第12話 報酬を受け取る

 俺は巨大ヤギの背中にララと麻袋を乗せて、ゆっくり山を降りて行った。


 ぼろぼろになった森から普通の森にかわり、ララが間引きをした薬草畑を通り、農道まで山一つ手前、というところまで来て、ヤギの歩みがぴたりと止まった。


「めぇ~」


 ララは、止まったヤギに向かって、ヤギ語で話しかけようと試みていた。


「めぇ~、めぇ~」


「……」


 ヤギは、返事をしてくれなかった。

 ずっと立ち止まったままだ。

 ララはヤギに聞くのを諦めたのか、今度は俺に聞いてきた。


「ヤギさん、どうしたの?」


「ここから先は魔素が少ないから、怖がってるんだよ」


 人間は気にならない程度の変化だったが、モンスターにとっては、海から丘にあがるようなものだ。

 よっぽど追い詰められていないと、人里まで降りてこない。


 俺はヤギにかけた『騎乗(ライド・オン)』を解除して、背中の鞍を消してやった。

 ヤギはぶるる、と首を振って、自分からどこかに消えていった。

 さて、ここからどうやって荷物を運ぼう。


「農家のおじさんに聞いてみようか。街に行く用事かなにかがあったら、ついでに運んでもらえるかもしれない」


「わかったわ。おじさーん!」


 ララは、ててて、と農家の一軒家に駆け寄っていった。

 やがて、ててててて、と戻ってきたララは、両手にいっぱいカブを持っていた。


 無限にカブをくれるのかな、ここの人は。




 ちょうどおじさんは西区に野菜を売りに行くところだったらしく、東区の手前までだったら運んで行ってくれるという。


 がらがら、とおじさんの荷馬車に揺られている間も、ララの籠の中に薬草がどんどんたまっていった。

 俺とララはもくもくと薬草を食べ続けていた。


「そうだ、ララの受けたクエスト、薬草採集だったよな」


「はい」


「目的のはちゃんと持ってきた?」


 ララは、ふるふる、と首を振った。


「どうして、たくさんあっただろ?」


「これからまだまだ強くなるから、置いてきたわ」


「強くても弱くても、受け取れる報酬は変わらないよ」


「今日は畑を広げられたから、それでいいの。また明日も広げにいくわ。オトギリソウのピークは夏至の前後よ」


 のんびりしていると思ったけれど、どうやらそうではない。

 ララはプロ意識が高いのだ。

 目先のクエストのことよりも、薬草畑を拡大することを優先する。

 神の山を生きる『薬草摘み(グリーナー)』は、他の冒険者とはひと味違うのだった。




 農家のおじさんには、大通りの交差点でおろしてもらった。

 いくつもの袋に小分けした収穫を、よいしょ、よいしょ、と地面におろす。


「こっからどうするんだい」


「行きつけの馬貸家があるんで」


「若いのにしっかりしてるね」


 まあ、中身はたいして若くないけど。

 俺は馬貸家で荷車と馬を借りることにした。


 馬は維持管理がすごく大変なので、都会の貸し馬屋はけっこう利用客が多かった。

 田舎だと、ふつう馬を借りる料金は、銀貨30枚から40枚。

 ほとんどが保険のためのお金で、実質レンタル料は銀貨1枚ぐらいになる。

 馬を返すと、余分に払った銀貨を戻してくれる。

 一般的なレンタカーの料金と同じくらいで、だいたい5000円だった。


 ただ、毎回銀貨30枚も40枚も支払っていられない。

 俺は小さい頃から近所の貸し馬屋を利用していたけれど、こんな大金をいちいち持ち歩けないので、特別にこの手続きを簡略化することを提案した。

 馬を返したとき、銀貨かもしくは馬のインゴットを受け取るかを選べるのだ。

 次に同じ貸し馬屋で馬を借りるときに、このインゴットと銀貨1枚を渡せばいい。


 この仕組みは貸し馬屋が気に入ったみたいで、あとで商人ギルドが主体になって、いろんな貸し馬屋で使える共通インゴットを作るようになったので、だいぶん使い勝手がよくなった。


 とにかく馬の背に荷物を載せる。

 普通の馬なら潰れてしまうような荷物でも、問題なく運べる。

『騎兵(ライダー)』の基本能力のおかげで、馬の身体能力が倍増するからだ。


 冒険者ギルドの手前にたどり着いた。

 とりあえず馬車から麻袋をおろして、ひとつひとつ担いでいく。

 ララも小さい麻袋をもって、運ぶのを手伝ってくれた。


「ララ、ちょっとドア開けて」


 俺がちょっと、と頼んだのにも関わらず、ララは、ばーん、と盛大にドアを開けた。


「たのもー!」


 ごつい顔の冒険者さんたちが、ぎょっとしたようにこっちを見ていた。

 俺もちょっと引いた。

 ララは怖いもの知らずで、肩で風を切るように彼らの間をまっすぐ進んでいった。

 冒険者たちの視線を一身に集めてドヤ顔である。なんて新人だ。


 受付けのお姉さんに声をかけて、お姉さんが誰もいない方を向くところまで昨日と同じやりとりだった。


「あら、ララちゃん!」


「お姉さん、こんにちは!」


「まって、服にいっぱいひっつき虫がついてるわ」


 などと言って、お姉さんはわざわざカウンターから出てきて、ララの服についたひっつき虫を取ってあげていた。

 俺が最初の薬草採集のクエストをしてきたときは、まるで汚いイヌでも見るような目だったのにな。


「薬草、採ってきたの?」


「ううん、今日はいいのが採れなかった」


「あらまあ、残念ね。だいじょうぶ、そんな日もあるわよ」


 お姉さんは、ララの頭を撫でて慰めてあげていた。

 まさか、ララが最高品質の薬草を採るのにこだわっていたり、薬草畑を育てるために山頂に移植してきたりしていたとは、お姉さんは夢にも思わないだろう。


「あ、お姉さん、俺の討伐クエストは完了したんですけど……確認してくれます?」


 俺が麻袋を台に置くと、お姉さんはちっと舌打ちをした。

 あからさまに面倒くさそうな顔だった。


「ライダー、あなた一体何やってたの。ララちゃんの薬草くらいいっしょに探してあげなさいよ?」


「俺みたいな素人が手を出してもどうにもなりませんって。薬草の種類も見分けられないのに」


 やがてギルドの職員さんたちが集まってきて、麻袋は鑑定室にまわされることになった。

 ビニール・ラットの尻尾が、長さを図るための目盛りの書かれた床に、一本一本ならべられていく。


 100本並べ終わったら、上からぱしゃっと写真をとって、桶に放り投げられる。


 その作業を10回繰り返す。

 当初の予定の10倍、ちょうど1000本もってきた。


 鑑定係のおじさんに鑑定書を書いてもらって、さっきの受付けまでもっていく。

 受付けのお姉さんは、義務的に資料を眺めて、はぁ、とため息をついた。


「銅貨3000枚ね……まったく、あんたみたいに荒稼ぎしていくのがいるから、うちのギルドはいつまでも経営難なのよ」


「どうして支払いの上限とか決めなかったんですか?」


「ラットを何匹狩ればいいかなんてわからないのに無理でしょ。はいはい、コングラチュレーション」


 どんっ! と依頼書にハンコを押して、クエスト完了の証書を俺に渡してくれた。


「冒険者ギルドの主な収入源は素材なのよ。この前のがけ崩れのおかげで、物資の値段が上がっちゃったし、ちょっと報酬に色を付けてでも採集が再開できるようにしてもらわないと……。あ、そうだ。ビニール・ラットの皮があると助かるんだけど、どのくらい持ってきた?」


「あ、俺は皮はぐの下手なんで、自分用のしか取ってきてないです。10枚なら」


「ちょっと、なんで尻尾1000本持ってきて、皮が10枚ぽっちなのよ」


「素材採集はララにまかせっきりにしてますから」


「はー、もったいない。Eランクの依頼料なんてたかが知れてるんだから、素材回収で稼がないとこの先やっていけないわよ?」


 そういえば、俺とララの2人、というメンバーは、なんともちぐはぐだった。


 理想のパーティというものは、戦闘スキルをもったメンバーが討伐クエストをこなして、採集スキルを持ったメンバーが採集クエストもこなす、というものだ。


 もし、俺のスキルを活かすのなら、薬草採集クエストのためだけに、ララをずーっと遠くに連れていくぐらいしかできなさそうだ。


 楽しそうだけど、そんなのんびりした冒険者パーティなんて成立しないだろうな。

 薬草採集クエストで得られる報酬なんて、どんなに集めても銅貨5枚、たかが知れているし。


「ララちゃん、今日はどんな薬草拾ってきたの? お姉さんに見せてくれるかな」


「はい!」


 お姉さんはにこにこしながらララに話しかける。

 ララは、薬草籠を地面において、ごそごそ、と中身を確認した。


「あ」


 そして、薬草籠の中から、一束のハスラオトギリソウを取り出した。


「あれ? これって」


 山を登る途中で、ララが間引きしていったやつだ。

 魔力をかなり帯びているのか、うっすらと露が光っている。


 一株だけ最高薬草になっていたのを、どうやらヤギに乗って畑を通り過ぎていく際に、『自動採集』で拾っていたらしい。

 籠の底に入ってしまって、ララも気づかなかったのか。


「……! 待って、これは……!」


 受付けのお姉さんは、ちゃっと眼鏡をかけ、鑑定モードに入った。

 籠の中の薬草の品質を確かめ、一本、二本、三本、四本、と数を数えていく。

 オトギリソウ以外にも、あまり見たことのない薬草もあって、慎重に取り出していた。


 お姉さんは、カウンターの奥にある部屋に引っ込んでいった。

 中から持ってきた別の依頼書の内容を真剣に読み込み、さらに、別の依頼書、その別の依頼書、と、複数の依頼書の内容を見比べている。


 お姉さんは、5枚くらい、一気に、どんっ! どんっ! どんっ! どんっ! どんっ! とハンコを押していった。


 おお、5枚同時達成。

 他の冒険者たちもびっくりしていた。


 どきどきしてお姉さんを見守っているララ。

 お姉さんは、ちゃっと眼鏡をはずして、むぎゅー、とララを抱きしめた。


「コングラチュレーション! ララ、あなた凄いわっ!」


 ララはよく分かっていないみたいだったが、ギルド内でも稀にみる偉業に、みんなどよめいていた。


 こうして、ララは報酬として銅貨2050枚を手に入れ、ギルドの素材不足は解消され、ララはFランク冒険者からCランク冒険者に一気にランクアップした。


 薬草採集だけでCランクになった冒険者なんて、俺は初めて見た。

 ひょっとすると、薬草採集クエストのためだけに、ララをずーっと遠くに連れていくのが正しいのかもしれなかった。

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