第20話 新たなる挑戦

 朝、俺とララは湖で顔を洗った。

 ララは着物の長い袖をつかって顔をぬぐい、両手で長い髪をはさんで撫でつけ、薬草籠に片手をついて、サンダルをけんけんして履いていた。


「ばっちりです」


「よし、行こうか」


 バナナや薬草はあらかた畑に残しておいて、のんびり下山していった。

 そろそろ冒険者ギルドに行って、新しいクエストを受注しなくてはならない。

 べつに毎日クエストを受注しなければいけない、というわけではないけれど、条件のいい案件はすぐになくなってしまうので、できれば毎日確認しておいた方がいい。


 農道を通っていくと、みんなちょうど朝食を食べているのか、煙突から煙がのぼっていた。

 畑には名前も知らない白い水鳥が歩いている以外、誰の姿も見えない。

 平和な農村だ。


 そのまま冒険者ギルドに向かって、今日も俺とララは別々の掲示板を見た。

 ララは、薬草採集の依頼とにらめっこしていた。


 薬草は消耗品なので、需要がなくなる、ということは決してなかった。

 薬の原料にするほか、保存食、調味料、いろんな場面で活躍する。


 俺が探しているEランクの討伐依頼も、これまた需要がなくなる、ということはなかった。


「ハチの巣の駆除……イノシシの駆除……カラスの駆除……」


 だが、扱っているモンスターが極めて小さい。

 だいたい山に近い農家まわりでの困った動物駆除だった。


「うーん、乗りがいがない……」


『騎兵(ライダー)』の強みは、あらゆるモンスターを乗りこなすことができる、という点にある。


 それはハチのような小さなモンスターでも、実は可能だ。

 乗り物の性能を倍加させるため、たとえアリであっても、俺を運べるくらい強くなるのだ。

 ただ……モンスターが小型であればあるほど、乗り心地はやっぱり悪い。


 乗ったときに気持ちいいのは、やっぱり大型で高速移動するモンスターに限る。

 けれど、この貧弱なパーティでそんなモンスターに挑めるだろうか。


 ララの方をちらっと見ると、俺より先に依頼書を持って、受付けのお姉さんのところに、ててて、と駆けていた。

 呼びかけられた受付けのお姉さんは、やっぱり誰もいない方を向いて、それからカウンター下に隠れているララを発見した。


「あら、ララちゃん! 今日も来てくれたの? 偉いわねぇ」


「あの、山の湖の近くで、薬草採集する依頼はないんですか?」


「山の湖?」


「はい、この前行った湖です」


 ララは、薬草畑を作った場所の依頼を、自分から探しにいった。

 どうやら、毎日毎日同じ場所をうろちょろ散歩したいみたいだ。


 今朝、山の湖から降りて来たばかりなのに。

 ちょっとは別の場所に行ってみようよ。


「うーん、湖のあたりの薬草採集は、ララちゃんがこの前、あらかた拾っちゃったからね。あと一週間は依頼が来ないないと思うわよ」


「がーん」


「けど、どうしても山の湖に行きたいの? そんなに気に入った?」


 こくこく、と勢いよく首を振って頷くララ。

 お姉さんは、その様子にただならぬものを感じたようだ。

 声を潜めて、ララに尋ねてみた。


「ねぇ、ひょっとして、山の湖になにか秘密があるの? お姉さんにこっそり教えてくれない?」


 お姉さんは、薬草鑑定のプロの目つきになっていた。

 ララの秘密に興味津々みたいだ。

 ララは、ちょっと言いにくそうにしていた。

 声を潜めて返事をした。


「内緒ですよ?」


「うんうん」


「昨日の夜ね、ライダーと星を見たの」


「ほうほう」


「すごく綺麗だったから、もう一度みたいなって」


 お姉さんは顔を手で覆って、しくしく泣き始めた。

 あんまりにも純粋な理由に、自分の心がいかに汚れてしまっていたかを思い知ったのだ。


「しんどい、尊い……お姉さんが間違ってた。わかった、そこまで言うんだったらお姉さんが協力するわ。ライダー!」


「はいはい」


 まだEランクの討伐依頼を見ていた俺は、しぶしぶお姉さんの受付けに行った。


 受付けのお姉さんは、1枚の依頼書を俺の方に突き出した。

 それは、Bランク討伐クエストだ。


 場所は、例の山の湖から、やや東に向かったところにある、湿地帯。

 標的は、その付近で目撃された、『巨大スライム』の討伐、とあった。


「あんたに頼みたいクエストあるの。できる?」


 スライム。

 本来はEランクの小型モンスターだが、この報告では体長10メートルを超えるとされている。

 大きさに関しては、申し分ない。

 大きければ大きいほど、乗り心地は最高になる。


 だが、スライムは全身が粘液でできた、不定形なモンスターだ。

 うかつに触れると、飲み込まれてしまう、と聞いたこともある。

 果たして、そんなモンスターの背中に乗ることが出来るのか?


 いや……乗ってみせる。

 すべてのモンスターに乗らなければ。

 こいつを乗りこなせなければ、『騎兵(ライダー)』の名が泣く。

 俺は、意を決して依頼書を受け取った。


「俺に乗りこなせないモンスターはいない」




「とか、カッコつけて言ってみたけどなぁ」


 俺はララと一緒に、また山の湖へとのんびり歩いていった。

 その間、ずっとBランク討伐クエストの内容に頭を悩ませていた。

 何度も『騎乗(ライド・オン)』のイメージトレーニングをする。


「スライム……スライムかぁ」


 俺のスキルが、いったいどの範囲まで通用するのか、いまだ未知数だ。

 ただ、神に与えられた以上は、チート級の性能を持つだろうことは、間違いないのだが。


 ララは、帰り道にいつもの農家にお邪魔して、カブのおじさんと何やらお話をしていた。


『農術師(ファーマー)』になるために必要な資材の事を聞きにいったのだろう。


 かと思ったら、クワを持って裏の畑に出て行って、おじさんと一緒に畑の土を掘り始めた。


 ララは、山の民族衣装から、白いワンピースに麦わら帽子、というラフな格好に着替えていた。

 若干動きやすそうにはなっている。


『薬草摘み(グリーナー)』はナイフより重たいものは装備できない。

 クワをよろよろしながら持ち上げ、ぎこちない動きで振り下ろしていた。


 こりゃ、転職して筋力補正を受けてからじゃないと無理そうだ。

 おじさんにも、そういう風に言われているみたいだった。


 おじさんは、なにやら俺の方を指さして、クワを振るしぐさをしていた。


 あ、これ、クワは俺の仕事になりそう。


 ララは、ぴょんぴょん飛び跳ねて、俺を畑に呼びはじめた。

 うん、俺の仕事だったわ。




 俺はおじさんの指導のもと、クワをふるって地面を耕していた。

『騎兵(ライダー)』にとっては、めちゃくちゃキツイ重労働だ。


「カブはデリケートな根菜だ、土壌はふっかふかに柔らかくせんといかん」


「おじさん、いつもこんな力仕事してるの?」


「うんにゃ、カブだけだ」


「カブだけ?」


「他のはウシで犂(すき)を引くだけだからな」


 麦やホウレンソウなんかの3倍は大変だそうだ。

 なので、夏季は臨時の農作業者を大量に雇っているぐらいだという。


「こんな大変なのに、なんで育てるんですか」


「そりゃあ、村の取り決めだからね。ウシやブタを都市部に出荷するから、その飼料が必要なんだってさ」


「へえー」


 土壌の痩せた土地では、『農術師(ファーマー)』が年ごとにどの土地で何を作るかを管理して、計画的に農作をする。

 いったい、この村の『農術師(ファーマー)』は何者なのだろうか。

 おじさんもよく分からない、と言っていた。


「麦や野菜を作るだけなら、わざわざこんな手のかかるカブなんて作りたくないんだがな。一頭や二頭だったら、飼料はワラで足りるし」


「つまり、もっと大量のウシやヤギを飼うために、飼料となるカブを育ててるってわけですか。けっこうもらっちゃったけど、良かったんですか?」


「『農術師(ファーマー)』の考えはわからん。けど、ごはんが薬草でも、ウシやヤギは文句言わねぇからな。それに薬草で育てたら、肉も美味しくなるって聞いているし」


「あー、そうでしたね」


「いい感じに元気になるし、病気もなおったし、感謝してるよ」


 ララは、いまはカブの葉っぱを持って牛舎にまわり、ウシやヤギに食べさせているところだった。


 このままおじさんの家の子になってもいい気がするが、ララには次期族長としてペグチェを率いていかなくてはならない責任がある。

 いまは、冒険者をやって資金を稼がないことには、どうにもならない。


 とりあえず午前の休憩時間になったあたりで、俺とララはお暇することにした。


 軽装から、山の民族衣装に戻ったララは、今度はニワトリの卵と、牛乳の入った瓶、そして、なにやら小さな袋をもらってきてしまった。


「なにそれ」


「ホウレンソウの種です」


 どう見ても、これからBランク討伐クエストに出かける冒険者の所持品じゃなかった。

 けれどもララは、目をキラキラさせて言うのだった。


「育ててみましょうよ、ライダー。きっと美味しいですよ」


 やれやれ、土を掘るのは俺なんだよな。

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