
ユノーティアは、苦み走ったような顔をして言った。
俺はその頭の上のスライムから目が離せなくなった。
「白馬が私を城まで連れかえってくれたからなんとか生き延びたが、本当に危なかったのだ。城の者たちを大いに心配させてしまった。今は沼地に足を踏み入れることさえできなくなって……外から見ているだけで、いつも歯がゆい思いをしていたのだ」
ララは、口をぽかんと開けて、すごく困ったような顔をして、ユノーティアの頭の上をじっと見ていた。
かと思うと、まったく同じ表情で今度は俺の方を見た。
俺は、しずかに頷き返した。
うん、困った事になった。
ララは、また同じ顔でユノーティアの方を見た。
どうやら、彼女の頭の上にスライムを乗せたのは、失敗だったかもしれない。
せっかくペグチェの村が作られそうなところだったのに。
なかったことになるかもしれない。
俺とララが、ユノーティアの頭の上をじっと見ていると、ユノーティアは、ぐっと涙を袖で拭い、スライムを頭に乗せたまま立ち上がった。
「さて、世話になったな」
「えっ、も、もうちょっと休んでいきません?」
「のんびりしているのは性に合わないのでな。さっそく城で手続きをせねば」
ユノーティアが、こつ、こつ、と靴を鳴らして歩くと、スライムは、ぷる、ぷる、と震えながらユノーティアの頭の上で絶妙なバランスを保っていた。
気づかないで欲しいとちょっと思ったけど、気づかないのもまずい。
そのまま白馬に乗って城に帰ってしまいそうだ。
道中で頭の上のスライムに気づいたら、驚いて落馬してしまうかもしれない。
もし無事に城まで戻ってしまっても、城中が大騒ぎになるのは間違いなかった。
ララが、ぴっと、手をあげた。
「こっ、ここに、畑をつくりたいんですけど! なにかアドバイスはいただけませんか!」
「ここに? まずは何を植えたいんだ」
「ほ、ホウレンソウ! です」
「ああ、ホウレンソウは簡単だ。石灰をしっかりまいて酸性土壌を中和するのを忘れなければ、だいたい失敗しない。春蒔きと秋蒔きがあるが、虫害の少ないなるべく寒い時期に植えるのをお勧めする。土はどこから持ってくる?」
「土ですか?」
「こんなに地面が硬かったら、どこかから柔らかい土を持ってきた方が早い」
「ほえー」
ララがユノーティアの注意をひきつけている間に、俺はそっと頭の上のスライムに手を差し伸べ、『騎乗(ライダー)』のスキルを発動した。
「……こっちに来い、スライム」
ユノーティアの頭の上のスライムが、俺の差し出す手に向かって、ぐにょん、と伸び……なぜか、ユノーティアがくるり、と踵を返して、俺の方に近づいてきた。
てくてくてく、とまっすぐ歩いてきて、俺の顔をじっと見てくるユノーティア。
「?」
「…………」
ユノーティアがこっちに来た理由は分からないが、スライムが頭の上に乗っかったままだ。
俺は、もう一度スライムに指示を出した。
「俺から離れろ」
すると、またスライムが、ぐにょん、と変形し、俺から離れようとするのだが……同じ方向に、ユノーティアもくるっと向きを変え、すたすた、と歩き出した。
そして、スライムと一緒に、離れた位置で俺の方をじっと見ていた。
……あれ? ちょっとまって。
おかしいぞ。
まるで、ユノーティアが俺の命令にしたがってるみたいなんだが……。
そうか、そういえば、あのスライム、どんなに動いても頭の上から落ちないし。
さっき薬草を食べたとき、なぜかユノーティアを回復させてたし。
ひょっとして、ユノーティアと融合しちゃってる?
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