第14話 討伐クエストのあと
アルケミストのいる魔法学園は、王都の南側にあった。
大きな時計塔がシンボルで、学生たちは魔法使いっぽいローブを身に着け、日夜ここで魔法スキルの研鑽をしている。
俺が朝方行ったときには、みんなが船の話でもちきりだった。どうやら空を飛ぶ実験をしているらしく、ここ10年の科学の進歩の早さには感慨深いものがあった。
時計塔の西側にある校舎が『錬金術師(アルケミスト)』の棟だ。
地面や壁のいたるところに幾何学図形が書いてあって、みんな難しい本や研究器具とにらみ合っている。
ビーカーで何かの薬品を合成しているアルケミストに声をかけると、彼はぱあっと顔を明るくした。
「いく!」
「今からだけど、大丈夫か?」
「そんなの、予定があったって空けるに決まってるだろー!」
アルケミストをパーティーに誘うと、彼は大はしゃぎしていた。
よっぽどララといられるのが嬉しいみたいだ。
わかりやすい奴。
だが、研究室にぬっとあらわれた影に、彼の表情は一気に青ざめた。
いつかの冒険者リーダーと、女剣士だ。
「おい、アルケミスト、今日の午後から飛行実験に行くぞ。教授を護衛するからお前も付き合え」
「ええーっ!! ひ、飛行実験ですか!?」
「なんだお前、ずっと実験に参加したがってたんじゃなかったのか?」
「いや、確かに参加させてほしいとは言ってたけど、こんなタイミングで……!」
ぐぬぬ、と俺とリーダーを見比べていたアルケミスト。
間の悪い奴だ。
せっかく俺がララとのデートをお膳立てしてやろうと思ったのに。
俺は、ぽん、とその肩をたたいてやった。
「なにか知らないけど、めったにできない事だったら、行って来いよ。俺たちはいつでもいるから」
「わかったよ、ライダー……」
アルケミストは、がっくりと肩を落とした。
* * * * * * * *
俺はララの入学資金を集める一方、ララを幸せにしてくれる男を探すことを積極的に初めていた。
周りにけっこういい男はいるのだけど、ララとの関係がいっこうに進展しない。
今日も俺とべっとりで、これで大丈夫なのか先行き不安だった。
はたして、彼女を幸せにできる男はいつ現れるのか。
とりあえず、今日は新しいクエストの受注をしないことにした。
俺とララは、昨日訪れた山頂の湖を目指して、のんびり歩いていた。
ララが移植した薬草畑がどうなったかを確認しておきたい。
俺がしとめたビニール・ラットも、じつは毛皮を採集しきれなかったので、尻尾だけ取ってそのまま置いてきてしまっていた。
採った毛皮のことは、アルケミストをあてにしていたのだが、彼は今日からしばらく王都からいなくなる。
他に素材をアイテムにかえてくれる職人のあてはないので、素材のまま市場に卸さないといけない。安いうえにけっこうな労働だが、仕方なかった。
ララは、また農家のおじさんのところに遊びに行って、大量のカブとクッキーをもらってきた。
また胃にもたれるものを。
太っても知らないぞ。
「ララ、もらってばっかりじゃダメだぞ。こっちからも何かあげないと」
「はい、薬草をあげてきました」
「なんだ、薬草と交換したのか」
「はい!」
元気に返事をするララ。
ララは、街を歩いているうちに自動で薬草を採集してしまうので、実質タダでもらったも同然だった。
なんて便利なスキルだろう。
ララの薬草はそのまま使っても役に立つし、売っても高価だから、おじさんも喜んでいたはずだ。
クッキーはおまけでくれた。
砂糖は使っていないけれど、おイモで甘みがつけてあって、素朴な味わいだった。
「山でも薬草を色んなものと交換してたんだろ?」
「はい、ヒツジの肉に、織物に、折り畳み式テントに、櫛に……」
ひょっとすると、冒険者としてクエストを受けるよりも、商売した方がいいんじゃないだろうか。
俺も冒険の途中で薬草摘みに会ったら、薬草とアイテムをトレードしていた記憶があるし、他の冒険者たちにとってもありがたいはずだ。
ララのひろった薬草をいろんな人たちとトレードすれば、もっと手早く資金がためられるかもしれない。
山の途中で、またハスラオトギリソウの畑があったので、間引きし、もぐもぐ食べながら歩いていく。
「あ、ヤギ」
この前つかまえたでっかいヤギが、未知の真ん中でうろうろしていた。
せっかくだったので、もう一度捕まえて、ヤギの背に乗って山を登ることにした。
今日もまた素材を運ぶのを手伝ってもらうことになるかもしれないし、薬草籠からあふれてくる薬草を食ってくれるメンバーも必要だ。
ヤギにも薬草をもぐもぐ食べさせて、自分たちでも食べて、相変わらず口が忙しい道のりとなった。
「めー」
ララは、相変わらずヤギと会話を試みていた。
ヤギは薬草を食べるのに忙しくて、返事をしてくれなかった。
「めー、めー」
しかし、ララは懲りない。
返事をしてくれるまで話しかけ続けている。
見ていて飽きない。
「どうどう、ちょっと待って」
ヤギに乗って進んでいくと、向かいから人が歩いてくるのを見つけた。
この前、Cランクの討伐クエストをにらんでいたおっさんだった。
「あのおじさん、毛皮着てるわ」
「『獣戦士(ベルセルク)』の鎧だよ」
戦士系ジョブ『獣戦士(ベルセルク)』。
俺みたいな騎士系が、それぞれの専門武器を扱うことに特化した戦闘職なら。
戦士系は、それぞれに固有な戦闘スキルを発達させた職業の系統だ。
中でも『獣戦士(ベルセルク)』は、モンスターのスキルを模倣する技能を発達させてきた。
おっさんは、ハスラサンリクオオカミの毛皮を被っていた。
だったら、そのスキルも模倣できるはず。
きっと風みたいに山から山へと飛べるはずだ。
あのでっかい風体で。
キラキラの鎖を鎧にじゃらじゃら巻き付けているのは、きっと飛んで行ってしまわないよう、錘(おもり)にしているのだろう。
「おっさん、いま山から戻ってきたところ?」
「なんだ? ライダーの小僧か」
『獣戦士(ベルセルク)』は、狩人と戦士をマスターした上位職なので、モンスターから素材を収集するのもお手の物だ。
ソロでモンスターを退治しながら、採集もしっかりできてしまう。
自宅警備員の神も推していたジョブであった。
「カブと何か交換してくれる?」
「カブ?」
「これから素材を採集しにいく予定なんだけど、アイテムがいっぱいなんだ」
カブは美味しいけれど、これから冒険なんだから薬草の方をたくさん持っておくべきだろう。
ヤギの歩行スピードにあわせて食べていたら、胃が持たない。
いざという時にお腹が張って、薬草が食べられなくなったら問題だ。
農家のおっさんに貰ったカブを差し出すと、おっさんはしげしげと観察していた。
「カブか……」
俺も商人の息子だったので、相手の必要なものはけっこうわかる。
おっさんは、一日がかりで討伐から帰ってきたばかりで、きっと疲れてくたくただ。
ここでカブをもらっておけば、市場に食材を買い出しに行く手間が省ける。
ちょうどモンスターの肉を背負っているし、今夜の献立を考えているのだろう。
おっさんは、でっかい麻袋を俺に渡してくれた。
広げてみると、中にはビニール・ラットの毛皮が大量に入っていた。
「あれ、肉じゃないの?」
「この先の湖に大量に溺れていたから、皮をはいでおいた」
「えっ、あれ取っちゃったんですか?」
「置いといたらそのうち消滅するからな。なんだ、お前がたおしたのか?」
「ああ……はい、俺がたおしました」
まさか、他の冒険者に取られているとは思わなかった。
そういえば、魔素の強い場所だと、倒されたモンスターも消滅してしまうんだった。
俺ががっかりしていると、おっさんは口の端を吊り上げて笑った。
「なにをくよくよしている。お前がなした仕事はCランク相当だ、もっと胸をはれ」
「おっさん」
「いいかライダー? 大人の冒険者は、自分より下位ランクの冒険者のために小さなモンスターや素材を残しておくもんだ。お前がこの土地でCランクモンスターを討伐したら、Dランクが活動できるようになるだろう?」
おっさんが言うCランクは、ボスモンスターの討伐ぐらい危険なクエストを受け持つ冒険者だった。
AランクはBランクが活動できるように、世界を変えていく。
BランクはCランクが活動できるように、ボスモンスターと戦う。
CランクはDランクが活動できるように、危難を取り除いていく。
DランクはEランクが活動できるように、秩序と均衡を保つ。
EランクはFランクが活動できるように、雑魚モンスターを駆除する。
「最後にFランクの冒険者は、冒険者じゃない一般人でも活動できるようにする。そうしたら、ここはもう完全に平和な土地だ。モンスターも出てこないし、冒険はない。家だって建てられるし、畑だって作られる。俺たち冒険者は、最後には不要になるんだ」
などと言って、カブとネズミの皮を交換してくれた。
……いや、俺は肉が欲しかっただけだけど。
まあ、俺にできない採集作業をやってくれただけありがたいか。
「採集が苦手だったら、得意な奴に任せて、市場に卸されるのを待ってればいい。冒険者はそうやって助け合うものだぞ」
おっさんは、ララの頭をわしわし、と撫でると、カブを背嚢に背負って下山していった。
ララは、どうやらおっさんに何か感じ入るところがあったみたいだ、じっと背中を見送っていた。
スケールの大きな人だよな。
「ライダー、あの人、仲間になってくれるかな?」
「おっさんがやりたいのはCランクの討伐クエストだから、俺たちと一緒には無理だよ、ララ」
「ダメなの?」
「うん、俺たちのしたいことがバス釣りなら、おっさんがしたいことはマグロ漁だ」
おっさんはモンスター1匹につき金貨10枚、50万円相当の討伐をするのだ。
薬草とかネズミなんて雑魚は、必要なぶん以外は平気でリリースしてしまう。
俺もおっさんと同じCランクのはずなんだけどな。
* * * * * * * *
そうして、俺たちが湖にやってくると、ララが昨日植えた薬草は一晩で増え、あたり一面に咲き誇っていた。
荒れ地になっていた森の中は、みずみずしい草木で覆われ、陽光に逆らうように、魔法の燐光を放っている。
対して、湖に漬けてあったネズミは、みんなどこかに消えてしまっていた。
新しいモンスターが集まってきても困るところだったし、ちょうど良かったかもしれない。
ララは、薬草畑にちょこん、と座り込んで、カブをじっと見ていた。
「カブは増えてないわ」
「野菜だからな」
「野菜は増えないの?」
「魔素が利用できない植物は、ひと晩じゃ育たないんだよ」
「美味しいのに」
カブをつついて、しょんぼりしていた。
どうやら、増やすつもりだったのか。
野菜と薬草のちょっと違うところだ。
俺は、湖の周囲を見渡してみた。
平和だった。
俺はいままで、自分がクエストをこなして平和にした土地を、こうやってじっくり見たことがなかった。
そこに冒険はなかった。
土地を平和にしたんだから、当たり前だ、冒険者は不要になる。
けれど、たとえこの世界から冒険がなくなったとしても、俺にはまだやるべき事があった。
「はやく『農術師(ファーマー)』になって、カブの増やし方を勉強しないとな」
「はい、ライダー」
「そうだ、帰りに農家のおっさんのところに行こう。そしたら種をもらおう。ここで何か、美味しい野菜を育ててみたらいいんじゃないか」
「はい! ライダー!」
ララは、元気よく返事すると、俺の手を握った。
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