第15話 ヘッドハンティングされる

 獣戦士のおっさんにもらったビニールラットの皮は、とりあえずララの畑に埋めておいた。

 またアルケミストが戻ってきたときに合成してもらいたい。

 今は持って帰ってもかさばるだけだ。


 おかげで、帰りは身軽になった。

 ヤギに乗って、のんびり山から下っていると、道端に倒れている人の姿を見かけた。


 立派な剣と鎧を身に着けたまま、草むらにばったり大の字に寝そべっている。

 ちょっと見ると、行き倒れている冒険者のようにも見えた。

 けれど、お尻からはひょろ長い尻尾を生やしていて、頭には金色の獣耳も見えるる。


「『獣戦士(ベルセルク)』の人です?」


「いや、ちょっと違うかな。リッカチオっぽい」


「リッカチオ?」


 半獣人族のなかでも、ライオン系の民族のことだ。

 南国ハスラは、豊富な資源もなければ、文化も未発達だけど、とにかくいろんな動物や生き物が生息している。


「大丈夫か、おーい」


 うーん、うーん、と唸っている冒険者に近づき、背中を棒でつついて揺さぶってみる。

 手で不用意に触ると、憑依系のモンスターがくっついていた場合、ミイラ取りがミイラになる可能性も考えられた。


 ヤギも近づいてきて、心配そうに覗いている。

 と思ったら、尻尾をもしゃもしゃ食べはじめた。

 ララにちょっと向こうに連れて行ってくれるようにお願いした。

 けれど、ララが全体重をかけて引っ張っても、ヤギはびくともしない。


「ヤギさん、ダメよ。向こうに行きましょう。めー、めー」


 ララは、ヤギ語と薬草をつかってヤギを誘導するという奇策に出て、なんとかヤギを冒険者から引き離すことに成功した。

 その辺の木に手綱をくくりつけて、俺に向かってぐっとガッツポーズをしてくる。

 俺は、ララに向かってびしっと敬礼した。


 ともかく、冒険者だ。

 意識はあるみたいだが、とにかく顔色が良くない。


 ステータスを鑑定してみる。


 名前:ライオン

 職業:軽戦士 ランク7

 種族:リッカチオ

 状態:毒


 とりあえず毒らしいことは分かったけれど、商人のスキルで鑑定できるのはここまでだ。

 食中毒からヘビ毒から色々あるけれど、医療系ジョブじゃないと区別がつかない。


「どうしたの? なんかの状態異常くらったの?」


「わ、わかんねぇし……頭ガンガンしてとにかく最悪だし」


「ひととおり食べてみたらわかるか。ほら、たべてみてよ」


「た、たべる……?」


 俺は、ララを呼び寄せて、薬草籠からありったけの薬草を取り出した。

 体力回復のオトギリソウに、毒消しのキンポウゲ、麻痺なおしのショウブ。

 もちろん、すべて最高薬草。通常の回復効果の数倍だ。

 何種類もの薬草をあげると、冒険者は、がつがつと勢いよく食べた。


 巨大な肉球つきの手で、もりもりと薬草を掴んでは口に放り込んでいく。

 おお、いい喰いっぷりだ。

 この勢いだったら、帰りに俺の食べる分がなくなるかもしれない。

 できたら俺の分も食べてくれないかな。


「ほらほら、もっと食べて」


「大丈夫だし、なんかもう治ったっつーか」


「いやいや、これ処分品だから。できたら全部食べて」


「処分品って? ちゅーか、私は草にがてっしょ。もーむり」


 リッカチオの冒険者は、あぐらをかいてお腹をさすっていた。

 銀の繭みたいなヘルメットをかぶっているけれど、よく見ると女の子っぽかった。

 肌は浅黒く、金色の獣耳に、ひょろ長い尻尾。

 種族はやっぱりハーフライオンといった感じだ。


 半獣人族の中でも、ライオン系の部族は戦闘力が高くて、骨折も自力で治してしまうほどの自然治癒能力を持っている。

 毒も効かなければ、薬も効きにくい。

 つまり、普段から薬草の世話になったことがないんだ。

 ララの薬草を食べたにしては、回復効果もあんまりなさそうだった。


「リーダー! 大丈夫か!」


「カメレオンシャーマンを連れてきたよ!」


 さらに仲間と思しき、獣耳を持った冒険者たちが、2人ほどやってきた。

 ひとりは、サンショウウオのひれみたいなのが顔の横から生えて、ぷるぷるしているマーマン系冒険者。

 それと、ウサギの耳みたいなのがふよふよ触覚みたいに波打っている、ウサギ系冒険者だ。


 どうやら、半獣人族のパーティらしい。

 2人して、カメレオンの頭をもった呪術師の腕を引っ張っている。

 俺は、びっくりした。


「か、カメレオンシャーマン!」


「知ってるの? ライダー」


「ああ……冒険者ギルドには、伝説があるんだ……」


 南国ハスラには、冒険者たちがピンチの時に、どこからともなく現れては、呪術を使って助け、そしてどこへともなく姿を消してしまう、謎の呪術師がいるという。

 それが、カメレオンシャーマン。

 おそらく、半獣人族の部族のひとつだろう、とは噂されていたのだが。


 まさか、半獣人族はその嗅覚で、カメレオンシャーマンの居場所を突き止めたというのか。

 いや、案外見えていないのは、人間だけなのかもしれない。

 見えていないけど、ちょっと歩いたら、すぐそこにいるような存在なのかもしれない。


「乗ってみたいの? ライダー」


 ララにもわかるぐらい、俺はわかりやすい表情をしていたみたいだ。

 ほころんでいた口元をひきしめる。


 カメレオンシャーマンの性別はわからないけれど、冒険者はみんな女の子っぽかった。

 女の子だけで構成された冒険者パーティはけっこう多い。


 ライオンは、ひらひら、と手を振った。


「カメレオンはもういーし、私は治ったっちゅーか」


「リーダー、もう治ったの?」


「あらら? その子たち誰?」


「薬草屋さんっぽいよー。在庫処分したいから食えって、いろいろくれた」


「……安全なんですか? それ」


「知らんよー」


 サンショウウオの方は、うさん臭そうに眉をひそめていた。

 品質が大丈夫かどうか気になっているのだろう。

 サンショウウオ系の部族はきれいな水にしか住めないので、危険にかなり敏感なのだ。


 ライオンが両手に薬草を抱えて困っていると、ウサギは、ぴーん、と耳を立てて、うずうずし始めた。


「や、薬草たべほうだいサービスですかぁ!? 本当!? 本当に食べていいのぉ!?」


「実は俺たち、薬草屋じゃなくて、冒険者なんだけど」


「けど、薬草食べ放題なんでしょぉ!? いっぱい持ってるんでしょぉ!? いいなー! いいなー!」


「た、食べてもいいけど……いたた、掴まないで」


 ウサギ系は、一度テンションが上がると上がりっぱなしになる。

 おおよそスタミナ切れというものと無縁で、MPも底なしだ。ひとつのスキルを覚えたら無尽蔵に使い続けるという。


 俺は、『薬草摘み(グリーナー)』のララが無尽蔵に薬草を摘んでしまうので、食べながら歩かないといけない事を話した。

 ララは将来『農術師(ファーマー)』になるために、冒険して資金を集めている途中なのだ。


 みんな薬草をぽりぽり食べながら話を聞いていた。

 とくにウサギは3倍速ぐらいのスピードでぽりぽり食べていた。

 カメレオンの呪術師も薬草処理に付き合わされていて、もしゃもしゃ薬草を食べながら、神妙に話を聞いていた。

 それを聞いたライオンのリーダーは、うん、と頷いた。


「ちょうど良かったっつーか、私たちのパーティ、採集スキル持った奴がいないし」


「てことは、討伐専門のパーティだったの?」


「どっちかというと、財宝探し(トレジャーハンター)」


「財宝? どんなジョブなんですか?」


 その名の通り、遺跡やダンジョンを探索し、財宝を手に入れる職業だ。

 南国ハスラは半分近くが広大な砂漠で、天然資源がほとんど手に入らない。

 なので、素材収集の代わりに財宝探しというジョブが発達したんだ。


「リーダーは戦士、サンショウウオは斥候(スカウト)、ウサギは弓兵(アーチャー)」


「前衛と中衛しかいないの? とんがった構成だなー」


「ヤバくなったら逃げるだけだし」


「いままで、毒とかくらってたらどうしてたの?」


「回復するまで待ってたっちゅーし。ちゅーか、私が毒くらったぐらいで倒れたことなかったっしょ?」


 うんうん、と頷く、ライオンたちのメンバー。

 確かに、生得スキルの豊富な半獣人族には、複雑なパーティ構成は必要ないのかもしれない。


「ライオンは、ハスラ南部じゃ、敵なしだったんだけどねぇ」


「山に来たら急に倒れちゃったの。どうしたんだろうねぇ」


「ねぇ」


 カメレオンの呪術師が、腕を組んで言った。


「おそらく、食中毒ではないでしょうか……」


「食中毒なの?」


「はい、ここは砂漠よりも湿度が高いため、雑菌が発生しやすいんです……くわえて、砂漠から来た人たちは水の代わりに砂で食器や手を洗う習慣があるため、肉食獣系のリッカチオはよくお腹を壊すと聞きます……」


「おー! 砂で洗ってたわ! あれやばかったのか!」


「さすがカメレオン!」


「さすカメー!」


 カメレオンの呪術師の背中をバンバン叩くライオンたち。

 このカメレオンは普通に俺たちに馴染んでいるけど、ただの通りすがりなんだよな。

 みんな半獣人族だから違和感がまったく働かなかった。


「ちゅーわけでさ、うちら、そろそろ後衛が欲しいわけよ」


 ライオンのリーダーは、ララに向かって、ぱんっ、と両手をあわせて、拝むように言った。


「ララちゃん、うちらのパーティに入らね?」


 思わぬところから、ヘッドハンティングの誘いがかけられた。

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