第10話 山の頂まで

 俺とララは、城門からてくてく歩いて出ていった。

 山から馬車で突っ走ってきた草原を、今度は山へ向かって歩いていく。


 山に向かうまでの間、あちこちに農場がひろがっていて、カブやカボチャが整然と並んでいた。


 ララは、磁石に吸い寄せられるように、自然とそちらに走っていった。

 地面に生えているカブの葉をちぎって、じっと観察している。

『薬草摘み(グリーナー)』にしかわからない、植物を見るときの感覚があるのだろう。

 においを確かめたり、かじって味を確かめたり、土をさわって手触りを確認したりしていた。


「ライダー、ここの植物、魔素が少ないのにすごく育ちがいいわ」


「あの人が育ててるからじゃないかな」


 遠くを見ると、農夫がひとり、クワで土を耕していた。

 カブの葉を胸にかかえたララは、じっとその様子を観察していた。


「ライダー、あれが『農術師(ファーマー)』ね」


「いや、『小作人(ピーサント)』ってとこだな」


「どう違うの?」


「『農術師(ファーマー)』の指示に従って、畑仕事をする人たち」


「なるほど……つまり、『農術師(ファーマー)』の使い魔的な存在なのね」


 そういう言い方もあるのか。

『農術師(ファーマー)』ってすげぇ。


 道の途中であちこちの農作業を見学させてもらいながら、もくもくと歩き続けていると、ララの薬草籠にちょっとずつニンジンやパセリなんかの野菜がたまっていった。

 とりあえず、目につく野菜は拾って籠に入れている。


 ララに悪気はないのだろうが、勝手に畑の野菜をとっていったら、さすがに怒られそうだ。


「畑の野菜をとっちゃダメだ、ララ。戻してきなさい」


「畑……? ひぇっ、畑! これって、畑だったの!?」


「どこからどう見ても畑だけど……ララは、今まで畑を一体どんなものだと思ってたんだ?」


「人や動物が簡単に入り込むことのできない、もっと結界みたいなものかと」


「そいつは工業農場だよ、ララ。考え方は間違っちゃいないんだけど、まだ早いんじゃないかな。農業はもっと自然とフレンドリーだよ」


 野菜を返してこい、と言ってみたけれど、ララはきゅっと唇を結んで、足に根が生えてしまったみたいに動かなくなった。

 肩をつついて促したけれど、前に傾いた体が後ろに戻ってきて、ふらふら振り子のように揺れていた。


 こわもての番兵に平気で話しかけていた度胸は、いったいどこにいったのか。

 なぜか農夫に対しては、恐怖を覚えているみたいに震えていた。

 やがて、覚悟を決めたように、きゅっと眉根をつりあげた。


「あいすいませーん!」


 すごい大声で言ったララ。

 ララは、野菜と籠を隣に置くと、畑の傍にちょこん、と正座した。


「お初にお目にかかり申し上げます、私はペグチェの族長タニララの娘、ララと申しますー! こたびは、突然のお声かけ、誠に申し訳ございませんー!」


 両手をばんざいして、そのまま腰を折り、ぺたっとひれ伏した。

 なるほど、ペグチェの人たちは、上下関係に関しては厳しいんだ。

 農術の先輩だものな。

 第一印象が悪いと、これから先の事が思いやられる。


 とにかく、農夫の所に誤りにいったララ。

 カブを返しにいったはずが、ララはなぜか、カブを薬草籠いっぱいになるまで貰って戻ってきた。

 増えちゃった。


「ライダー、食べてくれます?」


「ララ、お前と一緒にいると俺の胃袋がいつまで持つか心配だよ」




 そうこうしているうちに、城門もずっと後ろに遠ざかり、なだらかな丘に差し掛かった。

 ここまで来ると、民家も畑もない。

 モンスターが出現するようになるので、気をつけなくてはならない。

 目的地までは、もう少しだ。


「あっ、ハスラオトギリソウ」


 自分の見知った薬草が見つかると、ララは急にぱっと元気になった。


 一見するとただの野草みたいだが、魔素がたまると葉に点々と浮かび上がる、まだら模様が特徴だ。

 まさにララがクエストで受注していた、ハスラオトギリソウの群生である。

 野生の小動物みたいにちょこんと草むらにしゃがみこみ、ちまちまと採集している。


 しかも、採ったやつはその場でもぐもぐ食べていた。


「ライダーも食べよ」


「ララ、薬草採集のクエスト受けたんじゃなかったの?」


「ううん、この畑の薬草、まだ魔素が十分たまっていないから、あんまり回復効果ないの」


「そうなの?」


 よく見ると、ララは薬草畑の中でも、まだら模様の浮かんでいない、育ちの悪いものばかりを摘んでいた。

 俺がクエストを受けていたら、間違いなく摘んでいたような立派なものはあえて避けている。


「こうすると、畑に残っている薬草が、もっと魔素をためこんでくれるのよ」


「なんだ、間引きしたのか」


 間引きは、農業の基本テクニックだ。

 1本の株に日光と栄養を集中させるために、あえてまだ未熟な株を摘む。


 最高薬草を採集するため、『薬草摘み(グリーナー)』も同じテクニックを使うらしい。

 ララは、植物に関する知識は普通にたくさん持っていた。

 きっと農術を覚えるのも早いだろう。


 とりあえず、俺たちは薬草畑を後にした。

 カブとハスラオトギリソウをもしゃもしゃ食べながら、やがて俺たちは山一つ越え、目的の場所へと到達した。


 そこは、森の中だというのに、陽射しがやたらとキツく感じられた。

 半分近くの枝が頑丈な前歯で食いちぎられ、無残な姿になった木々が続く森だ。


 さらに地面には低木や草が一切生えていない。

 木の根っこがむき出しになり、あちこちかじり取られ、変な形にねじ曲がっている。


 ひどく変わり果てた森だった。

 地面には、ぼこぼこ穴が空いていた。

 間違いない、ぜんぶ巣穴だろう。

 いまにもビニール・ラットが飛び出してきそうな、そんな雰囲気がそこかしこにしていた。

 だが、どこからも出てくる気配がない。

 俺は、周囲に注意を向けながら歩いた。


 森の奥に一本だけ、なぜか食害を免れている大きな木があった。

 ララは、その木を見上げて、小さくつぶやいた。


「ハスラクスノキ……樹皮が魔物除けになるんですって」


「へぇ」


 どうやら薬効は知っているみたいだが、『薬草摘み(グリーナー)』のスキルでは採集できないアイテムみたいだ。


 木を採集するジョブは、『木こり』だ。

 よっぽどの事がなければ、彼らのためにとっておくらしい。


 とにかく、このクスノキの近くにいては、ネズミに出くわすことはないだろう。

 魔物除けだものな。

 魔物が近づかないのは当然だ。

 木から離れ、ずっとモンスターの気配を探りながら歩いていた俺は、はっと思い当った。


「ララ、ひょっとして……いま魔物除けの薬草とか、使ってる?」


「はい、ハスラオオキクで香水を作って、毎朝つけています」


 ララの体から漂ってくるハーブのにおいがそうだ。

 ……どうりでモンスターと遭遇しないわけだった。



 ララと離れて狩りをすればいいか、と思ったが、どうやら同じ香水の匂いは、俺の体にもついてしまっていた。

 さっきハイタッチしまくったからな。

 どこかで体を洗わないといけない。


 とりあえず、森をそのまま通過し、山頂の湖までやってきた。

 いい時間だったので、お昼にする。


「いいかララ、焚火をするときのコツは、いかに効率よく乾燥した燃料を探し出すかだ」


「うん、知ってる」


「知っているだけじゃダメだ。なぜなら状況は刻一刻と変化する。常にPDCAを回し続け、状況にあわせて調整していかなければならない」


「どういう事? ライダー」


 ただ乾いている木を闇雲に集めればいい、という訳ではない、木の種類を見極めることも重要だ。


 スギやマツのような針葉樹は、油を含んでいるため燃えやすい。松ぼっくりも使える。

 広葉樹は逆に燃えにくいが、一度火がつくと長時間燃え続ける。だが、まず火がつかなければどうにもならないので、針葉樹の周辺から積極的に探すべきだ。


 木くずや枝を細かく刻んで地面に積み上げ、その上に上昇気流の通り道をイメージしながら木の枝を組み上げていく。


 冒険者用の焚火セットから、火打石と乾燥した火薬草を取り出し、焚火の根元にセットする。


 火打石と石を打ち合わせて、かきーん、と火花を散らすと、燃えやすい木くずにぽっと火がつく。

 ここですぐ飛びつくのは素人だ。ぐるり、と焚火の横に回り込むように位置を変え、同様にかきーん、と火花を散らす。

 ぼっと火がつく。

 四方から点火することにより、中心部に熱を集中させる。

 こうすることで火の勢いを加速させ、失敗しない焚き火ができる。


 数分で焚火ができた。

 俺の手際のよさに、ララは、ほうっとため息をついた。


「一発で火をつけられる人、尊敬します」


「ララは火の準備とかやったことある?」


「ともしび草を使ってますから」


「なにそれ」


「ちぎって使うんですよ」


 ララは、道具袋から布に丁寧にくるまれた植物を取り出した。

 昆布みたいな葉っぱの端っこをナイフで傷つけると、不思議なことに、ロウソクみたいにちろちろと小さな火がともった。

 うそー、そんなファンタジーなアイテムがあったなんて。


 嗅いでみた感じ、エタノール系のガスを放出しているみたいだ。

 消すときはふっと息を吹きかけるか、指でつまんで消す。

 なんだろう、魔法の植物みたいだ。


「俺、けっこう世界中まわってるけど、こんなのどこで手に入れたんだ?」


「山のちょっと奥の方に生えてましたよ。一族の誰もはじめて見るって言ってましたから、名前は族長につけてもらいました」


「新種の薬草じゃないか」


 ただ薬草の知識が豊富なだけでなく、さらに十数種類の新種まで発見していた。

 さすが『無形文化遺産』だ。

 アルケミストが聞いたら失神するかもしれない。


「お鍋にしましょう」


「おう」


 ララは、カブと薬草を鍋でぐつぐつ煮込んで、スープらしきものを作っていた。

 ここに来るまでに大量のカブと薬草を食っていた俺は、口の中がカブと薬草でいっぱいになりながらも、なんとか完食した。


 湖で体を洗って、さっぱりしてから服をまとい、ふたたび森へと戻っていった。

 相変わらず荒れ果てていて、草が一本も生えていない。

 モンスターの気配も、やはりしなかった。


「ララ、ちょっと俺から離れていろ」


「はい」


 俺はララみたいに新種を発見できるわけではないが、8年も冒険者をやっていれば、こういう時の対処方法もいくらか知っている。

 標的のモンスターと出会いたい時に使えるアイテムだ。


 オークの脂に、ヤギの血と米ぬかを混ぜ合わせ、発酵させてできる、モンスター誘引剤。

 それを乾燥させ、粉末状にしたものを袋に詰めてある。

 名付けて魔物呼びの粉だ。


 この粉末を香炉と呼ばれる手提げの陶磁器にあふれんばかりに入れ、火をつけ、周囲に煙をくゆらせれば、準備は万端。

 

 さあ、いつでも来い。ビニール・ラット。

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