第13話 反省会を開く
とにかく、俺とララのパーティは、無事に最初のクエストを完了させた。
ララはなんだかよく分かっていないみたいだったが、お姉さんが褒めてくれていたので喜んでいた。
せっかくなので、その日は例の銀貨2枚の宿屋の食堂で、ララと美味しいものを食べることにした。
おひとり様、銅貨5枚分の豪勢なディナーだ。
王都でも名のある『調理師(コック)』が作っているらしい。
生産系の中でもなかなか人気のある職業だ。
ララは、脂ののったヒツジ肉のソテーを食べて、目をまんまるくしていた。
「おいしい」
「山と食べているヒツジの肉とどう違う?」
「柔らかいし、甘い。ぜんぜん違うわ」
「薬草だけを食べさせて育てた薬草ヒツジらしい」
「へぇー」
こうした工夫によって、ヒツジを品種改良してきたのは、他ならぬ『農術師(ファーマー)』という職業だったりする。
まさに、この世界を構築していると言っても過言ではない。
「ところで、ララはどのくらいお金を貯める予定なの?」
「銅貨1000枚です」
「金貨だと10枚か。だいたい50万円……公立大学の一期分の受講料がそのくらいか」
「だいがくってなんです?」
転職には、6ヶ月におよぶ訓練と儀式をしなくてはならないらしい。
儀式費用とその間の寮での生活費込みで金貨10枚だそうなので、だいぶん良心的である。
ただ、専門職など上位職への転職となると、倍以上のお金がかかるし、最低でも1年はかけなくてはならないという。
「じゃあ、俺も今回のクエスト報酬をあげるから、それを使ってくれ」
「いいの? たくさん銅貨がもらえたから、足りていると思うけど」
「なんだ、もうお金の計算ができるのか」
今回の報酬は、高難易度のクエスト報酬以外にも、クエストにはなかったけれど、貴重な素材を卸したおかげで、銅貨2050枚となった。
普通はFランクが稼げる額ではない。『自動採集』が有能すぎる。
俺のクエスト達成報酬と合わせる予定だったが、もう転職に必要な資金なら十分にそろっている。
「じゃあララ、転職したらまず何がしたいの?」
「妹たちに麦の育て方を教えて、『羊飼い(シェパード)』の弟たちにも、薬草ヒツジを育てる技術を教えたいわ。けど、まずは大きな農場を作らないと。オオカミが来たら追い払ってくれる賢いイヌも欲しいし」
「ララ、落ち着け」
俺は、ララの額に、ぴしっとデコピンをした。
ララは額を押さえて、痛がっていた。
「ララ、『農術師(ファーマー)』になったら、まず必要なものがあるだろ。クワとか鎌とか種とか荷車とか。必要な設備を一式買い揃えなきゃならない。農家のおっさんにそれがどのくらいで手に入るか、聞いてみたか?」
「あう……聞いてません」
勉強していたのかと思ったら、お手伝いしていただけだった。
まあ、ララがその辺の事までしっかり考えているとは思わない。
「それに、転職してすぐは収入がないからな。まず農場を作って、それから畑を作って、ここの農法がちがう土地で通用するか誰にもわからないんだから、出だしから不作なんてこともしょっちゅうだ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
外国で日本式農業をはじめようとした人が苦労した話はけっこう聞いてる。
まともに収穫できるようになるのに、最低でも2、3年はかかるだろう。
数年分は無収入で生活できる貯金もしておく必要がある。
そして、万が一のために、もう一度『薬草摘み(グリーナー)』に戻るための資金も用意しておくべきだ。
ララが『無形文化遺産』に戻って、今の能力を取り戻せば、きっと何があっても乗り越えられるだろう。
そう考えたら、銅貨2050枚などでは、まったく足りない。
俺の報酬とあわせても、金貨50枚。
転職費用を引いたら、残りは金貨40枚、200万円だ。
ララは、まだ額が痛むのか、目に涙を浮かべていた。
「ライダー、あなたお父さんみたいですね?」
きっと族長のことだろう。
ペグチェの中で、族長だけはララに厳しくできるのだ。
「お前も俺の娘みたいだよ、ララ」
* * * * * * * *
そして、翌日。
翌日も、ララは俺より早起きして、冒険者ギルドにやってきていた。
俺がギルドにたどり着いたときには、ララは、ふたたび冒険者ギルドの掲示板をじっと見つめていた。
こんどはなにやら、胸にチラシを抱えて、掲示板のフリースペースを見つめている。
そして、ぺたぺた、と自分で紙をはっていた。
俺がその紙を覗いてみると、そこには綺麗な字でこう書いてあった。
◆仲間になってくれる人、募集します。
ララとライダー
どうやら、パーティメンバーを募集するチラシを作ったみたいだ。
パーティの名前はまだ決まっていないから、書かなくても仕方ない。
けれど、いささか問題があった。
「ララ、これだけじゃ誰も来てくれないだろ」
「あっ、ライダー。おはよう!」
にこっと挨拶をしてくるララ。
相変わらず律義な子なのだった。
「おはよう。メンバーを集めることにしたのか?」
「うん、お姉さんに、大勢でパーティを組んだら、もっとたくさんのクエストができて、もっと早く資金が集められるって聞いたの」
「お姉さん、相変わらずお前に激甘だな……そうだな」
俺はペンを取り出して、そこに募集条件を書き足していった。
とりあえず、これぐらいの条件は前もって知らせておく必要があるだろう。
・E~Fランクのクエストで、主に素材を採集する仲間を募集しています。
・必要スキル、採集系スキル(薬草摘み以外なら歓迎します)
・レベル、ランク、不問
俺もララも戦闘は苦手だ。
積極的には戦闘しないつもりなので、新しい仲間は採集系スキルさえ持っていてくれれば十分だろう。
薬草採集はララに一任しておけば確実だろうので、必要ない。
いままで俺とララが取りこぼしてしまっていた素材。
モンスターから素材を採集する狩人。
鉱石から素材を採集する鉱夫。
木から素材を採集する木こり。
来て欲しいのは、このあたりか。
さらに、少し考えて、次の条件も書き加えた。
・活動期間、今年の夏の終わりまで
「夏の終わりまでですか?」
「ああ、夏の終わりまでだ。秋からだったらララも勉強しやすいだろう」
ララの転職資金を集めるのが目的だからな。
結局どのくらいの資金が必要になるかはわからないが、薬草採集のピークは夏至の前後なので、それ以降になると、収穫がちょっと落ち込むはずだ。
なので、夏の終わりまで、とはっきり区切っておいた方がいいだろう。
資金は多ければ多いに越したことはないが、そこにばかり時間をかけてはならない。
真似っこの大好きなララは、俺の真似をして、そこにさらに条件を書き足した。
・たくさん食べられる人
俺はそれを見て、ああ、たしかにそうだった、と思って、さらに条件を書き足した。
・朝から晩まで薬草ばっかり食べていても問題ない人
・とにかく胃が丈夫な人
・薬草だったらいくらでも食べられる人
「ウシか?」
と思って、苦笑いした。
けれど、まあ、このメンバーには必須な能力に違いなかった。
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