第17話 モンキーの背中に乗る

 砂漠の戦士であるライオンは、森でも優れた戦闘スキルを発揮した。


 縦横無尽にバナナの木の間を飛び回り、金色の耳を風に震わせながら、テールランプ・モンキーたちを追い回していた。


「ふふん、戦闘スキルの差が違うしー」


 刃渡り1メートル程度の剣を半月や満月のように大胆に振り回し、切るのではなく、こん棒のように叩いて木から落していく。


 適度に力加減をする余裕があるのだ。


 周囲のモンキーたちが吠え声をあげ、みなライオンに意識を向けていた。

 それこそ、ライオンの目論見通りだった。

 そのすきに、サンショウウオやウサギは森から出る道へと進んでいた。

 サンショウウオは、ふよふよ、と漂う頭の横のヒレを光らせて、なにやらスキルを使っている。


「ライオン! こっちは大丈夫! 敵がいない!」


 マーマン系の半獣人族は、『側線』と呼ばれる生得スキルをもっていた。

 これは魚類や両生類が持っている体の器官を、魔素の機能によって発達させたものだ。

 本来は水の流れを察知するそれで、空気の流れを感知することによって、洞窟の奥まで見通す、強力な『索敵(サーチ)』スキルを発動することができる。


「よーし、逃げるかー」


 ライオンはサンショウウオの事を信用して、なりふり構わずそちらに駆けていく。

 その途中で、みんなから遅れていたララを捕まえ、肩に担ぎ上げた。


「ほら、ララちゃん、いくよー」


「ひゃう」


 ララは、薬草籠ごと軽々と持ち上げられ、小動物みたいに縮こまっていた。

 ライオンは素早く仲間たちのところへと向かう。

 ひーはー息を切らしていたウサギが、長い耳をぴんっと張って、大慌てで叫んでいた。


「ら、ライオン! 薬草! 薬草がぁ!」


 ララが森の中を高速移動すると、『自動採集』によって籠の中の薬草の増加量がアップし、さらに大量の薬草が地面にばさばさとばら撒かれていた。

 だが、ララを運んでいるライオンはいま、薬草どころではなかった。


「もー、だから薬草なんてほっとけって――」


 ふだんから薬草の重要性をあまり感じていないライオンは、薬草など放っておいて逃げた方がいい、と思っていたのだが……その判断を、数秒後に後悔した。


「うっほ、うっほ」


 振り返ると、ライオンの切り伏せたモンキーたちが点々と地面にはいつくばっていた。

 そいつらはララの落とした薬草をもしゃもしゃ食べ、ダメージを回復しながら彼女たちに迫っていた。


「うほうほうほうほぉ!」


 最高薬草の効力により、完全回復だ。

 それどころか、体が一回りも二回りも大きくなり、発電量も一気に増し、静電気で全身の毛がぶわっと逆立ち、尻尾の先端の電球がばりん、と割れ、ごうごうと炎をあげて燃え盛った。

 テールランプ・モンキーの進化体。

 ジット・ハブマーンだ。

 まったく別種のようになってしまったモンキーに、獣耳たちも唖然としていた。


「うそぉぉぉ!?」


 ララの摘む薬草は、決して落としてはならないものだった。

 高濃度の魔素を含んだそれは、モンスターたちを一時的にレベルアップさせてしまうのだ。


 さらに元気になったモンキーたちは、尻尾のランプをごうごう燃え上がらせ、凄まじい勢いでライオンを追いかけはじめた。


 ライオンがどこまで逃げようとも、地面に落ちている薬草をたどってくる以上、見失われることはない。

 薬草を山に捨ててはいけない。

 ライオンたちは、はじめてそれを理解した。


「あかーん! サンショウウオ、ウサギ、逃げてー!」


「きゃあああ!」


 * * * * * * * *


「おっと……なかなかピンチみたいだな?」


 俺は、さっき『騎乗(ライド・オン)』でゲットしたモンキーの背中に乗って、ライオンとララの姿を遥か後方から追いかけていた。

 鞍の代わりに、ところどころ鐙(あぶみ)のついたハーネスを体に巻き付けたモンキーの背中に、ぴったりと張り付くスタイルの騎乗だ。


 野生のサルは、普段から子ザルを胸や背中にしがみつかせたまま移動する。

 なので乗り手がダメージを受けないよう、多少のケアをしながら走ることができた。

 おかげで乗り心地は快適だったが、このままでは追いつくことが難しい。


 ライオンたちに迫っている先頭集団は、はるか前方にいる。

 しかも乗り手のケアなどする必要がないぶん、がむしゃらに走っている。


 このまま等速で走っていても、追いつくことができない。

 ララもライオンも、絶体絶命だ。

 こうなったら……俺が命を懸けるしかない。


「モンキー! ……『俺を投げろ』!」


 俺は、モンキーに指示を出した。

『騎乗(ライド・オン)』で捕獲したモンスターは、ある程度操ることができる。


 普段からやったことのない動きをさせることはできないが、野生のサルは威嚇行動の時に石や木の枝をぶん投げることはよくやっていた。


 モンキーは、背中に背負った俺を右手にすっぽりと包み込むと、まるで野球のモーションのように腕を大きくふりかぶり、腕力にまかせて俺を前方に投げ放った。


「うっほっほっほぉー!」


 ずぎゅん、と空を切る音が響いた。

 ボールのように空中に放り投げられ、すさまじい風圧に押しつぶされ、満足に身動きが取れない。

 身動きが取れないまま、前方の黒いモンキーの背中にぐんぐん迫っていく。

 この背中を捕まえることができなければ、俺はそのまま地面に落ちて一巻の終わりだ。


「ラァァァァイド・オーン!」


 俺は黒いモンキーの背中に手を伸ばし、スキルを発動。

 黒いモンキーの背中にハーネスがばちっと取り付けられ、騎乗に成功した。


 危険度最高の乗馬トリック。

『乗り換え』だ。


「うほっ! うほうほっ!」


 すかさず、黒いモンキーは俺を胸の前にすっぽり抱きかかえた。

 バスケットボールみたいに前方に両手を突き出し、鋭いチェストパスをする。


 黒いモンキーから、さらに前方の灰色のモンキーへ。

 先頭集団の中に入ってしまえば、『乗り換え』に失敗する確率は格段に低くなる。


 だが、そこは敵集団のど真ん中だった。

 右を向いても左を向いても、レベルアップしたばかりで少しハイになったモンキーばかり。


「ウキィーッ!」


 灰色のモンキーは、左右のモンキーから強烈なタックルを受けた。

 とっさに俺を守ろうとして身を丸めた灰色のモンキー。

 地面に引き倒される直前、俺を前方の銅のモンキーへと放った。


 決死のパスは奇跡的に通り、すぐ目の前にいた銅のモンキーは、ハーネスを身に着けるや、俺を脇に抱えて信じられないぐらい機敏な動きで駆け出した。


 左右からメスモンキーのきゃーきゃーという歓声を受け、銅モンキーは走った。

 どうやら、群れの上位個体らしい、モテモテだ。


 前方のサルが異常を察知し、振り返って襲い掛かってくるが、銅モンキーは巧みなクロスオーバーでそのサルの脇をくぐりぬけ、足の下をくぐらせ、ピボットターンで背後に回り、並み居るディフェンスをどんどん追い抜いていった。


 ごぼう抜きだ。

 ライオンの背中が、すぐそこまで見えていた。

 ライオンは、口をあんぐり開けて俺を見ていた。


 ライオンの肩に担がれているララは、俺がモンキーを乗りこなしているのに驚いて、さらに口が開きっぱなしになっていた。

 俺がラットの背に乗っていたとき、あれほど怖がっていたララだったけれど、もう大丈夫みたいだ。

 頬を上気させて興奮していた。


「ライダー、すっごーい!」


 たぶん、14歳の小柄な少年じゃないと、こんな軽業は不可能だろう。

 大人の『騎兵(ライダー)』になってしまったら、二度とできない技だ。


「マジ、やべーし」


 ライオンは、はじめて俺のチートスキルを目の当たりにして、当然のことながら驚いていた。


「ライダー! アルファ(ボス猿)がいるっしょ! そいつなんとかするしー!」


 けれども、すぐに的確な指示を出せたのは、場馴れした彼女ならではだろう。


 そう、サルの群れにおいて、リーダーとして皆を率いるボスの事をアルファ個体と呼ぶ。


 ライオンが指し示した先にいたアルファは、他のモンキーよりも倍くらい背が高かった。


 でかい。

 信じられない、5メートルはある。

 縮れた毛皮は重みで垂れ下がり、静電気でもなかなか浮かび上がらないみたいだった。


 戦闘で傷を負ったのか、その片目はふさがっている。

 立ち姿に、どことなく、歴戦の風格が備わっていた。

 まちがいなく、こいつがモンキーたちのボスだ。

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