第19話 オオカミの神様
テールランプ・モンキーたちは、バナナの木が生えているくぼ地からは出られないらしい。
俺とララは、来たときのように徒歩でのんびり下山することとなった。
その代わりに、モンキーたちは次から次へとバナナをお土産にくれた。
ララはそれをぜんぶ薬草籠に詰め込んで、ふらふら重そうに歩いていた。
ララには、施しをあげたくなる何かがあるのかもしれない。
「ライダーは、本当にいろんなモンスターに乗れるんだね」
「ああ、この世界は素晴らしい。世界には、モンスターの数だけ乗り物がある」
「変な人ね。そんなにモンスターに乗るのって、楽しい?」
「いいや、楽しいんじゃない」
俺は、ぶんぶん、首を振った。
「死ぬほど楽しいんだ」
「いいなぁ。私は生まれたときから『薬草摘み(グリーナー)』だったから」
「他の職業に憧れてた?」
「はい、『羊飼い(シェパード)』とか、『木こり(ロガー)』とか……『機織り(ウェーバー)』にも憧れてました」
「夢が多いのはいいことだ」
「あっ、もちろん、『騎兵(ライダー)』にもなりたいです!」
などと、のんびり言うララ。
ほんとうは毎回命がけなんだけどな。
俺はいつ命を落としてもおかしくない事をしている。
出来ることなら冒険の途中でララを一人にするようなことはしたくないが、それが俺の選んだ職業なのだから、仕方ない。
過保護なんじゃなかろうか、という気がしないでもない。
別にララは俺がいなくても、一人で山を歩くだけの度胸もあるし、生きていけるだけの力もある。
「ところで、ララ。『農術使い(ファーマー)』になるんじゃなかったのか?」
「あっ」
ララは、ぴたり、と立ち止まって、山の空へ視線を向けていた。
ふくふくしたほっぺたが赤く染まって、新鮮な空気を吸ったり吐いたりしている。
「忘れてた」
まあ、ちょっとのんびりしているが。
* * * * * * * *
ララの薬草籠からあふれてくる薬草は、捨てながら歩いていくわけにはいかない。
残さず食べる必要がある。
けれど、バナナのおかげでずいぶんとお腹が膨らんでしまい、山道の途中でかなりペースがスローダウンしてしまった。
湖のある所まで戻ると、もう夜になり、日はどっぷりと沈んで、空に星が瞬き始めた。
薬草をもしゃもしゃ食べながら歩いていたララは、夜空を見上げながら、ぼーっとしていた。
「どうしたの? ララ」
「星がきれい」
「ああ、綺麗だな」
一等星が100万個ぐらい、夜空にちらばっている。
月は3つ。地上に近い順から大月と中月、そして小月と呼ばれている。
それぞれの明りで、いつも足元に影ができて、歩くのにも不自由しない。
俺は前回の焚火あとに、もう一度枯れ木を集めた。
ララは例のともしび草という昆布みたいなのを取り出して、ぴりっと裂き、火種にして焚火にくべた。
ともしび草は練炭みたいにずっと火を出し続けていた。いい燃料だ。
カブと薬草のスープばっかりでは栄養が偏るだろう、と思っていたので、俺はベーコンとパンを持参してきていた。
鍋に飲み水を注いで、岩塩とハーブを振ってじっくり煮込んでいる間、ララは彼女の畑に新しい薬草を植えていた。
薬草の数が昼より減っている。
どうやら、冒険者たちが何本か摘んでいったらしい。
けれど、カブだけは誰も取っていかないのか、じっとそこに鎮座している。
ネズミの皮も、半分畑に埋まったまま、誰も取っていっていなかった。
よく見ると、ヒノキの杖みたいなのが置いてあった。
なんか要らないアイテムっぽかった。
薬草の代わりに置いていったんだろうか。
ララは、ヒノキの杖を使って、薬草畑にざくざく穴を掘っていた。
穴の中に、今度はバナナを植えようとしている。
バナナって、育つんだろうか。
ハスラでは、焚火をじっと見ていると、悪魔に心を奪われると言われていた。
俺は背中にじんじんと熱い火の熱を浴びながら、パンをちぎっては口に運んで、星空を眺めていた。
食事が終わると、ララは毛布にくるまって、薬草籠にすぽん、と入ってしまった。
蓋を頭で押し上げて、俺と同じ空をじっと見ている。
「『薬草摘み(グリーナー)』の夜営ってそうするんだ」
「あったかいよ」
「いいな、あったかそう。俺も夜営の準備するかな」
そう言って、俺は森に分け入っていった。
今日は大月が西から、中月が東から地面を照らすので、森の中でもかなり見通しがよかった。
森の奥まで進み、その辺をうろついていたハスラサンリクオオカミ(全長5メートル)に『騎乗(ライド・オン)』し、焚火のところまで戻っていった。
「伏せ」
指示を出して、焚火のそばに、ごろん、と横たわらせる。
その、ふっかふかの毛皮に背中をぽすん、と預け、ふっかふかの尻尾を毛布代わりに体に巻き付け、寝床の完成だ。
ララは、口をあんぐり開けていた。
「『騎兵(ライダー)』の夜営ってそうするんだ」
「うん、朝にはこいつ、いなくなっちゃうけどね」
「いいな、すごくいいな」
周囲のモンスターを警戒してくれるし、温かいし、寂しくないし、とても合理的なのだった。
「ライダー、交代してみない?」
ララは、薬草籠から身を乗り出して、素敵な提案をしてくれた。
俺はいい感じに温かいオオカミのお腹から立ち上がり、ララと入れ替わりに薬草籠に入ってみることにした。
薬草籠の中は、野生のオオカミみたいな嫌な臭いはもちろんしない。
ハーブの落ち着く香りが立ち込めていて、心が安らいだ。
丈夫な蔓(つる)で編まれているし、魔物除けの効能もある。
毛布もトナカイの毛皮で作ったものらしく、びっくりするほど温かい。
俺の体格はやせっぽちなので、意外にも入ることが出来た。
ただ、頭が入りきらないので、蓋が閉められない。
身動きが取れない。
なんか落ち着かなかった。
ララは、オオカミのふかふかのお腹に横たわって、幸せそうに尻尾を抱き寄せていた。
「オオカミくさい」
「そりゃ肉食動物だもの。人間だって肉ばっかり食べてたら体臭がきつくなるじゃん。もとに戻る?」
「ううん、こっちがいいです。ライダーも、こっちに来て」
俺はきゅうくつな薬草籠から出て、ララの隣に寝転んだ。
オオカミのお腹は広くて、俺たち2人が並んで寝転ぶことができた。
ララは、俺の頭に頭をくっつけて、なるべく同じ星が見えるようにしながら、空を指さした。
「ライダー、小月の北に出ている星座が見える?」
「ああ」
「あれはヒツジの神様」
「ヒツジの神様?」
「冬の間は見えないけれど、『羊飼い(シェパード)』の神様が一番上に登るころ、春になって薬草が生えてくると、ようやくヒツジの神様が山から出てくるの」
「薬草が好きなんだな。ヒツジの神様だものな」
「そうなの。ヒツジの神様は、薬草を食べながら『羊飼い(シェパード)』の神様を追いかけて、のんびり空をのぼっていくの」
「それじゃ、ずっと追いつけないんじゃない?」
「寂しくはないわ。同じ山にいるのだから」
なんとも、のんびりしたお話だった。
ララはこんな話を聞いて育ったんだな。
道理でのんびりした子になるわけだ。
「『羊飼い(シェパード)』の神様がゆっくり山まで下りて行って、ヒツジの神様が一番上まで来たら、そうしたらようやく薬草の摘みごろよ」
「ヒツジの次は、何が出てくるの?」
「オオカミの神様よ。オオカミの神様が現れると、雷が鳴って、夕立ちになって、それから薬草は一気に芽吹くの」
ペグチェは、星座をヒツジと『羊飼い(シェパード)』の物語に見立てていた。
ヒツジの神様がオオカミから逃げるために飛び越えた川が、天の川。
ヒツジの神様が中月を食べようとしたけど、慌てて落としてしまったのが小月。
羊がどうしてこうも重要な役割を担っているのかは知らないけれど、きっと誰かが誰かのことを思いながら話を作ったからだろう。
* * * * * * * *
星の話をしているうちに、ララは気持ちよさそうに眠ってしまった。
オオカミの毛を揺らしながら、ふしゅふしゅ寝息を立てている。
やがて夜が更け、ヒツジの星座が頭の上まで来る頃。
オオカミは目を覚まし、どこか遠くを気にし始めた。
『騎乗(ライド・オン)』の効果が切れ始めたのだ。
俺は体を起こすと、ララの首の後ろに腕を差し込んで、倒れないように支えてやった。
オオカミは俺にララを任せると、強い前足ですっくと立ちあがり、そのまま去っていった。
去り際に、オオカミはひとつ、遠吠えをした。
わおぉーん、と。
すると、ララの薬草畑が光に包まれ、すごい勢いで薬草が生え始めた。
薬草はいつも爆発的な速度で生えるものだ。
けれど、その瞬間を俺ははじめてみた。
彼らが生まれながらにして持っている、魔法が一斉に力を発揮したのだ。
冒険者たちに摘まれた薬草も、瞬く間に元通りになっていく。
カブは相変わらず光っていない。
けれど、バナナは光っている。
さすが山の植物だ。
ぐんぐん伸びていって、背の低いバナナの木になった。
けれど、すごい勢いでしおれていく。
やっぱり、土地が合わないと育たないんだ。
すべての力を振り絞ったように、バナナが1本だけ生まれて、ぽとりと地面に落ちた。
バナナはぜんぶしおれてしまい、なにもかも元通りになった。
薬草畑をすっかりよみがえらせると、オオカミの姿は、もうどこにも見えなかった。
俺は、すごいものを見てしまった興奮で、その日はもう眠ることができなかった。
翌朝、このことを早速ララに話してみた。
山に住まうペグチェの一族なら、この現象について、なにか知っているかもしれない。
『薬草摘み(グリーナー)』ランク『無形文化遺産』のララなら、薬草にまつわる、この不思議な一連の出来事のことを、知っているに違いない。
だが。
「ライダー、夢でも見ていたんじゃないですか?」
と言って、苦笑されてしまった。
けっきょく、ララにも最後まで信じてもらえなかったが。
確かに、俺は見たんだ。
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