第21話 スライムに乗ってみる
こうして俺とララは、さっきまでキャンプをしていた湖にもう一度向かうという、だいぶんのんびりしたことをしていた。
これが会社の仕事だったら、なんて効率のわるいことを、と俺は我慢していられなかっただろう。
けれど、『薬草摘み(グリーナー)』のララにとっては、けっして無駄な移動などない。
ララは、歩けば歩くほど薬草を手に入れられる。
ララの背負っている薬草籠は、タイムリーにぽこっ、ぽこっ、と薬草の数を増やし続けていた。
その薬草は、他の冒険者たちにとっても大事なものだ。
たとえば、山の奥からやってくる、見覚えのある獣戦士のおっさん。
「おーい!」
ララは、おっさんにぶんぶん手を振っていた。
おっさんも軽く手をあげて、ララに挨拶をしてくれた。
「ちょうどいい、またトレードしてくれないか」
「いいですよー。これから帰りですか?」
「帰りだ。今日はなにを持ってる?」
「今日は卵と牛乳と薬草と薬草と薬草があるよ」
「ふむ、じゃあ卵2個と牛乳1瓶と……」
「薬草!」
「……薬草1束を、骨付き肉と交換してくれ」
今日は薬草の気分じゃない獣戦士のおっさんを笑顔で押し切り、薬草を1束どころか薬草籠の底が見えるくらい大量にあげるララと俺。
「貰いすぎじゃないか」
「いいから、いいから」
「まあ、明日も必要だから構わんが」
ほっと安心した。
これで昼ごはんまで何も食べないでいられる。
* * * * * * * *
湖につくと、ララは、駆け足で薬草畑に走ってゆき、ホウレンソウの種を持ってその辺をうろうろしはじめた。
「ライダー、どの辺を畑にするといいと思います?」
「俺はクワを持ってないよ」
「そうでした。あとで買いましょうね」
「あと、山は作物を育てるのには向かないらしいぞ」
「そうなの?」
「薬草が強すぎるんだ」
いくら薬草を摘んでも、土を掘り返しても、ひと晩でまた薬草だらけになるのだ。
ふつうの作物だと、薬草の勢いに負けて枯れてしまう。
けれど、ララは偉大な『農術師(ファーマー)』の力を信じて疑わなかった。
「なにか方法があるかも。『農術師(ファーマー)』の人たちなら、知っているはず」
「そうだな、いつか聞けたらいいな」
「私がなるのよ」
ララは、とりあえず目印として木の杭を薬草畑にぷすぷす突き刺していた。
どうやら、そこを耕作予定地にする気のようだ。
地面はカチカチで、耕すどころか、石を取り除くだけで苦労しそうだ。
うーん、これ全部俺が掘るのかな……。
ホウレンソウはそこまで土を耕す必要がないらしいけど、モンスターの力を借りないとちょっと難しそうだ。
ララが薬草畑のあちこちに木の杭を立てている間に、俺は昼ごはんの準備を整えた。
今日は獣戦士のおっさんからもらった骨付き肉でだしをとった薬草スープに、卵と牛乳をからませ、甘い卵とじにしてみる。
「ごはんだぞー」
俺が呼んだとき、ララは薬草を地面に植えて、薬草畑を拡張しているところだった。
ララは、ててて、と一直線に駆けてきた。
頭に薬草を乗っけていたので、器を渡しながら取ってやった。
両手で大事そうに受け取って、はふはふスープを飲んだ。
「美味しい」
「だろ」
「卵をこんな風に使ったことはないわ。ライダー、あなたはすごく料理が上手いのね」
「旅してたら、食べるぐらいしか楽しみがないからな。けっこう色んな土地の調味料を使ってる」
「へぇー、すごい」
材料はこの世界のものしか使っていないけれど、味付けはだんだんと前世のものに近づいていた。
岩塩だけじゃなくて、ハーブや砂糖もけっこう貴重品だけど、手にいれたらすぐ使ってしまう。
けれど、ララはあんまりそういうのを食べ慣れていないんじゃなかろうか。
「ララ」
「どうしたの? ライダー」
「ご飯を食べたあと、ちゃんと歯磨きしてる?」
ララは、きょとん、と俺を見ていた。
どうやら歯磨きの習慣がなかったみたいだ。
危ないところだった。
「へ、なんですか? それ……はふぇぇ、ひゃいらぁ、ひゃめぇ」
「ほらほら、動くなー」
俺はララの頭を後ろから押さえ、柳の枝をすいて作った即席の歯ブラシで、がしがし歯を磨いてやった。
子供の歯磨きを仕上げてやるのとおんなじだ。世話がやける。
「いいか、農業を普及させるということは、炭水化物をたくさん食べるということだ。ちゃんと歯磨きしないと虫歯になるぞ?」
「ふぁい……」
口がまだいがいがするのか、ララはほっぺたを押さえて涙目になっていた。
ララには教えてやらないといけないことがまだまだ多すぎる。
* * * * * * * *
ララと2人でのんびりお昼ご飯を食べて、俺はようやく今回のクエストに踏み出した。
「さて、ここから東の沼地だったよな?」
「ライダー、Bランク討伐クエストって聞きましたけど、だいじょうぶですか?」
「まー、戦う訳じゃないから、だいじょうぶだとは思うけどね……」
「戦わないんですか?」
「戦わない」
今回の依頼の本当の目的は、スライムを討伐することではない。
巨大スライムが住み着いたという東の沼地は、もともと東国ティノーラとの交易に使われていた古い道で、いまは新道もできたし、すっかり用済みになったものだ。
そのうち巨大スライムが住み着いてしまったけれど、あまり緊急性がないので、ほとんど放置されているという。
「それで、沼地の薬草採集クエストも、解決されないまま保留になったのがいくつかあって、それらがまだ有効らしい。まあ、この巨大スライムが討伐されたら、また掲載する予定だったんだろうけど」
つまり、ララがお姉さんから請け負ったのは、いまは掲示板から一時的に外されている裏クエストなのだ。
「つまり、ライダーがスライムさんに乗って」
「その隙にララが薬草を摘む」
「なんだか忙しそうですね」
「一度にやる必要はない。確実にできることから順序よくクリアしていこう。俺が先に行って、ある程度、スライムたちを引っ掻き回しておく。準備ができたら呼ぶから、ララはその間、ここで待機しておいてくれ」
「ライダー、1人で行くの?」
「その方が安全だろう?」
ララは膝をすりあわせて、なにか言いたげにしていた。
「……ねえ、ライダー」
「どうした?」
「ううん、大丈夫です。気をつけてね?」
「ああ」
ララは、なにか言いたそうな顔をしながらも、了承した。
俺が沼地のスライムを乗りこなせるか、勝負はそれにかかっている。
沼地に降り立った俺は、右手にたいまつを持ち、魔物呼びの煙をあたりに充満させた。
じめじめした湿地帯で、どの木も表面がどろどろに苔むし、採集素材のキノコがいたるところから生えている。
いつ、どこからスライムが現れてもいいように、注意深く周囲を見渡す。
まずは『騎兵(ライダー)』のスキルが果たしてスライムにも通用するのか、それを確かめなくてはならない。
やがて、がさがさ、と茂みの動く気配がした。
ぬるん、と半透明なゼリー状の物体が、草の向こうから現れてくる。
けっこうな段差のある崖を、ぬろーん、と垂れ下がって、まるで水みたいに高いところから低いところへと移動する。
でた。巨大スライム。
体長10メートル、体重7トン。
びっくりするくらいの巨大さだ。
食欲は旺盛で、半透明な体に入ってくるありとあらゆるものを加水分解しようとする。
東国ティノーラでは、ゾウをも飲み込むとされ、恐れられているモンスターだ。
「剣も弱い、魔法もできない……引っ掻き回すのだけは得意だ」
俺は、びしっと、手綱を両手に持って、左右に引っ張った。
「いくぜ……ラァァァァイド・オーン!」
けれど、いきなりあの大きさに挑戦するのは勇気がいる。
そこで、足元にいるミニスライムから始めることにした。
巨大スライムの分裂個体だ。
これなら飲み込まれても、自力で抜け出せるだろう、的なサイズ。
ミニスライムの背中か頭のあたりを、ちょんっと指でつつくようにして、小さく叫ぶ。
「……らーいど、おーん」
びかっ、と光が放たれ、ミニスライムの背中に鞍がつけられた。
鞍がつけられたけど。
つけられただけだ。
乗ったら、重みでぐしゃっといきそうだった。
けれど、乗馬において騎手が馬を恐れる、なんてことはあってはならない。
鐙(あぶみ)に足を引っかけ、思いきってまたがってみた。
「……おお?」
このとき、スライムの体も強化されていたため、俺の体重でぐしゃっとつぶれるようなことはなかった。
凄まじい弾力で、ぼよん、と跳ね返した。
ただ、鞍がしっかりと固定されていないので、ハーネスがすっぽ抜け、スライムの背中から簡単にずり落ちてしまった。
俺を乗せた鞍は、にゅるるん、とスライムの背中を滑り台のようにして、そのまま後ろにずるずる移動し、草むらの上にごとっと着地した。
「おおー」
乗れる。
乗れるじゃないか。
実験の結果、俺はそう確信した。
この世界には、モンスターの数だけ乗り物がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます