第16話 モンスターを討伐する
「かわいいねぇ」
「うん、かわいい」
「かわいい、かわいい」
とつぜん俺たちをパーティに引き入れたお姉さんたちは、ララのことをだいぶん気に入ったみたいだった。
頭をなでて、小さな女の子みたいに可愛がっている。
薬草で助けられたライオンはもとより、薬草が大好物なウサギ、薬草の品質をいまだに疑ってすんすんにおいを嗅いでいるサンショウウオも、なんだかんだで認めてはいるらしい。
みんなララの薬草籠を中心にまとわりついて、なごんでしまっていた。
ララも獣耳や尻尾をもふもふ撫でて、にこにこしている。
友達ができたのはいいことだ。
「そだそだ」
ライオンは、獣っぽい手で山の奥を指さして、言った。
「私ら、いま狩りに向かってるんだけど、一緒に来てみる?」
「何を狩るの?」
「ワイファイバーンの討伐」
「Aランク討伐対象じゃないか」
「ふぇぇ」
と、ララは変な声をもらした。
いきなりAランクの討伐に向かう、というので、驚いている。
ランクのことがしっかり分かっているんだな、いいことだ。
ワイファイバーンは空を飛ぶドラゴンだ。
体長5メートル、体重100キロ。
ドラゴンの中では小ぶりだが、特殊な電波で通信を行い、仲間同士で連携した狩りを行う。
「なんでAランクなんか狙ってるの?」
「砂漠の町がワイファイバーンの被害にあってるんだよ」
「なんとかしてーって依頼があったの」
「砂嵐を起こすし、畑も荒らしてるんだって、ひどいと思わない!?」
ウサギはぷんぷん怒っていた。
ウサギがいうと、ぜんぶ食べ物がらみの問題に聞こえる。
ワイファイバーンは魔素の消費が激しいため、パワースポットを探して世界中を飛び回っている。
さらに電波通信で世界中の仲間と情報を共有していて、そのSNSで魔素の穴場が話題になると、ミーハーな奴らが1日に数十キロもの距離を飛んで一か所に集まってくるという。
今回、話題になったパワースポットは砂漠のオアシスらしく、多いときで数百匹も集まり、どうやらその周辺にあった町がついでに被害を被ってしまった、ということだった。
依頼を受けたライオンたちも、数百匹も群れでいるとさすがに手が出せないので、山の巣に戻ったところを1匹ずつ討伐しよう、という作戦になったらしい。
薬草をもしゃもしゃ食べているウサギが言った。
「しょうしょう、ララしゃん、のうぎょうは、むしとびょう魔とのたたかい、がいじゅう駆除くらいはできにゃいと」
「なんとなーくいいことを言っているのはわかった」
たとえドラゴンだろうと、畑を荒らす以上、それは害獣だ。
畑を作る者を志すのならば、それを荒らすものとの戦いも当然、経験しなくてはならない。
ララも、同じことを考えたらしい、俺の方をじっと見た。
「討伐したら、おじさん喜ぶかな?」
「少なくとも、安心はできるはずだよ」
「やります」
むん、とやる気を見せたララ。
やる気なのはいいけど、危ないから隅っこで見ているだけにしろよ。
* * * * * * * *
獣耳メンバーは俺たちを連れ、獣耳をふるふるふるわせながら、どんどん山の奥まで登っていった。
先日から、ワイファイバーンの巣穴には目星をつけていたらしい。
先頭はライオン、するどい嗅覚で、風や土のにおいからモンスターの気配を探り当てる。
「近い、もうすぐだ」
ライオンたちは、ララや俺を置いていくような勢いで、どんどん先に進んでいった。
ララは、さっきからやる気が感じられる。
堂々と地面を踏みしめながら歩いていた。
言ったらすごくのんびりしている。
『薬草摘み(グリーナー)』はもともと機動力のないジョブだし、山道を慌てて進むのは危険なのだ。
「あ、ハスラセンニチソウ」
みんなから遅れがちだったララは、さらに珍しい薬草を見つけては、地面にしゃがみこんでせっせと採集をするのだった。
「ララ、置いてかれちゃうぞ」
「ライダーも食べて」
ハスラセンニチソウをもぐもぐ食べると、薬効で体がぽかぽか温まってきた。
ステータスを見ると、機動力が微上昇している。
どうやらスタミナを回復する薬草のようだ。
ボス戦の前にはもってこいだな。
ララは、しゃきーん、と元気を取り戻し、いきおいよく立ち上がった。
「みんな早いですね。追いつけるかしら?」
そうこうしている間にも、獣耳メンバーはさらに先に進んでいて、俺たちは彼女たちの揺れる尻尾を完全に見失ってしまっていた。
かと思うと、ちょっと山を登った先で、リーダーたちはその辺の岩のにおいをすんすん嗅いでいた。
ライオンはにおいを嗅いでいる最中に、ぶーっ、と噴き出し、お腹を抱えて笑い転げた。
「うひゃひゃひゃひゃ! 草生える!」
獣人たちは、かわるがわるその岩のにおいをかいだ。
ウサギがきゃははは、と笑って、サンショウウオもくすくす笑った。
ララもにおいを嗅いでみたけれど、なにが面白いのかわからなくて、首をかしげていた。
においで笑うって、どういう事なんだろう。
「この前、私たちがケモノモジを書いたところなんだよ」
「ケモノモジ?」
「においを使った文字、獣たちの文字」
どうやら、獣がよく使っているマーキングの習性を、獣人たちが独自の文化にまで発展させたものらしい。
通常の自分のにおいだけでなく、血、草、土の三種類の香の組み合わせで、複雑な概念をあらわすという。
「誰かが書き込みしていったっぽくてさ、このおっさん、『上位冒険者は下位冒険者のためにうんたらかんたらー』とかすっげぇ真面目に説教たれてんのに、書いてる途中でメシ食ったみたいで、においにバナナが混じりはじめて」
「獣戦士(ベルセルク)のおっさんか」
「もー、お腹いたい。この辺でバナナ取れるんだね」
「ああ、この先のくぼ地は熱帯になってるから、バナナが生えてるよ」
「おお、そっちまだ通ったことないわ、いこう!」
獣人は紙も学校も持たないけれど、旅先のいたるところにある獣人の書き込みによって、色々な知識を学ぶのだそうだ。
いままで何気なく歩いていた風景に、そんな文字が隠されているとは思わなかった。
だからおっさんはソロパーティでも寂しくないんだな。
獣耳たちは、ちょっと進んではその辺に書いてあるケモノモジのにおいを嗅いだり、自分たちで新しい書き込みをしたりしているので、けっきょくララとおなじペースで進んでいくのだった。
ララもにおいを嗅いでみていたけれど、人間にはたぶん読めない文字だろう。
「いいなぁ、私もケモノモジ、読んでみたいなぁ」
「そうだな、楽しそうだよな」
「獣戦士(ベルセルク)になったらいいのかな?」
「目標はひとつにしような、ララ」
* * * * * * * *
やがて、俺たちは山をひとつ、ふたつ越え、バナナの木が生い茂るくぼ地へとやってきた。
ライオンは、きりり、と眉をつりあげ、尻尾をふりふり振って、まじめな顔になった。
「ララちゃん、こっから先はマジ危険だから、珍しい薬草とかみつけても、拾わずにダッシュよ」
「拾わずにダッシュ、ですね」
まかせとけ、と頷くララ。
なんだか心配だけど、ララはやるときはやる子だから、大丈夫だろう。
センニチソウを口にもごもご頬張って、さらに追加分を両手にぎゅっと握って、ダッシュの準備は万端だった。
くぼ地に降りていくと、バナナの木のそこかしこに光が見える。
蛍の光のように点滅している光は、テールランプ・モンキーの尻尾の光だ。
テールランプ・モンキーは、雷属性のサルだ。
全身が真っ白いふかふかの毛におおわれていて、長い尻尾の先端がガラスでできた電球みたいになっている。
果実が好物で、バナナを食べると、ばちばちっ、とその電球の中でアーク放電して、フィラメントが白熱し、光が強くなったり弱くなったりする。
どうやら、この光で仲間とコミュニケーションをとるらしいのだが、詳しいことは分かっていない。
この世界はまだ電気技術とかが発達してないからな。
「おお、テールランプモンキー……! 体長2メートル、体重80キロ、平地での移動速度は時速30キロと心もとないが、注目すべきはその性能だ! 罠回避スキルに、運動スキル、加えて簡単な魔法なら真似して使いこなすという安心の知性! さらに尻尾のランプが周囲を照らし、木から木へと飛び移りながら、昼も夜もなく移動し続けることができる! 森で出会ったら、ぜひ乗ってみたいモンスターの一匹だ!」
「あれが乗り物に見えるんだ……」
テールランプモンキーの群れがあるところは、昼みたいに明るくなるらしい。
いまは、みんなランプの明かりが薄暗い。
微灯、といったところだろうか。
ライオンは、剣を腰に構え、他のメンバーに言った。
「モンキーは私が引き付けとくしー。適当に痛めつけたら逃げるから、みんなはその隙に道を確保しといてねー」
「ライオンさん、ひとりで大丈夫?」
「へーき。じゃあ、あとはよろしく」
こくん、と頷くメンバーたち。
このグループのいつもの連携なんだろう。
けれど、今は俺もこのメンバーの一員なんだ。
俺は手をあげた。
「俺も引き付け役をやらせてくれ。引っ掻き回すだけだったら俺も得意だ」
「そっか。じゃあライダー、ケガすんなよ?」
俺はライオンと共に、バナナの森へと入っていった。
テールランプモンキーは俺たちの気配を機敏に感じ取って、電球の光を最大限に明るくする。
「きーっ! きーっ!」
びかーっと、光が頭上から降り注いできた。
まぶしすぎて目が明けていられない。
さらに、きーきーと鳴き声をあげて、あたりを飛び回っていた。
「遅いっ!」
俺がようやく光に目が慣れる頃、ライオンは、樹上まで飛び上がって、テールランプモンキーを次々と切り倒していた。
強い、強い。本当に強い。
見てばかりではいられない、俺は騎乗するために、適当な一匹を見繕った。
「よしきた! ラァァァァイド・オーン!」
俺はようやく木からころげ落ちた一匹を捕まえ、背中にまたがった。
がしゃん! とハーネスが体に巻き付けられ、背中にリュックサックのような鞍(くら)が装着される。
俺はそれにまたがろうとするが、どうやら大けがをしていて、足を引きずっているのが見て取れた。
「ああ、これじゃ無理だよな……ん?」
ふと、地面を見ると、薬草が一束落ちていた。
たぶん回復系の薬草だ。
ララの薬草籠に入っていたのを見たことがある。
きっと走っているうちに落としていったんだろう。
「よし、これ食え。さあ、元気出せ」
テールランプモンキーに、もしゃもしゃと薬草を食べさせた。
乗り物さえ手に入れれば、引っ掻き回し役は『騎兵(ライダー)』の得意分野だ。
あとは適当に時間を稼げばいい。
ふと、地面をよく見ると、薬草は、点々、と先の道へと続いている。
どうやら、走っている間も『自動採集』が発動しつづけるから、ララの薬草籠から薬草があふれて、行く先々にぽとぽと落ちているらしかった。
ララは、ウサギたちと一緒に、一生懸命ダッシュしている。
薬草を落としているのにも、まるで気づいていなかった。
もったいない、とかそういう次元の問題ではなかった。
傷つき、倒されたモンキーたちが、地べたを這いずり回って、その薬草を必死でつかみ、もしゃもしゃ、と食べ始めた。
「あ、やば」
モンキーたちは目をびかっと光らせ、「ぐもおおお!」と言って立ち上がり、その身長は2倍くらいに膨らんで見えた。
モンキーたちはレベルアップした。
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