第22話 『農術師(ファーマー)』と出会う

 俺は沼地のスライムをあらかた『騎乗(ライド・オン)』しておいてから、ララを連れて沼地に向かった。


「ふわぁ」


 巨大スライムをはじめて目の当たりにしたララは、息をのんだ。

 見上げるほど巨大なジェル状の物体が、地面にうずくまっている。


 俺が巨大スライム用にアレンジした鞍は、板のように細長くできていた。


「えっ、ライダーの鞍、小さくないですか? あれに乗るの?」


「乗る」


 ララは、きっと見たことがないだろう。

 あれこそ、巨大スライムを乗りこなすための鞍。

 サーフボードだ。


「まあ、見てな」


 巨大スライムの背中は、液体のように波打ちながら、超高速で地面をうぞぞぞ、とはっていく。

 その背中にサーフボードを乗せ、腹ばいになった俺は、波に押し上げられる勢いと、落下する勢いを調和させ、波の縁を見事に移動していた。

 両足で立ち、さらに波に手を振れ、しぶきをあげる。


「ひぃぃやっはぁー!」


 スライムは、たとえそこがどんな地形だろうと、どんどん移動してゆく。

 木の間だろうと、岩の上だろうと、お構いなしだ。


「すげぇ! すげぇぜ巨大スライム! 体長10メートル、体重7トンの巨体にして、時速は推定80キロってとこか! どんな地形だろうと恐れず突き進む機動力に、他のモンスターでは決して味わえない地平すれすれを飛ぶような乗り心地! 乗りこなすのに高度な技術が要求されるが、これぞ世の『騎兵(ライダー)』を魅了してやまない、モンスターの1匹だ!」


「いいなぁ、ライダー」


 ララが羨ましそうにしていたが、もちろん命がけだ。

 一歩間違えばスライムに飲み込まれてしまう。

 たとえスライムに俺を襲うつもりはなくても、消化液の被害は免れない。


 俺は巨大スライムを操り、沼地を縦横無尽に走り続けた。

 その途中で、足元のミニスライムたちが巨大スライムにどんどん取り込まれていく。


 巨大スライムは、ぶつかった他のスライムの体を取り込み、融合してさらに巨大化していくのだ。

 一体だけ『騎乗(ライド・オン)』しておけば、雪だるま式に膨らませてゆくことができる。

 これも他のモンスターにはない気持ちよさだ。


「ララ! いまだ! 薬草を拾え!」


「はい!」


 そして、ぐるぐる辺りを周回して、スライムがあらかたいなくなったな、と判断したタイミングで、ララを呼んだ。

 沼地にララが足を踏み入れ、キノコやシダの薬草をひとつひとつ採集していった。


 俺がスライムを除去して、ララが薬草を摘む。

 俺たちは隙のない連携によって、2つのクエストを同時にこなしていた。


「ライダー! もう籠いっぱい拾いました!」


「よーし! 引き上げるぞ、ララ!」


 仕上げに、俺は巨大スライムの進行方向を、ぐるん、と横に向け、大きな岩へと突進させた。


「ぶつけるぞ、逃げろ!」


『騎兵(ライダー)』がモンスターを狩るときに使う、最大の必殺技だ。

 ただ岩にぶつかる瞬間に逃げるだけだが、そのタイミングが難しい。


 なぜなら騎手が少しでも逃げようと考えた瞬間、その感情はモンスターにも伝染し、パニックに陥ってしまう。

 本当に岩にぶつかるつもりで、しかし、直前にうまく自分だけ逃げだせる、絶妙なタイミングでなければならない。

 まさにチキンレース。


 サーフボードの縁が岩にぶつかる瞬間、俺は巨大スライムの背中から飛びのいた。

 巨大スライムは、岩にぶつかった衝撃ではじけとび、いくつものミニスライムに分裂した。


 ぶよん、ぶよん、と地面のあちこちに散らばったミニスライムは、衝撃で目をまわしているのか、ぐったりして動きそうになかった。


「あ、倒せる」


 もともと戦うつもりはなかったが、いまなら簡単に倒せそうだった。

 Bランクの賞金首、逃す手はない。


「灰だ、ララ! キャンプ地から灰を持ってきてくれ!」


「はい!」


 俺は、キャンプ地に戻って、焚火の辺りから灰をごっそりかき集めてきた。

 ミニスライムになってしまえば、あとの駆除は簡単だ。

 こいつらは塩や灰をまくと、水分が抜けて一気に縮んでしまうのだ。


 湿地帯はスライムが発生しやすいが、こうして毎日ケアを欠かさなければ、今後しばらく巨大スライムは生まれないはずだ。


 その仕事はギルドに任せておいて、ひとまず、討伐成功である。

 あらかたスライムがいなくなった事を確認して、俺は額の汗をぬぐった。


「よし、じゃあ帰るとするか」


「はい、ライダー!」


 ちょこちょこ灰をまいていたララも、楽しそうに言った。


 すると、どこからか気品のある白馬が現れ、スマートな足をぴしり、と伸ばして立った。


「そこの者たち、なにをしている!」


 でーん、という感じで立ちはだかるシルエット。

 白馬の背中には、貴族の服を着た若い子がいた。

 若いといっても、今の俺が14歳だから、ちょっと年上だ。

 17歳くらい。


「私は国王よりこの中土(なかつち)を授かった『農術師(ファーマー)』、ユノーティアだ! 耕作の許可を出した覚えはないぞ!」


「え」


 俺は、手に持っていた灰をぱしゃっと落とした。

 どうやら、農業をするために灰をまいているように見えたらしい。

 目的はスライム退治だけなんだけど、確かに灰をまくと土壌改良の効果もあるのだった。


 ララは、ぴょんぴょん飛び跳ねて、嬉しそうにしていた。


「『農術師(ファーマー)』……!? 本物の『農術師(ファーマー)』なの……!? すごーい!」


 ララは念願の『農術師(ファーマー)』に出会えてうれしそうだったが、俺は別の衝撃を受けていた。


「ユノーティアって……まさか、領主の娘さんか? いや、ちがうよな」


 この土地の人間なら、誰でも知っているニュースがあった。

 王都からこの辺一帯の土地を支配していた領主が、つい最近、一人娘に代を譲ったという。

 モンスターにやられたとも、体調が悪くなったともいわれていたが、その娘の名前がユノーティアだった。

 同じ名前だろうか。


「とうっ」


 ひらり、と華麗な身のこなしで馬上から降りたユノーティアは、足元にいるミニスライムを踏んづけて、ずるっとすべった。


「あっ」


 綺麗にひっくり返って、片足だけまっすぐ伸ばして仰向けに倒れた。

 ごちっ、といい音がして、そのまま気を失ったように動かなくなった。


 * * * * * * * * *


 いきなり登場して気を失ってしまったこの女の子は何者なのか。

 この土地の領主と同一人物なのだろうか。


 それは気になるところだったが、とりあえず、こんなところに放置しておくわけにはいかない。

 ミニスライムたちの背中にサーフボードを浮かべ、担架替わりにしてキャンプ地まで運搬していった。


 ララは、回復の薬草をいつもよりたくさん採集して、女の子に食べさせようとしていた。


「大丈夫? たくさん持ってきたけど」


「しばらく目が覚めそうにないから、食べられないだろう。安静にしておこう」


 とりあえず、強く打って腫れたところに薬草を塗っておいた。

 傷にならないといいけど。

 綺麗なのにもったいない。


「なにか、冷やせるものない?」


「スライムちゃんは?」


「よし、やってみよう」


『騎乗(ライド・オン)』したミニスライムを乗せ、「ちょっと冷たくなって」と言うと、ぷるる、と体を震わせて、かちんこちんの氷になってくれた。


「スライムちゃん、がんばって」


 さらにララは、あまった薬草をスライムに食べさせてあげていた。

 ララの薬草は、モンスターをパワーアップさせる。


 スライムの体に取り込まれた薬草は、徐々に分解されてゆき、スライムの体の中を魔素の光が踊り始めた。

 その光に照らされた女の子の傷が、みるみる癒えていく。

 どうやら、薬草の成分がスライムの体の中で合成され、ポーションみたいな分泌物が出ているのだ。

 女の子の顔色がみるみるよくなっていった。

 ヒーリング・スライムである。


「このスライム、アルケミストみたいだな」


「ライダー、まだ沢山あるわ」


「よし、じゃんじゃん食べろよ、アルケミスト」


「アルケミスト、ぜんぶ食べてね」


 俺とララがアルケミスト(スライム)に薬草を食べさせていると、女の子はようやく目を覚ました。


「あ、気が付いた」


「動かないで、安静にしてて」


 女の子は、自分の頭の上に乗っかっているスライムに薬草を食べさせている俺たちに、いぶかしげな視線を向けていた。


「……何をしているんです?」


「ダメです、動かないで。アルケミストが落ちちゃう」


「アルケミスト?」


 などと言って、ララは女の子を寝かせて、やはりスライムに薬草を食べさせ続けた。

 スライムがぽわー、と光って女の子を癒していく。

 俺とララはスライムに薬草を食べさせ続けた。

 けれど、頭の上に乗せられたスライムを見ることが出来ない女の子は、眉をひそめていた。


「……だから、何をしているんですか?」


 見たら怒るかもしれないな、これ。

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